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第九話『ペン持てば、金に成るなり、歌舞伎町』


 助けてくれる──


 そう言い放った山頭火の視線に、蕪村は言いようのない恐怖を感じた。


「キモッ! なんか視線がめちゃくちゃ足ばっかに向いてて気持ち悪いんですけど……ジジイに生足見せるために地雷系着てるんじゃないから!」


 そんな蕪村の悪態にも我関せず、山頭火は言う。


「で、なんかそこの若いのが、金儲けしたいと言ってたが──。なんで金が必要なんだ?」


「あー! 爺さん。聞いてくれ。今ここにいる芭蕉さんって人が『現代版 奥の細道』を書きたいんだそうよ。」


「?! この方がかの有名な芭蕉さん!?」


 山頭火はかつて『昭和の芭蕉』と呼ばれていた。ひたすら歩き、俳句を残した点で共通しているからだ。だから、山頭火は芭蕉をリスペクトしており、いつかはお会いしたいと思っていた。

 だが、今は困っている若人の話を聞くことに集中するため、グッと堪える。



「で、俺たちパーティー組んで東北に行くわけ。さっき50万持ってきたんだけどよ。俺がパチンコと競馬で全部スっちゃって……」


「ワシが言うのもなんだが、バカなのか?」


 山頭火は呆れた顔で啄木を見た。この五人組の中の戦犯が『啄木』であることは火を見るより明らかだった。


「この山頭火? って爺さんにも一瞬で突っ込まれるって……やっぱりあんた顔はいいけど、はなから終わってるのね」


「蕪村ちゃーん。そんな悲しいこと言わないでー」


 啄木が、蕪村の腕にしがみつく。



「まあいい。で、東北に行きたいのに資金ゼロなんだろ? だったらワシと一緒にここで『路上パフォーマンス』をして稼げばいい」


「ふぁっ!? 路上パフォーマンス?」


 首を傾げる放哉に、山頭火がニヤリと笑う。


「ワシがエモい自由律俳句を詠む横で、そこのお嬢ちゃんがなんかやればキッズたちが面白がってPayPay投げてくれるだろうさ」


 その提案を聞いて、放哉が鼻で笑った。


「こんな地雷女にそんなことできるわけないやろ。変なおっさんに身体売って騙されて飛ばれるのがオチちゃうか?」


 相変わらず、最低な偏見を持って自由律をぼやく放哉。


「……あ? なんか言った? クソ放哉?」


 バカにされた蕪村の眉がピクリと動いた。


 だが、蕪村が言い返すより先に、子規がスッと前に出て放哉を睨みつけた。


「おいクズ。お前、こいつの見た目に騙されて本質を分かってねえようだがな。……俺はこいつの才能を、誰よりも高く評価してるんだぞ」


「はあ?」


「いいか。芭蕉の句が『耳』の極致だとするなら、与謝蕪村は『眼』の極致だ。こいつは俳人であると同時に、歴史に名を残すレベルの天才画家だぞ。俺が提唱した『写生』を、こいつは江戸時代にすでに完璧なレベルで完成させていた。空間の把握とデッサン力において、こいつの右に出る者はいない」


 子規の大絶賛に、放哉も啄木もポカンとする。


「蕪村。神から支給されてる『死後パッド(タブレット)』を持ってるな? こいつらに、お前の『写生力』を見せつけてやれ」


「ふふっ……子規センパイってば、ハードル上げるんだから」


 蕪村は口角を上げると、リュックからタブレットとデジタルペンを取り出した。

 さっきまでの「ぴえん」と泣き喚いていた幼さは消え去り、その瞳には、かつて江戸の景色をキャンバスに描き出した『天才画家』の冷徹な光が宿っていた。


「さーて、令和のトー横キッズたち。私の眼(フィルター)で、完璧に切り取ってあげるわ」


 そこからの蕪村は、まさにバケモノだった。

 路上に座り、道ゆく若者たちに声をかけては、デジタルペンを恐ろしい速度で走らせていく。


「はい、完成♡ 保存してアイコンに使ってね」


 ものの1分で描き上げられた似顔絵を見て、若者たちが次々と悲鳴を上げた。


「ヤバッ!? え、めっちゃ絵うまいんだけど! 神絵師じゃん!」


「すげえ、特徴完璧に捉えてる! 写真よりすげえ!」


 ただ似ているだけではない。圧倒的な画力と陰影、そして『写生』の極致とも言える客観的な観察眼。江戸の大天才の技術が、令和のデジタル作画で爆発していた。


『チャリーン(PayPayの着信音)』


『チャリーン!』


『チャリーン!!』


 山頭火のQRコードに、すさまじい勢いで投げ銭(似顔絵代)が振り込まれていく。


「み、見ろ! あの神業のような筆運び! 対象のありのままの姿を完璧に捉える、これこそが俺の求めた究極の『写生』だ!」


 子規が歓喜の涙を流して叫び、放哉は「マジで天才やったんかこいつ……」とドン引きしながら震えていた。


 啄木は「さすが蕪村ちゃん、マジ尊っ」と言いながらストゼロをごくごくのむ。


 開始から一時間。あっという間に数万円を稼ぎ出した蕪村は、「ふぅ」とペンを置いて立ち上がった。


「ちょろいもんね。これで少しは旅費の足しになったでしょ? あーあ、早く芭蕉様と一緒に、東北の綺麗な景色見に行きたいなー♡」


 そう言って、蕪村は再び「いつものアホな地雷系」に戻り、キャピキャピと小走りで芭蕉の腕に抱きつきにいく。


 その拍子だった。

 蕪村のリュックから、ペラリと『一枚の和紙(手書きの素描)』がアスファルトに落ちた。


「ん? なんか落ちたぞ」


 放哉がそれを拾い上げる。

 そこには、蕪村が手書きで描いたであろう、圧倒的な画力の白黒の絵があった。


「おっ。こっちはデジタルじゃなくてアナログのスケッチか。どれ、天才が『何』を写生したのか見せ……」


 紙を覗き込んだ子規の顔から、スッと表情が消えた。

 放哉と啄木も、無言になった。


 描かれていたのは、『八頭身で少女漫画のようにキラキラと輝く超絶イケメン(なぜかボロボロの笠を被っている)』が、『壁ドン』をして、地雷系ファッションの蕪村に『顎クイ』をしているという、あまりにも甘々で暴力的な乙女ゲー(同人)スチル絵だった。


「ああっ!? ちょっと! それ、私が待機所で描いた芭蕉様の『夢絵(ゆめえ)』!! 見ないでよ!!」


 蕪村が顔を真っ赤にして奪い取ろうとするが、子規の震える手がそれをガッチリと掴んで離さない。


「おい……。おい、蕪村。お前、さっきの『圧倒的な客観性』はどうした……?」


「え?」


「どう見てもガリガリでハゲかかったビビりのお爺ちゃんの芭蕉さんが、なんでお前の眼には『八頭身のキラキライケメン』に映ってんだよ!! 壁ドンってなんだよ! 顎クイってなんだよ!!」


 子規のありのままに観察する写生ツッコミが、芭蕉にも飛び火でダメージを与える。


「な、なに言ってるの!? 私はいつだって、この眼で見た『ありのままの芭蕉様』を写生してるだけよ!! 私にはこう映ってるの!!」


「お前の網膜、推し活のやりすぎで完全に腐っとるやないか」


 放哉のツッコミも入る。



 そして──



「俺の……俺の『写生理論』を返せェェェ!!」


 子規が血の涙を流して絶叫した。



「ヒィィ……やっぱり現代の女子コワイ……。江戸に帰りたいのじゃぁぁ……」


 自分とは似ても似つかないイケメンに美化された絵を見せられ、芭蕉は恐怖のあまり泡を吹いて、再び地面に丸まるのだった。

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