置いていかれたのでは、ありません
読みに来て下さって、ありがとうございます。
ミネルバ、お留守番中です。
何だか胸騒ぎがした。私がオルツァーさんなら、差し詰め『腹の虫が騒いでる』と言うんだと思う。
ズボッズボッと音がして、地面が少し揺れる。近い。何かが蠢いているのだ。
私が窓から外を伺うと、橘の木が揺れていた。いや、あれは橘じゃない。何か違うモノが生っている木だ。
橘の木が魔樹と呼ばれるのは、このせいなのかも。まあ、蔓を操って悪い奴を捕らえたり、普段からいつも怪しすぎるけれど。
魔樹は、地面から足を抜くかの様に、自分の根を地面から抜き、準備運動するかの様に根を波立たせて土を払っていた。
だが、すぐにピタッと動くのを止める。
ああ、魔樹も気付いたの。そう、私が警戒していたのは、魔樹の気配では、ない。
誰かが、月明かりの下で、影から影へと、音もなく飛んでは走り、飛んでは走っているのが判る。
隠遁を得意とする魔女の弟子を嘗めては、いけない。今は亡き大叔母様程ではないけれど、並の隠遁の術者程度なら、私にでも気配は掴める。
小屋の側のオルツァーさんの簡易小屋からは、何故かオルザインさんの気配がなかった。コッソリ覗いて見たけれど、小屋の中はもぬけの殻で、乱れた寝袋が転がっているだけ。いつの間に、何処に行ったのだろう。
どうやら、オルザインさんは私より上手らしい。
「仕方ない。あいつは捕まえないで、私達だけでこっそり後を追うよ」
魔樹は、少し悩んでいるかの様に身体を揺すったが、心得たという風に根を密かに動かした。どうやっているのだろう、一見、動いている様に見えないのに、魔樹は、ちゃんと場所を移動している。
姿を隠して移動している誰かを追う私の横に、魔樹は常にいる。よく考えたら怖くなるので、私はなるべく魔樹を見ない様にした。
世の中、見てはいけない、考えてはいけない事が沢山ある。魔樹も、そんな存在の1つなのかも。
姿を隠した誰かは、砦の建物の1つに入って行った。ここは、地下牢のある建物よね。今日の夜番は、騎士見習いの少年の1人と引退したじい様の1人。2人共、侵入者に気付いていない。
「ヘムスさん」
隠遁の術を解いた私が、じい様の名を呼ぶと、ヘムスさんは私の方を見て、槍を構えて睨み付けた。騎士見習いは、ビックリして一歩飛びすさり、多々良を踏んで少しへっぴり腰で槍を私に向ける。
うん。君は、もうちょっと精進しようか。経験を積むか、若しくはタンディン様にもうちょっと鍛えて貰った方が良いのかも。
「ああ、薬の魔女さんか。魔樹も一緒か。穏やかじゃねえな。何があった」
「隠遁の魔術を使う奴が、今、ここに入って行った」
チッと舌打ちして、普段の穏やかな顔からは想像のつかない鬼の形相になったヘムスさんは、槍を持ち直すと、騎士見習いに向けて顎をしゃくる。
「俺も、歳だな。しくったな。
おい、ケグレブ、お前、本部に紙ひこうき飛ばして応援を呼べ。で、そのままここにいろ」
「へ、ヘムスさんは、どうするんです?」
「ビクついてるんじゃねえよ。俺は、薬の魔女さんと下に行く。誰かがここに用事があるとすりゃあ、地下牢だろうしな。牢屋番と合流する」
「で、でも、私1人じゃあ、何かあった時は」
「あー?1人じゃねえだろ。周りをよく見ろ」
ヘムスさんは、魔樹を軽く何度か叩いた。魔樹の事をヘムスさんは、よく知っているみたいだ。
「へ?……こ、こんな所に木が、あったっけ」
魔樹は、身体を揺らして葉を鳴らし、蔓をヒュンヒュンと鞭の様にしならせて地面を軽く叩く。
「ヒイッ。な、何だ。こいつ」
「お前より、頼りになる奴よ。じゃあ、魔女さん、行くぜ」
魔樹を見て何か釈然としない様子でビクついている騎士見習いを放っておいて、私がヘムスさんの後に続いて建物の中に入ろうとすると、ボトボトと何かが私の足元に落ちた。
魔樹の木の実だ。拾ってよく見ると、小さな赤ん坊の様にも見える。持って行けと言う事かな。
実は、全部で3つあった。私が急いで全部拾うと、ヘムスさんがそれを覗き込んで小難しい顔になった。
「人参果か。魔女さん、えらくこいつに気に入られたんだな」
私は魔樹にお礼を言うと、ヘムスさんの後に続いて地下へ潜った。
牢屋番の2人のじい様達は、床に倒れていた。
「おい、ガルド、ヒルメス。しっかりしろ」
「気絶しているだけね。良かった」
診察した後に、気付け薬を嗅がせると、2人共、うっすらと気が付いた。
「脳震盪を起こしているとまずいから、そのまましばらく横になっていて」
まだ立つ力がないのか、2人は天井を見上げてボーッとしている。
「ガルドがいきなり倒れて、俺がガルドに近寄ろうとしたら、何かに殴られた」
ヒルメスさんがゆっくりと起き上がろうとしたが、そのまま、ここで応援部隊が来るまで待機して貰った。
「そのままだと、足手まといだからな。後から来る奴らに説明してから一緒に来い」
ヘムスさんの方がガルドさんとヒルメスさんより偉いのか、2人は黙ってヘムスさんの言う事を聞いて、再び横になった。
ヘムスさんと私が地下牢へと進むと、くぐもった声が聞こえてきた。
「なあに、ただの身体強化剤だ。私には隠遁の魔術があるが、お前達がここから脱出するには、ちょっとばかり力が必要だからな」
どうやら、先程の隠遁の魔術を使う奴が、囚人達に身体強化剤とやらを飲ませようとしているらしい。
怪しい薬を飲まない良識が、囚人達にあると良いけど。
「ちょっと人がモノを取りに行ってる隙に、これかよ」
「オルザイン。持ち場を離れた時に薬の魔女さんに何かあったら、団長に殺されるぞ」
「いや、何か落ち着かなくてな。ふと、これが要る様な気がしたんだ」
「腹の虫が知らせたか?オルザイン、何だそれは、網か?」
「魔道具の一種だ。魔道具製作部長が持ってきてたのを、ちょいと拝借してきた」
何だか、網が必要になるらしいです。オルザインさん、オルツァーさんにも部長にも怒られないと良いんですが。




