魔力の授業と少年
翌日。
村の子供達は広場へ集まっていた。
簡易的な学校代わりの場所である。
教師役は神父フランツ。
子供達に読み書きや計算。
そして生活魔法を教えていた。
「それでは始めます」
フランツが手を叩く。
十数人の子供達が並んだ。
ヴァイスもその中にいる。
「今日は火の生活魔法です」
子供達が少しだけ盛り上がる。
魔法は人気がある。
使えれば格好いい。
大人達からも褒められる。
何より。
この世界の子供にとって魔法は当たり前だった。
火を起こし。
水を汲み。
風で洗濯物を乾かす。
生活魔法は箒や鍬と同じくらい身近な技術である。
五歳を過ぎれば誰でも何かしら使える。
少なくとも、この村ではそうだった。
「では順番に」
最初に前へ出たのは農家の息子だった。
手を前へ突き出す。
「灯火」
指先に小さな火が灯る。
「よく出来ました」
「やった!」
次々に成功していく。
火。
風。
水。
土。
大きさは違うが全員が使える。
そして最後。
「ヴァイス君」
順番が回ってきた。
周囲の空気がわずかに重くなる。
子供達の視線が一斉に集まった。
期待ではない。
結果を知っている者達が、確認作業でもするような目だった。
何人かは肩をすくめる。
別の子は口元を押さえて笑いを堪える。
またか。
そんな空気が広場に静かに広がっていた。
ヴァイスは前へ出る。
深呼吸。
手を前へ出した。
「灯火」
沈黙。
何も起きない。
指先は静かなまま。
火花ひとつ散らない。
一瞬前まで聞こえていた子供達の衣擦れや足音まで遠のいたようだった。
魔力は感じる。
だが発動しない。
もう何百回も経験した光景だった。
胸の奥で小さな悔しさが疼く。
それでも今さら表に出す気にはなれなかった。
だからこそ。
周囲の反応も毎回ほとんど同じだった。
後ろから囁き声が漏れる。
「また失敗だ」
「やっぱりな」
「本当に魔力あるか?」
「本当に人間か?」
誰かが吹き出し。
それにつられて数人が小さく笑う。
露骨に嘲笑する者はいない。
だが視線だけは遠慮なく突き刺さる。
珍しいものを見るような目。
理解できないものを見るような目。
そのどちらも居心地が悪かった。
慣れたつもりでも、胸の奥が少しだけ冷える。
この世界では魔力を持ちながら生活魔法を一つも使えない者など、フランツですら聞いたことがない。
だから子供達にとってヴァイスは、怠け者か変わり者か、そのどちらかにしか見えなかった。
フランツが咳払いした。
「静かに」
低い声が響く。
子供達は慌てて口を閉じた。
しかし気まずい空気までは消えない。
ヴァイスは何も言わなかった。
落ち込んでもいない。
そう見えるだけだった。
本当は、いつになれば変わるのだろうという微かな焦りもある。
だが口にしたところで何も変わらない。
「座ってください」
「はい」
席へ戻る。
通り過ぎる途中で何人かが視線を逸らした。
同情しているのか。
関わりたくないのか。
ヴァイスには分からない。
すると隣の席の少女が小声で話しかけてきた。
「大丈夫?」
エマという少女だった。
村では数少ない。
普通に話してくれる相手である。
「何がですか?」
「その……」
「失敗したことですか?」
エマは頷いた。
ヴァイスは首を傾げる。
「別に慣れてます」
そう答えながらも、慣れたくて慣れたわけではないと思う。
「慣れるものなの?」
「慣れます」
「そうなんだ……」
エマは困った顔になった。
ヴァイスは本気で気にしていない。
そう振る舞うことには慣れていた。
だが周囲はそう思わない。
かわいそう。
気の毒。
そんな目で見られる。
失敗そのものよりも。
その視線を受け続ける方が少しだけ面倒だった。
時々、自分でもどう反応するのが正しいのか分からなくなる。
授業は続く。
昼前には実技訓練になった。
「風魔法で的を倒してください」
木製の的が並べられる。
子供達が順番に挑戦する。
成功。
成功。
失敗。
成功。
そしてヴァイスの番。
当然。
魔法は出ない。
風は吹かず。
的は微動だにしない。
誰も驚かない。
ただ数人が顔を見合わせるだけだった。
「……次」
フランツも慣れていた。
子供達も慣れていた。
ヴァイス自身も慣れていた。
だから余計に。
この状況は変だった。
自分だけが取り残されているような感覚が、ふと胸をよぎる。
魔力を感じ取る検査では異常なし。
神殿から来た巡回神官に見てもらったこともある。
それでも原因は分からなかった。
まるで魔法だけが、ヴァイスを拒んでいるかのように。
授業終了後。
広場で子供達が遊び始める。
魔法で水を飛ばし合う。
風で競争する。
土で城を作る。
どこにでもある子供の遊び。
だがヴァイスは輪に入らない。
入れない訳ではない。
誘われないだけだ。
皆が楽しそうに魔法を使う姿を見ていると、少しだけ羨ましかった。
「おい」
後ろから声がした。
振り返る。
同年代の少年。
村長の息子という立場が気に入らないらしい。
何かと突っかかってくる。
「また魔法使えなかったな」
「そうですね」
「情けなくないのか?」
「別に」
情けないと思ったことがないわけではない。
ただ、それを認めるのも癪だった。
「悔しくないのか?」
「少しは」
少年は眉をひそめた。
反応が面白くない。
馬鹿にしても怒らない。
言い返してもこない。
だから余計に気に入らない。
「なら頑張れよ」
「頑張ってます」
「そうは見えない」
そう言い残して去っていく。
ヴァイスは首を傾げた。
毎日鍛えている。
努力しているつもりだ。
だが魔法が使えない以上。
周囲には伝わりにくいらしい。
その事実には少しだけ諦めもあった。
その日の夕方。
ヴァイスはいつもの森へ向かった。
木剣を振る。
何度も。
何度も。
魔法が使えないなら。
剣を磨けばいい。
弓を練習すればいい。
体を鍛えればいい。
単純な話だった。
そう考えなければ前に進めない気もしていた。
ふと。
近くの木を見た。
小さな木の実がぶら下がっている。
ヴァイスは地面の石を拾った。
軽く指で弾く。
パシッ。
木の実だけが綺麗に落ちた。
「おお」
思わず声が出る。
少し嬉しい。
胸の中に溜まっていた重さが、ほんの少しだけ軽くなる。
魔法ではない。
地味だ。
だが出来ることは増えている。
誰にも褒められない。
誰も見ていない。
それでも構わなかった。
努力は裏切らない。
少なくとも。
今のヴァイスはそう信じていた。
信じなければ、続けられない気もしていた。
夕日が沈む。
少年は一人。
誰もいない森で木剣を振り続ける。
魔法の才能はない。
けれど。
まだ諦める理由もなかった。




