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Danger Mix ~その男、健康につき~  作者: 長門 伽舎
第1章 灰色の村編

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プロローグ

夜明け前。


村を囲む防壁が、まるで巨人に殴りつけられたかのような衝撃で激しく震えた。


次の瞬間――。


ガァン、ガァン、ガァンッ!


見張り台の警鐘が狂ったように鳴り響く。


耳をつんざく金属音が静寂を引き裂き、眠っていた村人たちを叩き起こした。


「魔物襲来! 総員、防壁へ急げ!」


切羽詰まった怒号が吹雪の中を駆け抜ける。


家々の扉が乱暴に開き、人々が武器を掴んで外へ飛び出した。


そして誰もが息を呑む。


雪原の彼方。


吹き荒れる白銀の嵐の向こうから、黒い津波のような影が押し寄せていた。


狼に似た魔物の群れ。


だが、その姿は明らかに異常だった。


全身を覆う禍々しい黒い魔力。


血を煮詰めたような赤い瞳。


剥き出しの牙から白い息を吐き散らし、雪煙を巻き上げながら一直線に村へ迫ってくる。


十頭。


二十頭。


いや、数え切れない。


本来なら縄張りを持ち、互いに争うはずの魔物たちが、一つの群れとなって雪原を埋め尽くしていた。


「撃てぇぇっ!」


防壁の上から火球が放たれる。


轟音。


爆炎。


先頭の一頭が吹き飛び、肉片とともに雪原へ転がった。


だが群れは止まらない。


仲間が死のうが。


身体が焼けようが。


まるで痛みすら感じていないかのように突進を続ける。


その姿は襲撃というより――逃走だった。


何かに追われる獣のように。


「おかしい……」


歴戦の見張りが青ざめた顔で呟く。


「こんな数が群れるはずがない……!」


誰もが同じ違和感を抱いていた。


魔物たちは村を獲物として見ていない。


もっと恐ろしい何かから逃げている。


そして――。


その答えは突然現れた。


群れの最後尾を走っていた一頭が、不意に宙へ浮かび上がる。


何かに掴まれたように。


次の瞬間。


空間そのものが裂けた。


黒。


ただ黒だった。


底も奥行きも存在しない、世界から切り取られたような闇。


まるで空に傷が走ったかのような裂け目が現れ、魔物を一瞬で呑み込む。


断末魔すら許されない。


存在そのものが消滅した。


「な……」


誰かが震える声を漏らした。


だが続く言葉は出ない。


裂け目はゆっくりと脈打つ。


周囲の光を吸い込み、吹雪さえ歪ませながら不気味に揺らめく。


見ているだけで胸が締め付けられる。


本能が警鐘を鳴らしていた。


あれは、この世にあってはならないものだと。


やがて裂け目は何事もなかったかのように閉じた。


静寂。


吹雪の唸りだけが残る。


誰も動けなかった。


辺境で生きる者たちは数多くの魔物を見てきた。


だが、あれは違う。


魔物でも災害でもない。


理解の外側にある何かだった。


異常だった。


得体の知れない災厄が、この地へ確実に近づいている。


そんな予感だけが、村人たちの心に重く沈んだ。


やがて空が白み始める頃、魔物の群れは村を通り過ぎるように去っていった。


村は辛うじて生き残った。


しかし誰一人として安堵はできなかった。


あの黒い裂け目が脳裏から離れなかったからだ。


そして、その村には一人だけ別の意味で異常な子供がいた。


魔法が使えない。


この世界では、それは片腕がないよりも重い欠陥だった。


「――百九十八」


まだ朝日も昇り切らない薄暗い広場で、少年が木剣を振る。


吐く息は白い。


額から汗が流れ落ちる。


五歳の子供とは思えない鍛錬量だった。


「百九十九」


木剣が鋭く風を裂く。


「二百」


そこでようやく少年は剣を下ろした。


息は乱れている。


腕も痛い。


足も重い。


それでも少年は満足そうに頷いた。


「うん。今日は調子がいいな」


名前はヴァイス。


ヴァイス・サー・クーリー・アルフォンス。


辺境の村長の息子だった。


そして――


村で唯一。


魔法が使えない子供だった。


この世界では誰でも魔法が使える。


火を灯し、水を生み、風を起こし、土を固める。


生活魔法なら幼い子供でも扱える。


だがヴァイスだけは違った。


何度試しても。


何年練習しても。


魔法は一度も発動しない。


神殿の神父は首を傾げ。


母は心配し。


父は励ました。


そして村人たちは少しずつ理解した。


この子は普通ではないのだと。


「欠陥品」


そんな視線を向けられることも増えた。


それでもヴァイスは諦めなかった。


魔法が使えないなら。


別の方法で強くなればいい。


だから毎朝、誰よりも早く起きて木剣を振る。


生き残るために。


家族を守るために。


この危険な辺境では、それが何より大切だった。


「ヴァイス! また朝からやってるのか」


振り返ると鍛冶屋のダントンがいた。


大きな体。


大きな髭。


朝から酒でも飲みそうな顔。


だが実際は真面目な職人である。


「おはようございます、ダントンさん」


「おう」


ダントンは腕を組んだ。


「また二百回か?」


「はい」


「増えてねぇじゃねぇか」


「数より質です」


「五歳が言う台詞じゃねぇな」


豪快に笑う。


ヴァイスも少しだけ笑った。


こういう時間は嫌いではない。


村の子供達は自分と遊びたがらない。


正確には。


遊びたくないのだ。


魔法が使えないから。


「ヴァイス」


「はい?」


「なんでそんな鍛えてんだ?」


ダントンが聞いた。


ヴァイスは少し考えた。


そして答える。


「強くなりたいからです」


「何のために?」


「父さんと母さんを楽にしたいんです」


ダントンが黙った。


少しだけ視線を逸らす。


「……そうか」


村長である父ベルドは忙しい。


母エステルも同じだった。


北の辺境は楽な土地ではない。


魔物は多い。


畑は少ない。


冬は長い。


だから。


自分も役に立ちたい。


ただそれだけだった。


「ヴァイス」


「はい」


「それなら飯を食え」


「え?」


「強くなりたいならまず飯だ」


ダントンは笑った。


「腹減ってんだろ」


言われてみると。


確かに減っていた。


「ありがとうございます」


「気にすんな」


鍛冶屋の工房から漂う焼き立てのパンの香り。


ヴァイスの腹が鳴った。


ダントンは大笑いした。


その時だった。


不意に。


ヴァイスの視界の端を何かが横切った。


黒い影。


鳥のような。


獣のような。


しかし次の瞬間には消えていた。


「……?」


「どうした?」


「いえ」


気のせいだろうか。


見たことがある。


そんな気がする。


そもそも何を見たのかも分からない。


「変な顔してんな」


「そうですか?」


「おう」


ダントンは笑う。


ヴァイスも頷いた。


きっと気のせいだ。


そういうことにしておいた。


遠くで教会の鐘が鳴る。


朝を告げる鐘だ。


村が目を覚ます。


新しい一日が始まる。


まだヴァイスは知らない。


この小さな村を出る日が来ることも。


自分が何者なのかも。


ただ一つだけ確かなことがあった。


今日も元気だ。


どこも悪くない。


怪我も病気もない。


頑張ろう。


少年はそう思った。


そして再び木剣を握った。

初投稿で何の知識もない初心者ですが、よろしくお願いします。

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