第八話『どうしようもない奴らが歩いている』
「おい! 種田山頭火!お前酔いすぎや。分かるか? ワイや! ワイ!」
「ほへ? 分け入っても……分け入っても……ここはどきょ?」
「酒臭ッッ!」
放哉がそう言うと、蕪村と子規と啄木と芭蕉もあまりの強烈な臭気に鼻を摘んだ。
ただ、酒臭いだけではなく、浮浪者の香りも上乗せされていて、だいぶキツい。
「放哉! こいつ誰? 知り合いなの?」
蕪村が眉根をひそめて尋ねる。
「ああ。コイツはワイと同じ自由律俳句やってる種田山頭火や。同じ師匠のもとで俳句を学んだ。だが、コイツは外に出て歩きまくる。ニートのワイとは対照的なアウトドア自由律俳人や」
かつて、放哉の『咳をしても一人』に対して、『鴉鳴いてわたしも一人』という引用リプをした男──。
「この二人を生み出した師匠もだいぶやばそうよね」
蕪村の的確すぎるツッコミをスルーし、子規が呆れた顔で山頭火を見下ろした。
「いくらなんでも酷い有様だな。道端のダンボールで寝るとは……おい、山頭火とやら。少しだが足しにしろ」
子規が哀れに思い、ポケットに入っていたなけなしの小銭(百円玉と十円玉)を、山頭火の前に置かれた空のワンカップ大関に入れようとした、その時だった。
「あ、ちょっと待って。現金はNGで」
「……は?」
「小銭って重いし、衛生的にちょっとね……。今の時代、托鉢もキャッシュレスが基本だから。ワシの首から下げてるQRか、交通系ICでお願い」
「乞食が選り好みすなァァァ!!!」
放哉の絶叫が歌舞伎町に響き渡る。
「ていうか、あんたのその首から下げてる奇妙な白黒の札、そういう意味だったのね!?」
蕪村がドン引きしながら指をさすと、山頭火は『PayPay送金はこちら』と書かれたダンボール札をトントンと叩いて、ドヤ顔を決めた。
「ああ。ここは天国だぞ。トー横のキッズたちが、余った小遣いをQRコード経由で奢ってくれるんだ」
「トー横キッズから巻き上げとるんかお前!!」
「『どうしようもないわたしが歩いている』って虚ろな目で呟くだけで、現代の若者は『エモい……』って言って投げ銭してくれるんだよ。ほらあれ、ワシが生前残した句、酔ふてこほろぎと寝てゐたよ──を改変して、酔うて歌舞伎町のゴキブリと寝ていたよ配信したらバズってな』
「マジかよ!?」
ここで、50万円をパチンコで溶かしてスッカラカンの石川啄木が、目を輝かせて食いついた。
「おい師匠! 俺にもその『サイバー托鉢』ってやつ教えてくれよ! 俺の『はたらけど はたらけど〜』のコンボなら、もっと効率よくキッズたちから絞り取れるんじゃねえか!?」
「おお、見込みがあるな若いの。いいだろう。まずは『病んでるアピール』の短歌を、地雷系の音楽に合わせて詠むんだ。そうすればキッズの承認欲求と共鳴して……」
「クズとクズが最悪のシナジー生み出そうとすんなや」
「やめろ! 近代文学の尊厳が歌舞伎町の底に沈んでいくぞ!!」
放哉と子規が慌てて二人のクズを引き剥がそうと揉みくちゃになっている中──。
「ぺ、ぺいぺい……?」
一人だけ、会話の次元に全くついていけていない老人がいた。
この物語の主人公、松尾芭蕉である。
まわりのキャラがあまりにも濃すぎて存在が抹消されかけているが、こう見えて俳句のレジェンドだ──。
「托鉢とは……家々を回り、笠を被り、お経を唱えて浄財をいただく崇高な仏道修行のはず……。それがなぜ、首から変な白黒の四角を下げて座っているだけで……金が虚空から飛んでくるのじゃ……?」
「芭蕉様、お気を確かに!! 令和の乞食は『投げ銭』制なの!」
気が遠くなって倒れそうになっている芭蕉を、蕪村が抱き抱える。
「なげせん……すぱちゃ……? ヒィィ、言葉が一つも分からぬ! なんだその白黒の模様は!? 呪いの札か!? 怖い……拙者はもう、江戸に帰りたいのじゃぁあ……ッ!」
完全に現代のテクノロジーとカルチャーに脳を破壊された芭蕉は、白目を剥いてガタガタと震え上がる。
そんな置いてけぼりの芭蕉を気にも止めず、種田山頭火が言う。
「あんたらなんか困ってるようだから、ワシが助けてあげよう。特にそこにいる、めんこい地雷系の子にめんじてね」
種田山頭火は蕪村のスカートからのぞく生足を見て鼻の下を伸ばしながら、いつの間にか懐にしまってあった缶ビールを取り出し、プルタブを開けて一気に飲み干した──




