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Danger Mix ~その男、健康につき~  作者: 長門 伽舎
第1章 灰色の村編

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小さな騒動と少年

 数日後。


 ――バサッ!


 森の奥で鳥達が弾かれたように飛び立った。


 羽音が重なる。


 悲鳴のようだった。


 次の瞬間。


 ドォンッ!


 地面が震えた。


 木々が揺れる。


 見張り台の男が顔を上げる。


「何だ……?」


 風が変わった。


 鼻を刺す獣臭。


 湿った毛皮と血の匂いが流れ込み、村の空気を塗り潰した。


 黒い影が走る。


 見えたと思った瞬間には消える。


 また現れる。


 さらに近い。


 枝がバキバキと折れた。


 藪が裂ける。


 荒い息遣い。


 低い唸り。


 そして――。


「魔物だぁぁぁ!」


 叫び声が響いた。


 穏やかな昼下がりだった。


 畑では農民が働き、広場では子供達が遊んでいた。


 その日常が一瞬で崩れる。


「魔物だ!」


「森から出てきた! ダークウルフだ!」


 村人達の顔色が変わった。


 ざわめきが広がる。


 やがて姿が見えた。


 黒い巨体。


 逆立つ毛並み。


 黄色い瞳がぎらりと光る。


 口から垂れる涎。


 獣臭い吐息。


 ダークウルフだった。


 群れからはぐれたのか、興奮した様子で村へ飛び込んでくる。


「子供達を下げろ!」


「家の中へ!」


 怒号が飛ぶ。


 母親達が駆ける。


 泣き声。


 足音。


 視界が慌ただしく揺れた。


 だが。


 広場の端に少女がいた。


 一人だけ。


 転んだまま立てない。


「ひっ……!」


 涙で顔を濡らし、震えている。


 ダークウルフの耳が動いた。


 少女を見る。


 唸る。


 次の瞬間には地面を蹴っていた。


 一直線。


 速い。


 あまりにも速い。


 少女は動けない。


 助けに向かう大人達も遠い。


「間に合わない!」


 誰かが叫んだ。


 誰もがそう思った。


 牙が迫る。


 獣臭が濃くなる。


 少女の瞳が恐怖で見開かれた。


 その瞬間。


 ヒュッ――。


 小石が飛んだ。


 薪置き場の陰から放たれた一撃。


 一直線。


 正確無比。


 ゴッ!


「ギャン!」


 額に命中した。


 ダークウルフの頭が跳ねる。


 突進が逸れた。


 土を削りながら横へ流れる。


「止まったぞ!」


「今だ!」


 狩人達が動く。


 槍が突き出される。


 矢が唸る。


 空気を裂く音が続いた。


 傷を負ったダークウルフは苦しげに唸り、そのまま森へ逃げ去った。


 静寂が戻る。


 荒い呼吸だけが残った。


「助かった……」


「危なかったな」


「でも、誰が止めたんだ?」


 皆が首を傾げる。


 少し離れた薪の陰で、ヴァイスは静かに手を下ろした。


 指先が少し赤い。


 石を弾いた反動だった。


「当たったか」


 小さく呟いた時だった。


「今の……」


 振り返るとエマが立っていた。


「見た?」


「うん」


「内緒で」


「どうして?」


「面倒だから」


 エマは少し考え、くすりと笑う。


「変なの」


「よく言われる」


「褒めてないからね?」


「知ってる」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 その日の夕方。


 村では「誰がダークウルフを止めたのか」が話題になっていた。


 狩人説、風魔法説、ただの偶然説。


 様々な憶測が飛び交う中、鍛冶屋のダントンが言った。


「案外ヴァイスかもしれんぞ」


「まさか」


 村人達は笑ったが、ダントンは肩をすくめる。


「あいつ、石投げだけは異様に上手いからな」


 そう言われると反論できる者はいなかった。


 森で遊ぶ子供達は知っている。


 ヴァイスの投石は驚くほど正確だ。


 その話をきっかけに、村人達の見方は少しずつ変わり始めていた。


 魔法は使えない。


 落ちこぼれ。


 それは事実だ。


 だが、何もできない少年ではない。


 そう思う者が増え始めていた。


 その夜。


 村を見下ろす丘の上に、一羽のペンギンが座っていた。


 誰にも気付かれないまま、その視線は家の庭で木剣を振るヴァイスへ向けられている。


 昼の騒動などなかったかのように、少年は黙々と剣を振り続けていた。


 ペンギンは静かにその姿を見守る。


「変わらず元気そうですね」


 誰にも聞こえない声が風に溶けた。


 安心したように羽を畳み、ペンギンは満天の星空の下で静かに佇み続ける。


 誰にも知られず。


 ただ一人の少年を見守るために。

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