第十一話『たはむれに 淫らに遊んで そのあまり 賢者タイムに ぢつと手を見る』
俺、石川啄木は──己の圧倒的な才能を確信していた。
「……勝った。マジで勝っちまった」
新宿の路地裏。山頭火のジジイからかすめ取ったPayPayの残高数万円を、俺はスマホのオンライン競艇に全額突っ込んだ。
大穴狙いの三連単。それが、奇跡の万舟券として見事に的中したのだ。
画面に燦然と輝く『払戻金:1,250,000円』の文字。
「ガハハハハ! 見ろ! 俺の天才的な勝負勘を!」
俺はすぐさま近くのコンビニのATMに駆け込み、手数料も気にせず現金を全額引き出した。
分厚い札束の感触。これだよ、これ。この資本主義の重みこそが生きる喜びだ。
さて、この金をどうするか?
芭蕉の爺さんたちに渡して、みちのくへ向かう旅費にする?
「……いや、待てよ」
俺の明晰な頭脳が、完璧なロジックを弾き出した。
俺は天才だ。いずれ令和の文学界でもバズりにバズって、印税でタワマンに住むような超金持ちになることが確定している男だ。
だったら──将来有り余るほどの富を手にするんだから、今ここでこの125万を『現代社会の視察』に全額使っちまっても、なんの問題もないんじゃないか?
そうだ。これは浪費ではない。未来のビッグな俺への『自己投資』だ!
「よし! そうと決まれば、令和の夜の街を極限まで学び尽くしてやるぜ!!」
俺は札束を握りしめ、欲望の渦巻く歌舞伎町のネオンへとダイブした。
──まずは第一段階、『コンカフェ』だ。
「おいしくなーれ、もえもえきゅん♡」
「おお……! これが令和のメイド魔法……!」
フリフリの衣装を着た少女たち。ここはまだ健全なオタクの聖地だ。俺はシャンパンを一本空け、彼女たちの魔法に5万円を投資した。しかし、これでは俺の熱い血潮は満たされない。
──第二段階、『ガールズバー(ガルバ)』。
カウンター越しに、タイトなワンピースを着た綺麗なお姉さんたちとテキーラを煽る。
「啄木くぅん、お酒強ーい♡」
「ふっ、俺の肝臓は明治時代に鍛え抜かれてるからな!」
「明治? 明治から転生してきたのー♡? 最近流行りの異世界転生ってやつ? 明治維新どうだった? 私歴史と文学好きで、特に『石川啄木』が好きなのー! 啄木ってチワワみたいな顔してて可愛いな……って、え? お兄さん、めちゃくちゃ石川啄木に似てる!?」
連絡先を交換し、距離が近づく。しかし、カウンターという『絶対領域(壁)』が俺の肉体を阻む。もっとだ。もっと深淵へ。
──第三段階、『キャバクラ』。
「いらっしゃいませ、啄木様」
「おら! ドンペリ持ってこい! 俺は天才歌人だぞ!」
隣に座る、香水の匂いがキツい極上の美女。彼女の太ももに手を這わせながら、ドンペリの泡に己の才能の輝きを重ねる。王侯貴族の遊び。だが、焦らされるだけの会話劇では、もはや俺のインスピレーションは刺激されない!
俺は理性のタガを外し、夜の深海へと潜っていく。
──第四段階、『おっぱぶ』。
「……ああっ! 柔らかき現代の双丘よ!」
俺は顔を埋めた。息ができないほどの豊満な果実。母なる大地。生命の根源がここにあった。明治の女にはなかった、令和の栄養状態がもたらした奇跡の質量。俺はバブみを全身で享受し、歓喜の短歌を叫んだ。
──第五段階、『セクキャバ』。
ギアフィ◯ス。これが俺の最高到達点──。いや、まだイケる!!
密室。暗がり。そして布きれ一枚の攻防。
「ちょっ、啄木さん、激しすぎ……♡」
「はたらけど、はたらけど! 俺の指先は君の奥宮を目指して止まらない!」
視覚、触覚、聴覚。すべての感覚が極限まで研ぎ澄まされていく。だが、ここまで来たら最後まで行かねばなるまい。男として、いや、文学者としての探求心だ!
俺の財布には、まだ十数万の現金が残っていた。
俺は、ネオンの最深部、歌舞伎町の裏通りにある『高級ソープランド』のネオン看板を見上げた。
「……待っていろ、芭蕉の爺さん。あんたは東北の自然を目指すと言ったが……俺は今夜、俺だけの『奥の細道』を開拓してくるぜ……!!」
俺は札束を握りしめ、黄金の風呂場(桃源郷)へと突撃した。
いざ行かん、男のシルクロードへ──!!
※※※
チュンチュン……。
朝の陽ざしが、ゴジラヘッドの頭上から降り注いでいた。
歌舞伎町の冷たいアスファルトの上。
俺は一人、膝を抱えて座り込んでいた。
「…………」
空っぽの財布。
一晩で125万円を、見事に1円残らず溶かしきった。
圧倒的な快楽の果てに訪れた、無(賢者タイム)。
脳内を麻薬のように駆け巡っていた全能感は消え失せ、残ったのは凄まじい自己嫌悪と、下半身の微かな疲労感だけだった。
俺は、ゆっくりと両手を顔の前にかざした。
昨夜、数多の女の肌に触れ、札束をばら撒いた、この両手。
「……はたらけど……」
乾いた声が、口から漏れる。
「はたらけど……はたらけど猶、わが生活楽にならざり……。ぢつと、手を見る……」
これだ。
この『どうしようもない絶望感』と『終わってる己への憐憫』こそが、俺の短歌の原動力なんだ。
俺が朝日に向かって美しくポエムをキメていた、その時だった。
「──おい。見つけたぞ。あのクソボケが」
背後から、地獄の底から響くようなドス黒い子規の声が聞こえた。
振り返ると、そこには鬼の形相をした子規、放哉、蕪村、そして白目を剥いた芭蕉の姿があった。
「あ。……やっほー、みんな。おはよう」
「お前のその両手、二度と『ぢつと手を見る』ことができんように、指の関節全部逆方向にへし折ったろかッッ!!!」
放哉の怒号と共に、俺の令和最初の朝は、凄惨なリンチによって幕を開けた。
子規と放哉、二人の男にボコボコにされ、目の上に青タン、口の中が切れて、鉄の味がした。
これにて俺への制裁は終わり。
──というオチで終わるだけだったらまだ良かったかもしれない。
俺は時間を確認するため、死後パッド(スマホ)を取り出そうと、ポケットの中へ手を突っ込んだその時だった。ポケットの中にパンパンに詰まったキャバクラ、おっぱぶ、風俗のチラシが蕪村ちゃんの足元にヒラヒラと舞い踊る──
「あっ………!!!!!!」
蕪村ちゃんは『何これ? 啄木──?』と言って、そのいかがわしいチラシを見る。そこにはさまざまな性的サービス(ぼかし)のオプション料金が書かれたチラシと、ドンペリの値段が書かれたチラシが暴力的にデコレーションされた文字で書かれていた。
蕪村ちゃんのヒュッという息を呑む音が聞こえる。
そして本気で嫌悪感むき出しにした顔で俺に言った。
「きも……。マジでキモい。顔が良いとか前言撤回よ。顔もキモく見えてきた──あんたマジでクズだわ──」
返す言葉もなく、俺の男としての尊厳は死んだ──。




