第12話
「バドルス、あなた、最後の魔法で土と木の魔法を使ったのがそもそもの間違いだわ」
「何を言っている。魔法を使うときには地の利を生かすことは基本中の基本だ」
「そうよ。基本中の基本ね。こんなに海の近くで水属性を活用するのは」
全身を水属性で強化しているヘータは、砂浜まで出ると水属性との干渉で体がだるくなってしまう。動きに支障が出るほどではないが、気分がよくないので魔力結晶を持たなければあまり来たいとは思わなかった。
しかし、マナがそう言ってもバドルスは納得した様子はなかった。
「海はあんなに遠い。ここではその力を十全に引き出すことは不可能だ」
「はぁ。だから鍛錬が足りないと言ってるのよ」
「何だと? なら、君がやって見せてみたまえ。ただし、半端なものでは納得できんぞ」
「……、<発現>」
バドルスの挑発にマナが呪文を唱えた。しかし、何も起こらない。
「失敗か?」
バドルスがそう言って、他の人も何が起きたのか分からずきょろきょろ辺りを見回す中、ヘータは慌ててマナの頭の上に飛び乗った。
「何か、暗いような……」
「上ですわ!」
はっと気付いてカルネが上を見上げると、続いて他の人も上を見上げた。
「何だ、あれは……」
そこにあったのは、空を覆う大量の水の塊だった。ちょうどマナの頭上だけ穴が開いていて、真っ直ぐに落とすとマナだけが水を被らなくて済むようになっている。が、そこを除くと一瞬で10メートル後ろに退く以外、逃げ道は存在しなかった。
「死角からあれが落ちて来た時、この中の何人が逃げられるのかしらね」
「あんなもの、落ちる前に君が攻撃されてしまえば意味がないではないか」
「別にあの水の塊は空に作らなくても、ここに直接作ってもよかったのよ」
そう言われて、バドルスは二の句を継ぐこともできずに黙ってしまった。
「ということで、合宿中はこれの練習を毎日するわ」
それから、マナは全員を波打ち際の方へと集めて一列に並べた。いつもは反抗的なバドルスも今回は大人しくしていた。
「お、マナ、何か始めるのか?」
とそこへ、騒ぎを聞きつけたシャーミルが近づいてきた。
「魔法の基礎練です」
「見学しても?」
「参加しますか?」
「遠慮しておくよ」
シャーミルはマナたちの後ろの方で、他にも何人か集まっていた生徒たちと混ざって高見の見物を始めた。練習に注目が集まるせいで皆やりにくそうにしているが、マナは特に気にもしていなかった。
「じゃ、まずは簡単なところから。海中から水の柱を垂直に打ち上げて」
マナは簡単というが、水の上に水を作って制御するというのは思ったよりも難しい。それは、魔法に共鳴という現象があるためだ。
攻撃魔法を防御する時に注意しなければならないのは、防御魔法の属性を攻撃魔法の属性と異なる属性にしなければならないことだ。同属性だと防御魔法が共鳴によって暴走して制御できなくなり、攻撃魔法に巻き込まれて暴発してしまう。
環境中にある属性も防御魔法と同様の効果をもたらすが、環境の属性は通常は弱いため、魔法の制御に影響を与えるほどの効果は与えず、むしろ魔法の制御力に抗えずに発現した魔法を強化する影響を与える。魔法を使うときに環境の属性に合わせるとよいのはそのためだ。
しかし、海の上のように濃い水属性に支配された環境では、同属性の攻撃魔法と防御魔法がぶつかった時のように魔法の制御に大きな影響を与え、魔法が暴走して途中で魔法が掻き消えたり発現そのものに失敗したりすることもある。
ヘータが使っている水属性の身体強化が、お風呂の中や海の近くで異常を起こして、身体が動かせなくなってしまうのはこれが原因だ。
ただ、環境の属性が強くても、魔法の制御力がそれ以上に強ければ、暴走を防いで魔法を大幅に強化することができる。このように暴走しないように制御を維持したまま共鳴を行うことを同調と呼び、この技術が高いほど強力な魔法を使うことができるようになるのだ。
「<発現>」
「<発現>」
「<発現>」
バドルスたちが次々と海に向かって魔法を発現させるが、なかなか水柱は立ち上がらない。できても数十センチほどの小さなものばかりだ。
そんな中、バドルスだけはあっさりと2メートル近い水柱を立ち上げて、観客から歓声が上がった。
「ま、こんなものだな」
「<発現>」
「ぎゃっ」
満足気に振り返ったところに、マナがバドルスの顔面に向けて魔法で水鉄砲をぶつけた。バドルスは全身ずぶぬれになったが、水着を着ているので問題ない。
「何をするんだ!」
「そこ、手抜きをするな!」
「言いがかりを!!」
「私は『海中』からって言ったのよ。『海面』からとは言ってないわ」
バドルスがやったのは、魔法の発現点を海面のすぐ上の空中に作り、そこから周囲の水を引き寄せつつ、水柱を形成したのだ。確かに見た目には海に水柱が立ち上がっているが、これは海の水属性の干渉を防ぐ手法であって、海の水属性に同調させる手法とは全く異なっていた。
「そんなことができるわけがないだろう!」
「シシーはできてるわよ」
マナに言われてシシーを見て見ると、確かに魔法が発現すると水面が数十センチくらい盛り上がっていた。が、お世辞にも水柱とは呼べなかった。
「あれでいいのか?」
「あれすらできてないくせに何言ってんの」
「ぐ……」
完全に論破されたバドルスは悔しそうに魔法の練習を再開した。そして、マナはデミの背後へと歩み寄った。
「デミ」
「はぅっ、はっ、はいっ」
不意打ちに突然声を掛けられたデミは、驚いてびくっと体を動かし、途中まで結んでいた結印を解いて振り返った。




