第六話『はたらけど はたらけど 猶わが(ギャンブル)生活 楽にならざり』
@shiki_masaoka
『もう絶対、言葉の意味を間違えない』
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──今日も転生待機所は、平和であった。
「……平和なわけあるかボケ。ワイらの面子、見事に全員秒で死んどるやないかい」
放哉が呆れ顔で転生待機所に響くナレーションへツッコミを入れた、その時だった。
『ピンポンパンポーン。システムエラーが復旧しました。2時間12分でログアウトした【松尾芭蕉】様のデータ転送が完了しました』
真っ白な待機所の空間に、無慈悲な電子音が鳴り響く。
直後、転生ゲートが開き──真っ白な灰のように燃え尽きた、細身の老人が這い出してきた。
「ヒィィ……令和コワイ……鉄の馬の音が、工事の音がぁ……拙者はもう、転生しとうない……。江戸に帰りたい……」
ガタガタと震えながら胎児のように丸まる老人。
絶対的カリスマであるはずの俳聖・松尾芭蕉の、あまりにも無惨な帰還であった。
「ちょっとぉ! なんなのこの薄汚いジジイ! あたしのホストクラブの借金どうにかしてよ!」
未だに令和の闇(推し活)に脳を焼かれ、記憶を失ったままの蕪村が、芭蕉の胸ぐらをつかんで八つ当たりをする。
その瞬間──またしてもシステムの無機質な音が鳴り響いた。
『ピロリン! システム:与謝蕪村の前回の現世ログ(歌舞伎町での多重債務・メンヘラ化)を統合し、初期アバターをアップデートします』
シュガァァァンッ!
光に包まれ、蕪村の服が量産型のワンピースから『黒とピンクの地雷系ファッション』へと強制フォルムチェンジする。
血色感のない病み系メイク、黒い厚底靴、そして背中には大きなリボンのついた黒いリュック。
「ひっ!? さっきのキラキラした女子……? いや、……ではない? ……菩薩様がまるで悪魔のような姿に!? す、すまぬ……。今すぐ古池に飛び込んで詫びるぅうううううう!! ですから命だけはぁぁぁあああ」
「は? ……えっ? 待って。今、古池って言った?!」
蕪村の動きがピタリと止まった。
目の前の老人が被っているボロボロの笠。その枯れた声。全身から滲み出る、圧倒的な『侘び寂び』のオーラ。
(……あれ? 私、なんでこの人のこと、知ってるの……? フルイケ……? あれ? なんだか懐かしくて温かい響き……)
直後、蕪村の脳内に雷のようなフラッシュバックが走った。
(古池? 飛び込むってまさか──)
「ば、ば、ば……松尾芭蕉様ァァァァァァッ!!!」
蕪村は目をハートにして叫び声を上げ、その場に五体投地した。
一瞬にして、生前の『極限の芭蕉オタク』としての全記憶が強制リブートされたのだ。
『ピロリン! システム:与謝蕪村の記憶復旧を確認』
「ぴえん! 芭蕉様尊い! マジ無理、一生ついていく! やっぱり芭蕉様しか勝たん!」
「いや、記憶戻ったのに見た目の治安悪くなっとるやんけ!!」
放哉の的確なツッコミが待機所に響き渡る。
そんなカオス極まる状況の中で、バンッ!! と、待機所のドアが乱暴に蹴り開けられた。
逆光の中に立っていたのは、首にタオルを巻き、片手に競馬新聞、もう片手にストロングゼロを持った男。
「秒で死んだり、痴漢で捕まったり、お前ら『俳句』の連中はダサすぎて見てられねえよ。俺を見ろ。俺なんか現世に転生して80年の生涯を終えてたった今帰ってきたぜ?」
その言葉に、さっきまで痴漢冤罪でいじけていた子規が顔を上げた。
「なっ!? ……お前。しばらくの間見ねえと思ってたら──」
「誰コイツ? なんかスゲエ頭悪そうな奴だな。第一印象からめっちゃ友達になれなさそうなオーラしとるがな」
放哉が心底イヤそうな目でその男を見る。
文豪界屈指の伝説のクズ。あの放哉が可愛く見えるレベルでやばい男がとうとうこの転生待機所に現れた。
──石川啄木。
知らない人のため、転生待機所のホログラムに、彼の残した短歌が表示される。
『はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢつと手を見る』
ガチで極貧生活の中、入れ物がないため両手で受けた放哉は、その綺麗な格好をした啄木の『嘘と欺瞞』に一瞬にして気づいた。
「おい啄木! 80年だと!? どうやってあの狂った現代を生き抜いたんだ!」
子規が啄木に尋ねる。
「簡単さ。歌舞伎町のトー横キッズに短歌で同情を引いてヒモになり、あいつらが借りてきた金で毎日パチンコと競馬をやってたのさ! ガハハハ!」
「やっぱ俺の睨んだ通りドクズやないかい」
放哉が呆れた顔で啄木を見る。
偉人としてのプライドの欠片もない、清々しいほどのドクズ宣言。
そして、その言葉を聞いた瞬間、地雷系ファッションに身を包んだ蕪村の顔が般若のように歪んだ。
「キィイイイイッ! 歌舞伎町は、前回あそこで落ちぶれた私のホーム! あそこには『仲間』がいるのよ! あの子たちはね、元々帰る家も信じれる人たちもいなくて、みんなホストや推し活を支えにしてた子たちなのよ! それをヒモにして食い物にするなんて……許せない! 女の敵ィィッ!」
「いやお前、どの立場でキレとんねん! お前も多分、コイツと同時にそこにおったら騙されてる側やと思うが?」
放哉のツッコミも虚しく、蕪村が分厚い厚底靴で啄木に蹴りかかる。
「痛ぇな! うるせえ! 返そうにも、今日のメインレースで全部スッちまったんだからしょうがねえだろ!」
「威張って言うなクズが!」
子規がゲーミングチェアから立ち上がり、啄木を指差した。
「……てかお前、よく見たら神から支給されてるはずの『死後パッド(スマホ)』持ってねえな。どこやった?」
「あ? ああ、アレなら金が尽きた時に、新宿の中古屋で売っぱらってストゼロ代にしたわ」
「「「神の支給品を勝手に売るなァァァッ!!!」」」
子規、放哉、蕪村の三人の声がハモる。
「だってよォ! 『はたらけど はたらけど 猶わが生活 楽にならざり』なんだよ! ぢっと手を見る暇があったら、メ◯カリで転売して現金作るしかねえだろ!」
「自分の短歌をクズの言い訳に使うな!」
喧騒。怒号。ストゼロの匂い。
現代社会の劇薬に犯された後輩たちと、短歌界からやってきた正真正銘のクズを前に、芭蕉は白目を剥いてガタガタと震え上がった。
「ヒィィ……現代、やばい人しかおらぬ……怖いのう……もうこんな狂った東京から離れて、東北の奥の細道に逃げたい……」
偉大なる俳聖が、泡を吹いてその場に気絶した。




