第七話『分け入っても分け入ってもビルの山』
「「「「令和版 奥の細道ぃいい?!」」」」
子規、放哉、蕪村、啄木が、芭蕉の唐突な言葉に目を丸くさせて聞き返した。
気絶から目を覚ました芭蕉が、真剣な顔でみんなに語りかける。
「皆の衆……拙者は決めた。この狂った令和は、情報のノイズが多すぎる。拙者はもう一度、東北の大自然を目指す『令和版・奥の細道』を完成させる!」
だが、その唐突な発言に目を丸くさせるも秒にして歓喜する者もいた。
「キャァァァ! 芭蕉様カッコいい! 私が全部スマホで動画回してバズらせますぅぅ!」
ピンクと黒を基調とした洋服のフリルをはためかせながら目を輝かせる蕪村だ──
それに続いて子規も少しずつ受け入れの態勢を見せる。
「ふん、まあいいだろう。芭蕉さんの旅を、この俺が完璧に『写生』してやるよ。俺がディレクターだ」
「えー、歩くのダルいんやけど……新幹線使ってええか?」
それに難色を示す放哉。放哉はただでさえ、一人好きなニートである。地元から一歩も出たくない彼からすると奥の細道は地獄へと続く一本道であった。
そんな崇高な旅の計画を聞いて、啄木がニヤリと笑う。
「おいおい、旅ってことは神様から『初期軍資金』がガッツリもらえるってことだろ? 俺も連れてけよ」
「絶対足引っ張るやろお前!」
放哉がゴミを見るような目で、スト缶と競馬新聞を握りしめる啄木を見る。
「バカ言え。今の見た目は全盛期の若い頃のままだが、俺はさっき80年生き抜いた現代のプロだぜ? 新幹線の切符の手配から宿の予約、金の管理まで、全部俺に任せな!」
放哉は啄木の発言を完全に無視し、自分のスト缶の残りをぐびっと飲み干した。
(……さっき蕪村が飲んだから、ワイのストゼロ炭酸抜けた搾りかすしか残っとらんがな……)
──
「おいみんな準備はいいか?」
子規が指揮をとる。
「歩くのダルいから新幹線使おうな」
「芭蕉様と一緒に歩けるなら何キロだって大丈夫ですぅううううう」
「会計係は俺だよな?」
「みな、拙者の頼みを──。かたじけない」
『システム:パーティ転生(5名)を承認。東北を目指すための初期軍資金として【50万円】を支給します。啄木様には新しい死後パッド(スマホ)を支給いたします。スポーン地点:東京・新宿。』
シュガァァンッ!
無慈悲な光とともに、芭蕉、子規、放哉、蕪村、そして啄木の5人は、現世の歌舞伎町・ゴジラヘッドの下にスポーンした。
空からストーンと落ちてきた【50万円】が入った分厚い茶封筒を、偶然にも蕪村がキャッチする。
「おっしゃー! 現世だぜ! さあ蕪村ちゃん!」
真っ先に動いたのは石川啄木だった。
彼は先ほどまで蕪村に蹴られていたことなど微塵も気にせず、スッと蕪村の肩を抱き寄せ、耳元でホスト顔負けの甘い声を出した。
「さっきはごめんね。歌舞伎町の女の子たちには悪いことしちゃった。本当に反省してるよ。大丈夫。俺は蕪村ちゃんの味方だよ? で、俺は夢追っててさ──。いつか短歌で世界中の人たちを笑顔にしたいんだ。今は下積みでさ。やっぱお金って必要じゃん? あの爺さんの夢も俺の夢もまずは金だ──。だったらその50万、俺に預けてみないか? 今日のメインレースの『大穴』に賭ければ、50万が一瞬で500万になる。そしたら爺さんにグリーン車どころか、プライベートジェット乗せてやれるぜ?」
「プ、プライベートジェット……!?」
「ああ。俺とお前で、最高の旅をプロデュースしようぜ。な?」
「……っ」
先ほどまで『女の敵!』と般若の顔でブチギレていた蕪村の頬が、ポッと赤く染まる。
(……てかよく見たらこのクズ、顔はめっちゃ整ってるのよね。ちょっと昭和の売れっ子ホストみがあるというか、私の推しに似てるというか……50万でプライベートジェット……ありかも……)
あまりにもチョロすぎた。
ホスト狂いとしての悲しき業(血)が騒ぎ、蕪村がフラフラと茶封筒を渡しそうになった瞬間──。
「「渡すなバカァァァァッ!!!」」
ドゴォッ!
子規と放哉の二人が、左右からのダブルドロップキックで啄木を吹き飛ばした。
「お前さっきまでの怒りどこいってん! ホスト狂いの血が騒いどるぞ!」
「はっ!? わ、私としたことが! クズの顔面の良さに騙されるところだった!」
蕪村の手から封筒を奪い取った放哉が、逆の手にあった空のスト缶をぐしゃっと握りしめる。
「ええかお前ら。こういう大金は、金融のプロであるワイが管理する! ワイはこう見えて元・東京帝国大学法学部卒、からの生命保険会社の支店長になったエリートやぞ!」
ドヤ顔で言い放つ放哉。
だが、すかさず子規が横から封筒をひったくった。
「寝言は酒やめてから言え! お前、そのエリートコースを酒でクビになったただのアル中ニートだろうが! ここは日本新聞社の記者であり、雑誌の編集長も務めたロジカルなこの俺が管理する!」
「アホか! 大食いのお前に金持たせたら全部『柿』と『鰻丼』に使い込むやろが! まずは夏目漱石に金返してから言え! だいたいお前、東大『中退』の学歴コンプやんけ!」
「うるせえ! 結核の痛みでそれどころじゃなかったんだよ!! お前も結核なったから分かるやろ!」
元・エリート保険マン(放哉)と、元・新聞編集長(子規)。
知識人ふたりによる、醜い学歴&経歴マウントバトルが勃発した。
ふたりがお互いの胸ぐらを掴み、茶封筒を引っ張り合って「俺が持つ!」「ワイが管理するんや!」と揉み合っている、その一瞬の隙。
シュバッ!
ふたりの手元から、疾風の如き速度で【50万円】が抜き取られた。
「「あッ!?」」
「サンキューインテリども! この金はCR『海物語』で倍にしてからちゃんと奥の細道の旅費にするからよ! じゃあな!!」
言うが早いか、啄木は茶封筒を片手に、パチンコ屋に向かって陸上選手のような猛ダッシュで消えていった。
「ああっ!? 待てこのドクズゥゥゥッ!!」
「俺たちの旅費がああああっ!!!」
──そして、半日後。
「……遠隔だろあの店。その後の競馬でもパー。はたらけど、はたらけど……」
スッカラカンになった茶封筒と、万引きしたストゼロを片手に、虚ろな目をした啄木がフラフラと戻ってきた。
所持金、ゼロ。
「あ、あ、あ、大事な資金が……」
膝から崩れ落ち、アスファルトに突っ伏す芭蕉。
奥の細道を目指すはずが、誰一人として歌舞伎町から一歩も動けない。
日はとっくにくれ、夜の歌舞伎町には治安の悪そうな方々がたくさんいた。
その中に一際異彩を放つオーラ。
「てか、さっきからダンボールしいた浮浪者がこっち見てんですけど。怖い。助けて芭蕉さまぁあ」
蕪村が芭蕉に抱きつきながら指さした先。
ゴミ捨て場の横に座り込み、首から『paypay送金はこちら(QRコード)』と書かれた札を下げた男が、ワンカップ大関を煽っていた。
──尾崎放哉と同じく、自由律俳句の二大巨頭の一人。
「お前は──種田山頭火!!! こんなとこで何してんのや!!」
放哉が声を上げる。
ネオン輝くビルの山を見上げて、虚ろな声で呟く。
「分け入っても……分け入っても……ビルの山……」
「現代のシステム駆使して乞食しとるやんけ!!」
放哉の絶叫が、歌舞伎町の空に虚しく響き渡った。




