第一次異種の民殲滅戦
人間は残虐である。
ゆえに、学ばなければならない。
人に向けられれば取り返しがつかないため、どこかで手加減と躊躇いを覚えさせなければならない。
力も過ぎれば暴力となる。暴力は血が流れる。
暴力の扱い方を学び、血が流れることを覚えなければならない。
そうして初めて人間は、イシュの民のような穏やかさを手に入れられるのだ。
鳥獣憐みの令などという悪法ができる前の教訓である。
◆
外壁の内部に存在する三つの水結晶のうち、孤児院側の副結晶を利用する。
丁度一年前だ。このような作戦が立案されたのは。
「傷付けることを禁ずる」という一貫した理念に則って、段階的に庇護対象を広げる悪法に振り回され、俺たちは急速に困窮していった。
質の悪いことに、後半からはこちらの要望を飲むような形での拡大だった。論点を少しずつずらして。
決めるのは内側の人間だ。
通行料さえ払えば外壁の内側には入れる。だが悪法による離農によって理由がなくなり、困窮によって手段さえなくなった。
朝になれば荷馬車が孤児院に食料を運び込む。
徴兵により金を手に入れたごく一部の者が、外壁の内側ではイシュの民が上等な服を着て歩いていると言う。残りは、その話を聞くだけだった。
孤児院は、悪法の象徴だった。
虐げられていたイシュの民を保護するという。
だが俺たちから見えたのは、失われた畑と家畜の代わりに、あいつらが豊かになっていく姿だけだった。
◆
補修のためだと提案し、俺たちが従事した。
外壁はかつてイシュの民が築いたため、一枚一枚が巨大だ。
それを割る。
外壁に梯子を掛け、石を調べるふりをしてセリ矢と呼ばれる楔を仕込む。
ひびを入れる位置に、小さな楔だけを打っておく。
本番で叩き込むのは最後の一本だけだ。
治水と称し、孤児院裏を流れる小川に、あり得ないほど分厚い護岸を築く。
作業用の通路も残る。
すべては作戦のため。
◆
当日、俺たちは街道を仲間で埋める。
間違ってもイシュの民が街道を逃走経路として選ばぬように。
これが聖女を捕獲する一手と直結したのは嬉しい誤算だった。
領主の馬車が複数紛れていることは、各街道から報告を受けていた。
俺たちにとっては聖女の脱出を宣言しているようなものだった。
外壁に掛けられた梯子を、工兵が登る。
ともすれば共に落下死する決死の一打はだが、仲間の被害を出さず、受け石のように地面へ落下した。
露わになった穴が、そのまま水源の間の入口となる。
出来過ぎだった。
そこから先は水がやる。
外壁が鳴った。
遅れて、地面が震えた。
孤児院の方角へ轟音と共に流れていく。
◆
水源の間では緊張が走った。
たった九人の近衛軍のリーダー、紫露だ。
俺たちは軍属になって一度も奴らに勝てていない。
俺たちの統率は、害獣から身を守るために軍属以前から犠牲を伴って培われたもの。
野生動物に対しては武器となったが、数を恐れぬ強者には、なすすべもなくやられた。
「愚か者どもめ。」
ひとこと、そう言った。
それだけで、冷えた。
そこに、普段の優雅さはなかった。
「水源の間を壊しなさったら、結晶も保たんと知れ。」
次の瞬間、水結晶が砕ける。
奔流がぴたりと止む。
紫露はそれを見届けると、踵を返して階段を下りていった。
誰も追えなかった。追おうという考えすら浮かばなかった。
心底安堵した。
◆
孤児院があった場所は、瓦礫を流しきれず廃墟となった。
そこが、そのまま俺たちの集まる場になった。
濁流を見て馬車から跳び下りた女二人を捕らえた。
リルとリオナ。
一方は孤児院に名があった。
内側の人間が宣伝していた聖女などというふざけた存在だ。
我々を苦しめた悪法を称えるなどという戯れ言をぬかして。
孤児を保護するための適応保護法を利用し、イシュの民で構成された既存の軍を解体。
後釜に収まることで俺たちが軍属となったのは、果たして作戦だったか。
結果としてここに、大規模な作戦が成った。
皆、どちらが聖女かつかみかねていた。
聖女を見たことがある者でさえ、どちらかが前を行くような光景を見たことがなかったのだ。
だから、俺たちには見分けがつかなかった。
だが、どちらかだけを吊るほど、親切でもなかった。
壊れた家のこと。畑を潰されたこと。家畜を手放したこと。
森のイシュの民が置いていく供物に頼らざるを得なくなったこと。
外壁の内側で、イシュの民が上等な服を着て歩いていると聞いたこと。
誰も彼もが、元運動場の中心に向かって糾弾した。
聖女を名乗った者たちに向かって。
孤児院を作った者たちに向かって。
——悪法を敷いた者たちに向かって。
◆
「聖女様を助けるんだ!」
そんなスローガンを掲げた一団が迫っている。
森で見かけるイシュの民ではない。
孤児院の生き残りでもない。
街で上等な服を着ていた者たちだ。
数は拮抗、膂力の差は歴然。
勝てるはずもなく、奴らは目的を達成し、領を抜けて行った。
「ちっ、見てらんねーな!行け!このラヴィ様が殿を務めてやる!」
「水臭いわね。聖女リルとして、私も付き合うわ。」
強力な殿ラヴィと、偽聖女リオナを残して。
奇妙な衝突の余韻を残して。




