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Danger Mix ~その男、健康につき~  作者: 長門 伽舎
第1章 灰色の村編

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2/7

魔法が使えない少年

朝食を終えたヴァイスは教会へ向かっていた。


村の中央に建つ小さな石造りの建物。


この辺境では数少ない立派な建築物だった。


だが今日に限って、その建物が妙に重々しく見えた。


理由は分かっている。


年に一度の適性検査の日だからだ。


ヴァイスは無意識に右手を握った。


魔力はある。


それは何度も確認されている。


なのに魔法だけが使えない。


五歳の子供なりに、それが普通ではないことくらい理解していた。


村の大人達は気にするなと言う。


父も母も優しかった。


だが時折、彼らが自分を見つめる視線に説明のつかない違和感を覚えることがあった。


まるで何かを確かめるような。


あるいは何かを恐れるような。


入口を押し開ける。


「おはようございます」


「おはようございます、ヴァイス君」


穏やかな声が返ってくる。


神父のフランツだった。


白い法衣。


柔らかな笑顔。


エジル族特有の銀色の髪。


村人達からの信頼も厚い。


ヴァイスもこの神父が好きだった。


説教臭くないからだ。


ただ――。


適性検査の日だけは別だった。


フランツはいつも通りに見えるのに、どこか様子を窺っているようにも感じる。


気のせいかもしれない。


だが、その違和感は毎年少しずつ大きくなっていた。


「今日も早いですね」


「鍛錬の帰りです」


「毎日続いていますね」


「はい」


フランツは微笑んだ。


「それは素晴らしいことです」


そう言って頭を撫でる。


ヴァイスは少しだけ照れた。


五歳にもなれば子供扱いは微妙だ。


だが嫌ではない。


「それで?」


「はい?」


「今日は何の用ですか?」


「あ」


そうだった。


今日は頼まれていたことがある。


「父さんが来いって」


「なるほど」


フランツは頷いた。


ほんの一瞬だけ。


その表情から笑みが消えた気がした。


だが次の瞬間には元に戻っている。


「では行きましょう」


奥の部屋へ案内する。


部屋の中央には透明な水晶球が置かれていた。


神殿の宝具。


適性検査用の魔道具だ。


ヴァイスは小さくため息をつく。


毎年恒例の検査だった。


「座ってください」


「やっぱりですか」


「年に一度の確認ですから」


「去年も駄目でした。一昨年も三年前も」


「今年は違うかもしれません」


「……」


「……」


ヴァイスは観念して水晶球に手を置いた。


魔力を流す。


本来なら光が宿り、適性が示される。


だが――何も起きない。


沈黙だけが流れた。


その沈黙は妙に長く感じられた。


まるで水晶球そのものが何かを拒絶しているような。


「駄目でした」


「そうですね」


フランツは困ったように頭を掻いた。


だが、その目は水晶球から離れない。


魔力はある。


それも人並み以上に。


なのに魔法が使えない。


理由は誰にも分からなかった。


少なくとも表向きは。


「魔力は流れているんですよね?」


「ええ」


「なのに反応しない」


「そのようです」


二人は顔を見合わせる。


もはや毎年のことだった。


それでも慣れることはなかった。


その時。


教会の窓から光が差し込んだ。


一羽の鳥が止まる。


どこにでもいる小鳥。


だが。


ヴァイスは何故か目を奪われた。


白い羽。


金色の瞳。


不思議な鳥だった。


一瞬だけ。


本当に一瞬だけ。


その鳥と目が合う。


その瞬間。


胸の奥で何かが脈打った気がした。


懐かしいような。


だが思い出してはいけないような。


説明できない感覚。


次の瞬間には消えていた。


鳥も飛び去っている。


「どうしました?」


フランツが尋ねる。


「いえ」


ヴァイスは首を振った。


「疲れているのかもしれませんね」


「そうなんでしょうか」


「子供は成長期ですから」


「なるほど」


納得した。


確かにそうかもしれない。


フランツはそんなヴァイスを見ながら静かに微笑む。


だがその目には僅かな憂いがあった。


誰も知らない。


彼も気づいている。


確かに魔法が使えない。


魔力は確実に他より多い。


だが、確実に人より優れている部分もある。


そしてそれは、本来なら説明のつかないものだった。


それを口にしたことはなかった。


辺境の村には辺境の流儀がある。


秘密を無理に暴かない。


必要になれば本人が話す。


それでいい。


「そうだ」


フランツが言った。


「今度の巡回の日ですが」


「巡回?」


「王都の神官が来ます」


「へぇ」


「あなたも見てもらいますか?」


ヴァイスは少し考えた。


そして苦笑する。


「どうせ駄目ですよ」


「かもしれません」


「ですよね」


「ですが、可能性はあります」


その言葉にヴァイスは少しだけ笑った。


フランツはいつもそうだ。


無責任な希望は言わない。


しかし可能性だけは捨てない。


だから信用できる。


「分かりました」


「受けてみますか?」


「はい」


フランツは満足そうに頷いた。


その時だった。


教会の鐘が鳴る。


昼を告げる鐘。


村の一日が進んでいく。


そして誰も知らない。


この何気ない適性検査が。


数年後。


王都の学園へ向かう切っ掛けの一つになることを。


まだ誰も知らなかった。

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