アート
完全に復帰しました。これが人生で一番好きな仕事だと思います。意味も何もない、ただのナンセンスなファンタジーです。ハハハハ!
この名前には聞き覚えがある。
「今、なんて名前だって言いました?」
僕は目を細めながら尋ねた。
奴はあからさまに怪訝そうな顔をこちらに向けた。その口から出た名前は奇妙で戸惑うものだったが、妙に耳に残っている……いや、違う。どこかで読んだんだ。
「この愚か者が! 俺はロフアスだ。この村を預かる身でありながら、他人の敷地に無断侵入するとは、貴様らは法を犯したのだぞ!」
その声はとてつもなく低く響いた。
まさか……そんなわけがない! 信じられない。最初に見てもピンと来なかった本当の理由は、原作の本文中に奴の容姿に関する描写が一切なかったからだ。ただの通りすがりの名前として、ほんの少し言及されていたに過ぎない。
「嘘だろ……まさか!」
僕は独り言を呟いた。
押し寄せる衝撃――いや、この溢れんばかりの興奮を必死で抑え込もうとした。こんなことが現実に起こるはずがない。いや、もしこれが現実なのだとしたら、文字通り僕の人生の中で最高の出来事が始まったことになる。
その時、奴らは不意に重心を移動させ、槍の先端をまっすぐ僕に向けて構えた。
「単なる人間に過ぎん貴様らが、一体何を目論んでいるのだ?」
奴は僕に答えを要求している。隣では、犬塚さんまでもが完全に恐怖に怯え、後ずさりしていた。
僕は慌てて再び両手を上げた。
「待ってくれ! そんなつもりで言ったんじゃないんだ!」
だが、奴らは槍を下ろそうとはしない。
「ねえ、どうなってるの……?」
犬塚さんが激しく声を震わせながら、僕に耳打ちしてきた。
そりゃそうだ。存在すら知らなかった場所に突然送り込まれ、目を覚ましたらこんな化け物たちに囲まれているんだ。怯えて震え上がらない人間なんていない。
「大丈夫……僕に任せて。これについて読んだことがあるんだ」
「読んだことがある……?」
彼女は完全にわけが分からないといった様子で問い返してきた。
僕はただ、最善の結果になることを祈りながら、彼女を安心させるように小さく頷いてみせた。
「衛兵さん、少し僕の話を聞いてもらえますか?」
僕は努めて礼儀正しく話しかけた。
「言いたいことがあるなら言え、人間。我々の前に堂々と立ち塞がるとは、なかなかの度胸だな」
僕は心の中でホッと安堵の息を漏らした。あの本によれば、彼らの種族はこと「学術的な事柄」に関しては、非常に単純な思考プロセスしか持ち合わせていない。しかし、もう一つ重要な点がある。本の中での彼らは、フソフオル史上最大の紛争である『フサフベルグの戦い』に参加した、誇り高き戦士の種族として描かれていたのだ。そして彼らのリーダーであるロフアスは、その大戦で戦死したことで知られている。それは、本のメインストーリーが始まる遥か昔の出来事、歴史上の大事件だったはずだ。
「一つお聞きしたいのですが……今って、何年ですか?」
部屋にいる全員の視線が僕たちに突き刺さった。ほんの一瞬の静寂の後、群衆全体から地鳴りのような爆笑が沸き起こった。
「ハハハ! そいつは傑作だ、坊主! そんなふざけた冗談で、不法侵入の罪から逃れられるとでも思っているのか? 舐めるなよ!」
「かつて、ある賢者が言いました。敵に背中を見せるのは卑怯者のすることだ、と」
僕は淡々と告げた。
笑い声がピタリと止んだ。
「今、なんと言った……!?」
ロフアスが一歩踏み出し、僕の胸ぐらを乱暴に掴み上げた。犬塚さんは完全にすくみ上がり、どう反応していいか分からずに硬直している。
「ただの諺ですよ! 大した意味はありません!」
僕は悲鳴混じりに叫んだ。
奴はしばらくの間僕をじっと見つめていたが、やがて手を離した。
「今は『ラパコの年』だ」
奴は忌々しそうに鼻を鳴らした。
ラパコの年? 原作のメインストーリーが始まるのは『フトルブの年』だ。あの大戦が勃発したのは全く異なる時代だった。もし僕の計算が正しければ、僕たちはただ本の世界にいるだけでなく――その遥か過去の世界にいる。メインストーリーが幕を開ける、ずっと前の時代だ。
「それから、この村の守護者であるあなたに、もう一つお聞きしてもよろしいでしょうか……。先ほど、僕たちのような奇妙な人間が他にもあちこちで見つかったとおっしゃっていましたよね。それについて、少しだけ情報をいただけないでしょうか?」
こいつらに対しては、どこまでもへりくだっておく必要がある。力自慢の馬鹿どもだ、一歩間違えれば即座に命を奪われかねない。
奴は低く含み笑いをした。
「人間に過ぎん貴様が、俺に質問できる立場だと思うなよ。だが、その無謀とも言える勇敢さだけは褒めてやる。貴様が今日口にした言葉は、忘れないでおいてやろう」
「僕の言葉?」
「敵に背中を見せるのは卑怯者のすることだ、という言葉だ」
ちくしょう。そもそも僕のセリフじゃないんだけどな! 将来、それを自分たちの種族の絶対的な掟にして、教訓として語り継いでいくのはお前自身なんだよ。
ロフアスは視線を犬塚さんへと移した。
「その女は、貴様の……『アフェウ』か?」
僕はまず彼女を見て、それから奴を見返した。
アフェウ……?
「違います! 彼女はそんなんじゃないです! ただの友達、とでも言いますか」
僕は早口で答えた。
そして少しだけ身をよじり、彼女に小さな声で囁いた。
「いいから黙って、何も質問しないで。そうじゃないと僕たち、ここから絶対に抜け出せなくなるから」
ロフアスが再び僕に向き直る。
「貴様のちっぽけな名前を忘れていたな。名乗れ」
「僕ですか? 僕の名前は……」
僕はほんの数秒間、言葉を詰まらせた。
ここは僕のいた世界じゃない。だけど、こここそが僕が最も夢見て、熱望していた世界そのものだ。運命は奇跡的にも、僕に人生のやり直しのチャンスをくれたんだ。もう過去の自分に縛られるつもりはない。
「あなたが話している相手は、いずれ歴史上すべての者にその名を知られることになる男です。名前は――アート」
「アート? 絵画のことか?」
ロフアスが怪訝そうに眉をひそめた。
僕はただ不敵に微笑んだ。
「そして、僕のすぐ後ろに立っているのが、友達のミコです」
彼女のことを下の名前で呼んだのは、これが人生で初めてだった。
「それで……もし取り調べが済んだのなら、友達と一緒にここを立ち去ってもよろしいでしょうか?」
僕は笑みを絶やさないまま尋ねた。
「ダメだ! 行かせるわけにいかん!」
群衆の中から、激しい怒鳴り声が響き渡った。
部屋中のすべての視線が、その発言者へと向けられた。原作を読んだ記憶のどこを探しても、こんな鬱陶しいキャラクターが登場した覚えはない。
男が群衆をかき分けて前に出てきた。見た目は完全に普通の人間だ。僕の言葉で表現するなら、まるでマジックペンで雑に描き足したような髭を蓄えた、初老の男といった風貌だった。
「俺はガフォン、この宿の主人だ! この二人が我が物顔でここに侵入し、一銭も払わず、断りもなしにすべてのサービスと施設を使い倒したんだぞ! 応分の賠償を支払ってもらわねば困る! これは白昼堂々の犯罪だ!」
ガフォン。この宿のオーナー。
「チッ。このオヤジ、どう対処すればいいんだ?」
僕は小声で毒づいた。
ガフォン……あの本のページの中に、ガフォンなんて男の名前が出てきたかどうか、必死に記憶を漁る。一体どこでその名前を聞いたんだっけ?
ロフアスが僕を見下ろし、その表情を険しくさせた。
「そういうわけだ。行かせるわけにはいかんな。気の毒だが」
この章をお読みいただき、ありがとうございました!SodaKun Out ☆!




