第十話『汚れっちまった悲しみに 今日も小雪(シャンパンの泡)の降りかかる 』
蕪村の絵の腕前で、資金を手に入れた一向は、みちのくへ向かって歩き出そうとする。
──山頭火の元から去ろうとした時、啄木が切り出した。
「師匠。あんたもついて来いよ。歌舞伎町のキッズから金を巻き上げるあんたの生き様に俺は痺れちまった」
啄木が山頭火を連れて行こうとするが、山頭火は首を横に振る。
「あいにくワシも旅の道中でな。旅はやはり一人でやるものだよ。一人だからこそ、感受性が磨かれるというものだ」
いつのまにかドンキホーテで買ってきた日本酒の一升瓶をラッパ飲みしながら山頭火はダンボールの上で不貞寝しはじめようとしていた。
「ようてるけどPayPayは送金したよ」
まるで新しい自由律俳句を詠みあげるかの如く、山頭火はパーティー五人組に言い放つ。
──
「よし! 資金もできたことじゃし、今度こそ新宿を出立して、奥の細道へ向かうぞ! 山頭火殿、ありがとう──」
「ありがとな! 山頭火とやら」
子規が手を振る。
「山頭火のおじさん。最初はキモかったけど、私の才能を見つけてくれてありがとね。おかげでこれからもっと絵を描くの頑張れそうな気がする!」
「山頭火ほなな。またワイに連絡してくれ。新しい自由律俳句見せ合おうや」
「師匠。また連絡する!」
すっかり気力を取り戻した芭蕉を先頭に、五人の偉人たちは、山頭火に別れを告げ、ついに歌舞伎町のゲートをくぐり抜けて新宿駅方面へと歩き出した。
その時だった。
『大パパパパーン!! 今夜も朝までパーリナイッ!!』
鼓膜を破るような爆音のユーロビートと共に、巨大なアドトラック(宣伝カー)が一行の横をゆっくりと通り過ぎていく。
荷台の巨大モニターには、歌舞伎町で人気絶頂のホストクラブ『花鳥風月』の看板ホストたちのドアップ写真が輝いていた。
「キィィィィッ!! チューヤ!!!」
トラックを見た瞬間、蕪村が親の仇でも見るかのような般若の顔で中指を立てた。
彼女が指差した先には、黒い帽子を被った虚ろな目のNo.2ホスト『チューヤ』の写真。
「許さない……ッ! 『汚れっちまった悲しみに……』とか言って私から200万引っ張ったくせに! ついこないだTwitterみたらヤスコって女と同棲してたって垂れ込みがつぶやかれてたの!!!!!」
「えっぐいカノバレ炎上しとるやんけ」
放哉がドン引きする中、蕪村は「あんなのに狂わされた私のバカバカ! やっぱり芭蕉様しか勝たん!」と一人でわめいている。
だが、そのトラックの看板をジッと見上げていた他のメンバーたちの顔色も、徐々に変わっていった。
「……ふぁっ?! よくよく考えたらあの『チューヤ』って顔と名前──それに汚れちまった悲しみにって……! まさか昭和の詩人、中原中也ちゃうんか?」
「おいおい放哉、バカ言うなよ。……待てよ? じゃああの『ISSA』ってNo.3ホストは……」
子規が震える指でそのホストクラブの看板に指差す。
キャッチコピーは『我と来て遊べや、親のないお姫様♡』。
「……あのISSAという男、拙者の記憶が確かなら……信濃の俳諧師、小林一茶殿にそっくりなんじゃが……?」
現代の若者の服を着ているが、その顔立ちと漂うオーラはどう見ても歴史に名を残す偉人そのものだ。
「え、じゃあまさか……この『NARI』って絶対的No.1ホストは……」
啄木が冷や汗を流しながら呟く。
キャッチコピーは『ちはやぶる……俺の心は、君への愛で燃えているよ』。
「平安の最強プレイボーイ……在原業平、ってコト!? なんだこの街──。俺ら以外にも転生者で溢れかえってるじゃねえか」
点と点が線で繋がった瞬間、放哉と子規と啄木はトラックに向かって同時にツッコミを入れた。
「「「なんであのホストクラブ、言葉のプロばっか集まってんだよ!!!のや!!!」」」
「前世の文学スキルを、女を狂わせる方向に全振りして荒稼ぎしとる……最悪の才能の無駄遣いや」
放哉が呆れ返って天を仰ぐ。
どうやらこの狂った令和の東京には、自分たち以外にも『言葉』を武器に現代をサバイブしているヤバい同業者たちがうじゃうじゃ潜んでいるらしい。
そんなことも露知らず、蕪村は素っ頓狂な声を出して棒立ちしていた。
「え? え? そうなの? チューヤって偉人だったの? それにナンバーワンのNARIも? それにチューヤ以外指名したことないから今初めてナンバーワンとナンバーツー知ったんだけど……」
「おい……お前もの知らなさすぎやろ。お前も一応、偉人なんやから芭蕉以外リサーチしておけよ。転生待機所でスマホゲーばっかやってた弊害やな……。それに中原中也ってめちゃくちゃ酒癖悪いらしいやん」
「え!? チューヤは酒癖そんなに悪くないよ?」
「いや、ナンバーツーになるほどやから呑んだフリか、ブレーキかけてんのやろ。ビール瓶で人殴ったり、罵詈雑言吐いたりするって噂やぞ」
「チューヤがそんなことするわけない!」
さっきまで宣伝トラックにキレていた蕪村だったが、放哉の良からぬ噂に目くじらを立ててキレる。
「お前……情緒おわってんな……」
永遠にこの街に搾取される側やん──と放哉は思ったのだった。
「まあよい! 他人がどう生きようが関係ない! わしらはわしらの道を行くのみじゃ! さあ皆の衆、まずはあの『新宿駅』という名の関所を越えるぞ!」
芭蕉の号令で、一行は気を取り直して巨大なターミナル駅へと足を踏み入れた。
──5分後。
「おかしい……東口から入ったはずなのに、なぜまた西の地上に出るのじゃ……?」
「もう疲れたー。足パンパン。厚底靴履いてる女の子の気持ちもうちょい考えてよー! アホ子規」
「うるせえ!さっきから地下通路が複雑すぎて、俺の脳内写生が全く機能しねえんだよ!」
「あかん、埼京線のホームが一生見つからん……っ! もう足痛いンゴォ!」
令和の魔境・新宿駅の複雑怪奇な構造の前に、偉人パーティは開始5分で完全に遭難していた。
歩いてはまた戻り、歩いてはまた戻り、
気づけば親の顔ほど見た《新宿のゴジラヘッド》に『四人』はへたれこんでいた。
「あれ? お主ら、まだ行ってなかったの?」
頭上から山頭火が、日本酒の一升瓶を持ちながら声をかけてきた。
「いや、なかなか新宿から脱出できんくてな。って、おい──お前ら」
「どうしたのよ?」
放哉の言葉に蕪村が目を丸くする。
「啄木どこ行った?」
「あ……」
そして何かに気づいた一同は雁首揃えながら山頭火を睨む。
「まさかあいつ……。おい! 山頭火とやら! PayPayの送金は誰のスマホに送った?!?」
子規が考えたくもない最悪の想像が頭によぎる。
「あの、啄木って奴じゃが……」
「このジジイ! あいつに金渡したらパチンコと競馬に使うって最初に会った時のその不穏な匂い嗅ぎ分けろよ! ボケェエエエエイ」
子規は全身にアルコールが回って思考停止しながらきょとんとする山頭火の胸ぐらを掴み、唾を飛ばした。




