夢の様な居場所
読みに来て下さって、ありがとうございます。
今回は、前半と後半を結ぶ話になります。
大伯母様の小屋は、夢の様な場所だった。もっとも、あくまでも私にとっては夢で、他の人にとっては、どうなのかは知らないけれど。
本棚には、魔法薬関連の本がぎっしり、吊るされている薬草の束、鍋や乳鉢、薬研等々。圧巻なのは、小さな引き出しが山の様に付いた箪笥だった。
「ベッドは、ロフトの上にある物を、お使い。若いんだから、梯子の上り下りも苦じゃないだろう。ああ、その箪笥かい?素晴らしいだろう?この小屋の備品だよ」
大伯母様によると、この小屋は、昔からここに建っていたらしい。
「何だかとんでもない保存魔法がかけられていてね。それを見つけた私とエルディアナ様が、ちょちょいと、こじ開けて使わせて貰っているのさ。私は、隠遁魔術と隠されたものを抉じ開けるのが得意なんだよ。
そこの本もね、元々この小屋にあった本もあるんだけれど、何処の言葉やらわからなくて読めないんだよ。一体、何処の誰が住んでいたのやら。
まあ、私らに丁度いいサイズな所を見ると、タンディン様や団長みたいな大男じゃあないみたいだね」
裏には、鍛冶場もあるらしいけれど、そこには用は無いので保存魔法を戻し、再び保存してあるらしい。
エルディアナ様は、エルフの紋章が入っているノートがあったので、エルフの小屋じゃないかと言っていたそうだ。
「私は、それを聞いてまさかと思ったんだけれど、エルディアナ様は
『魔王がいるのよ。大陸に住むエルフがここに住んでいたって、ちっとも可笑しくないわ』
と、笑って仰ったのさ」
大伯母様は、怪訝な顔をして、そんな話をししながら、お茶を入れてくれた。
エルディアナ様は、魔王を倒した勇者の孫娘だ。あの方がそう言うと、何故か現実味があった。
「さて、ちょっと落ち着いた所で、手をお出し」
私は言われた通りに大伯母様に向かってテーブルの上に手を出すと、大伯母様は私の手を自分の両手で包み込むと、目を瞑った。
大伯母様の魔力が私の中を巡った。
「何てこった。ミネルバ、お前、月の障りはあるかい?」
私は、首を横に振った。そう、私は17歳なのに、未だ月経が無い。
バイトに行った先の女の教授に相談してみたものの、『遅い人も居るから』と言われてしまった。
「ミネルバ、お前、確かに17歳なんだよね?小さいとは思ったけれど、お前、未だ12歳そこそこの成長しかしてないじゃないか。お前が嫌ならいいけど、良ければ今までの事を私に話してごらん」
私が12歳そこそこ?何、それ。どういう事?
「お前の母親も父親も、普通の人だったよ。そんな成長の仕方は、していない。だから、血筋の問題じゃないと思うんだよ。
お前の周りで、誰か歳を取らない様に見えた人は、歳の割に若く見えた人は、いなかったかい?」
歳の割に若く見えた人。歳を取らない様に見えた人……カウマン教授が、お酒を飲みながら、いつも言ってたっけ。
『アレグサー。お前は本当に歳を取らないな。私と同期だとは思えないよ』
私が7歳の時に初めて会ったアレグサー教授は、どうだった?今と、どう違う?
そして、助手のレガスさんは、何歳?
どちらも若い。確かに、異様に若く見える気がする。しょっ中、一緒に居たから気付かなかったけれど、カウマン教授は、他の教授達は10年の間に白髪が増えたり、毛が薄くなったり皺が増えたりしていた。
尤も、カウマン教授が増えたのは体重だったけれど。元は、もっとスッキリした格好いい……とは、お世辞にも言えなかったけれど、もっと痩せてた。
「アレグサー教授の研究室で働いてたって!?あんな高名な教授のかい?
……あん?アレグサー教授の研究は、確か時空間理論だったね」
アレグサー教授は20代に見えると言うと、大伯母様は、上の空になった。しばらく考えた後に、口を開くと
「よくわからないが、ひょっとしたら、教授の研究に関連するのかも知れないね。とにかく、アレグサー教授と離れて良かったよ。このままでは、お前は一生、頭は大人だけれど、身体は子供のままだったかも知れなかったからね。
とにかく、今からちゃんと成長する様にキチンとした生活を心がけよう。
もし、どうしても教授に会わなけりゃならない場合は、私が会うよ。私の歳になったら、時が止まるのは、御の字だからね」
そう言って、大伯母様はカラカラと笑った。
私と大伯母様は、結構、気が合った。大伯母様は私のこれまでの話を聞いて、甥である父に憤り、母の最後に涙した。2人して祖母の想い出話に花を咲かせ、時には私は、大伯母様の元の職業である魔法薬材料調達係の仕事の話をワクワクしながら、お伽噺の様に聞いた。
生活に必要な事を習い、大伯母様の魔術に享受し、魔法薬学だけでなく生活医としてのノウハウを教授してもらった。
大伯母様は、アレグサー教授が私の魔術の足跡を追って会いに来た時には、本当に盾になってくれた。教授は、プンスコ怒って拗ねていたけれど、レガスさんが毎回、私との取引が終わると、時空間トンネルの中にそんな教授を引き摺って帰って行く。
大伯母様が砦に薬の魔女として行く時は、1人で実験をしたり、大伯母様に習った薬を作ったり、時折、小屋を訪れる動物達と戯れたりしていた。
尤も、その中には、どう見ても魔獣にしか見えないモノも居たけれど。よく喋るし、雄のクセに「私は、心は女なのよ!」と豪語するカラスには、口が塞がらなかった。
叔母は、砦から帰ると、必ずオルツァーさんの話をしてくれた。騎士団長さんは引退してアドバイザーとなり、オルツァーさんが新しい騎士団長となった。彼は、騎士団を率いて、次々と手を変え品を変えて暴れる隣国デザリスタの間者をやっつけていた。
会う度に『ミネは元気か?寂しがっては居ないか?』と聞くらしいので、私はオルツァーさんにもっちり枕と同じ要領でクマの縫いぐるみを作って、大伯母様に持っていって貰った。
私の代わりに抱いて眠れる様に。
ローザはベクターと共に仲睦まじく砦に行商にやって来て、大伯母様と話をつけ、私の作ったもっちり柔らか枕を仕入れては、他の品物と共に各地に売り捌いた。お陰で、小金が貯まって私はちょっとウハウハしてしまい、そんな日は大伯母様がお土産に買って来た砦の側の町のケーキと高級茶葉の紅茶で祝杯を上げる。
だけれど、それが何時しか終わりが来ると言う事も、私は薄々気付いていた。大伯母様は、時折、私を優しそうに眺め、微笑んだ。
大伯母様は、皺が増え、背中が曲がり、お茶の時間や昔を思い出す事が長くなった。
そして、唐突に、その日は、やって来た。
大伯母様は、ベッドに入ったまま起きる事はなく、眠る様に逝ってしまった。
カラスが呼んだ炎を纏う馬が現れ、大伯母様の遺体を焼いた。
『魔族に取り込まれない様に、ね』
森の皆に手伝ってもらい、大伯母様の墓を作り、骨を地中深く埋めた。
大伯母様が亡くなっても、暫く何年かは大伯母様の隠遁魔法は効果が続くらしい。大伯母様は、どれ程、私の事を思ってくれていたのか。頭が下がる思いだわ。
私は、薬の魔女になり、大伯母様が居なくても勝手に砦に向かってくれる賢い馬と一緒に、薬を積んだ荷馬車で砦に向かった。
オルツァーさんは、どうしているかな。会えるといいな。私の事を覚えているかな。
私の心は、軽く弾んで、荷馬車に揺られる。
「オルツァー、薬の魔女が亡くなったそうだ」
「……そうですか。叔父上」
「近々、ミネが就任の挨拶をしに砦に来るそうだ」
「ああ。ミネは、さぞかし悲しんでいるでしょうね」
「オルツァー、クマの縫いぐるみを抱き締めながら、涙を流して、そんな台詞を吐くんじゃない。あれから、5年だぞ。お前も、30過ぎたんだからな。クマの縫いぐるみを執務室に連れて来るな」
「叔父上、ミネが自分の代わりに抱き枕として、私にくれたクマ吉ですよ。いつでも、何処でも、一緒に居たいんです」
因みに、命名は、エルディアナ。昔、祖母の魔王に貰ったクマのぬいぐるみに似ているので、そのクマの名前が付いてます。
汚れるので、戦闘等の外の仕事にはクマ吉はお供しません。




