↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

第十二話『歌舞伎町かなしきまでに晴れし日を』

 冷たいアスファルトの上。散乱する風俗のチラシに囲まれながら、俺は抜け殻のように白目を剥いていた。


 みちのくへ向かうための旅費は、これで正真正銘のゼロになった。

 子規と放哉は疲労でため息をつき、蕪村は俺を汚物を見るような目で見下ろし、芭蕉の爺さんはあまりのショックでまだガタガタと震えている。


 パーティの空気が、歌舞伎町のどん底で最悪に澱みきっていた、その時だった。


「……フッ、嘆かわしい」


 突如、俺たちの頭上から、恐ろしくよく通る、美しくも冷酷なバリトンボイスが響いた。

 

「24時間、ネオンという名の人工の太陽に灼かれ、電子の海で欲望を貪る現代の亡霊ども。これがお前たちの『生』の終着点か」


「……は?」


「誰やねん」


 子規と放哉が顔を上げる。俺も薄く目を開けた。

 そこには、異様な男がいた。

 

 上半身裸。彫刻のように鍛え上げられた分厚い大胸筋。額に汗を滲ませたその短髪の男は、俺の顔のすぐ横で、なぜか『完璧なフォームで、ゆっくりと深いスクワット』をしながら俺たちを見下ろしていた。


「な、なんだお前! いきなり現れて、なんで歌舞伎町のど真ん中でスクワットしてんだ!」


 子規が後ずさる。


「肉体の退廃は、精神の腐敗を招く。私はただ、この虚無に満ちた街の空気に抗うため、鋼の意志で大腿四頭筋を苛め抜いているだけだ」


「ヤバい奴おる!!!」


 放哉が叫ぶ。


 男はスクワットを終えると、スッと立ち上がり、俺の周りに散らばっている『セクキャバ』や『おっぱぶ』、『パチンコ』の極彩色のチラシを、哀れむような目で見つめた。


「見ろ。機械に運命を委ね、安価な肉欲に魂を売り渡す。第二次大戦移行──経済という名の豚の餌箱に頭を突っ込み、己が餓死していることすら気づかぬ豚どもの、これが残飯だ」


「うぐっ……」


 俺の心臓に、謎のマッチョの言葉が鋭利な刃物のようにグサリと突き刺さる。


「ちょっと、なんなのよこの人……! でも、腹筋バキバキで無駄にイケボなんだけど……!」


 蕪村が戸惑いながらも、その肉体美に少し頬を染めている。

 だが、俺と、子規、放哉の『言葉のプロ』三人は、直感的に気づいていた。


(……この男、ただの筋肉バカじゃない。発する言葉の引力、修辞(レトリック)の美しさ……素人じゃねえ……!)


「私は今、この腐敗した東京で、真に『魂の美しさ』を持つ若者を探している。だが、どこを見渡しても……」


 男は俺のボコボコにされた顔を冷たく見下ろした。


「……貴様のような、空虚な抜け殻ばかりだ」


 男はそう言い残すと、美しい姿勢のまま、新宿駅の方向へランニングしながら去っていった。


「……なんやったんや、今のヤバいマッチョは」

 放哉がポツリと呟く。


「ヒィィ……令和の東京には、朝から半裸で謎の説教をしてくる鬼がおるのじゃな……。もう嫌じゃ……早くみちのくに逃げたいでござるぅ……」


 芭蕉の爺さんが、泣きながら俺の服の裾を引っ張った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。