第五話『人波や、顔に横たふ、誰かの背』
俺の名前は正岡子規。早速で悪いが俺の『自語り』を聞いてくれ。
──この世の俳句には二種類ある。
ありのまま、見た風景を書く『写生』と、放哉のように思ったことをそのまま書く『内省』である。
──だが、真の芸術とは『写生』にあると俺は思うのだ! 見たものを見たままに書かずして何が俳句だ!
俺の俳句が一番やばいのは皆さん周知の事実だと思うが、改めて俺の最高傑作をお教えしよう。
柿食えば、鐘が鳴るなり、法隆寺──。
これは当時の俳句で革新的なアイデアだったと自分でも思う。
俺は当時悩んだ。十七音の中で五感フルダイブのVR(4D映画)に没入できるような句はないか?
あのかの有名な芭蕉さんですら到達できなかった極地。芭蕉さんが、蛙飛び込む水の音という『聴覚』という一つの情報量に全振りしたのなら俺は五感すべての情報量を17字に圧縮し、俳句愛好家に与えようと思った。
そして──血を吐く思い(物理的にも喀血だった)をして、夏を生き延び、夏目漱石の下宿先で、50日間生き長らえた後、帰京した秋に柿を食べた。
肺は結核でボロボロで、明日死ぬかもしれない。でも、今食っている柿はとてつもなく美味くて、秋の空は美しい。ああ、生きているって素晴らしい。
『うーん……』
その時、俺は唸りながら思った。
一見、のどかな日常を詠んでいるように見えて、実は死を突きつけられた男が、自分の命を絞り出して「生(日常)」を噛み締めた、限界ギリギリの執念の句を書きたい。
その時に法隆寺から奇跡の一枚絵が『視覚』ではなく、『聴覚』として飛び込んできたのだ!
ゴォォォォォォォーーーーーーン……。
(……待てよ? そういえば漱石が、こんな俳句を残しておったな)
──鐘つけば、銀杏散るなり、建長寺。
(うーん、鐘が鳴ってイチョウが散るのって、綺麗だけどテンプレすぎじゃね?)
あいつ小説はおもろいけど、俳句はやっぱ俺だよなあ……。俺がRemixしたやつをリリースした方が絶対流行る(確信)
パ、パクリじゃないんだからね! べ──別に漱石のことなんて文通でお互いのことを恋人同士役としてやり取りしてた過去がちょっとあるだけなんだからね!(ウソ漱石大好き♡)
こうして漱石の俳句のリズムと構造を丸パクリして出来たのが、柿食へば、鐘が鳴るなり、法隆寺だった(白目)
柿の匂いと味と肌触り、鐘の音、そして綺麗な秋空──。そう、五感すべて入っている。
結果は俺の目論見通り、漱石のオリジナルより俺がサンプリングしたRemix版の方が歴史に残る大バズりをした。
奴に印税の半分を渡してやりたかったが、もう時効だよな! ハッハッハッハッ!
そんな過去を思い出しながら、令和にも何か伝説を残してやろうと転生ゲートをくぐり抜ける。一瞬、すし詰めになった人、人、人にたじろいだが、まあ令和と言うのはディストピアだと待機所で予習していたので動揺せず、一度冷静になる。
そして──
シュガァァァンッ!!
無慈悲な光とともに、俺の体は東京でも最強クラスの圧縮率を誇る『朝の埼京線』へと強制射出された。
「グェェッ!?」
現世にスポーンした瞬間、俺の肋骨からミシミシと嫌な音が鳴った。
右からダウンジャケットのおっさん、左からリュックを背負った大学生、後ろからは分厚いビジネスバッグ。
四方八方からの凄まじい物理プレスにより、俺の体は完全に宙に浮いていた。足が床についていないのだ。
(な、なんだこの狂った空間は……ッ! 江戸時代の拷問器具か!?)
息をするのも苦しい。
だが、俺は『近代俳句の祖』としてのプライドを燃やした。
(落ち着け……俺は正岡子規。現代の狂った景色を冷静に観察するんだ。こんな地獄の中でも、人は生きている。その息遣いを『写生』するんだ……ッ!)
俺は血走った目で周囲を見渡した。
だが、満員電車で身動きが取れない俺の顔の『真ん前(距離3センチ)』にあったのは、ひとりの若いOLのうなじだった。
(……近い。近すぎる。だが、俺は俳人だ。この疲れ切った現代の女をテーマに一句詠んでやる)
俺は目を凝らし、五・七・五の構図を練るためにOLの姿をじっと観察し始めた。
さらに、一句をメモしようと、胸ポケットに入れた死後パッド(スマホ)を取り出そうと右手をモゾモゾと動かした。
ギュギュウウウウッ!
運悪く、電車が大きく揺れて乗客の波が押し寄せる。
「おふッ!?」
「きゃっ!?」
人波に押され、モゾモゾと動かしていた俺の右手が、OLの太もものあたりにガッチリと挟まり、密着してしまった。
(し、しまった……手が抜けない……ッ! これじゃあメモが取れないじゃないか!)
めちゃくちゃ焦ってしまう。
だが、OLの方も不自然に密着してくる手と、後ろからうなじを舐め回すように見つめてくる俺の熱視線に気づき、顔を青ざめさせていた。
「あ、あの……! なにしてるんですか……ッ!」
「ああっ、すまん! だが今、手を動かせないんだ! 頼むからちょっとだけじっとしててくれ!」
「えっ……!?」
パニックになるOL。
だが、俺の脳内にはすでに『完璧な五・七・五』が舞い降りていた。このインスピレーションを逃すわけにはいかない。
俺は、この狂った満員電車を芸術へと昇華させる宣言を、高らかに叫んだ。
「動くな! 俺は今から、お前を完璧に『写生』してやるからな!!」
「…………は?」
OLの動きが止まった。
周囲のサラリーマンたちの動きも止まった。
「で、電車の中で……っ、何言ってるんですか……っ」
「なにって? こんなすし詰めの電車の中だが、俺の『写生』にかかればお前を美しく残せる! さあ、俺に『写生』させろォォ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!! 痴漢っ!! 痴漢です!! 誰かァァァッ!!」
「へ? ち、ちかん?」
「この人、わたしの太ももを触りながら電車の中でシャセイするって言いました!! 助けて!!」
「な、なんだとテメェ!!」
「ふざけんな!!」
「この変態ジジイが!!」
ドガッ! バキィッ! ボコォッ!
「あべッ!? ちが、俺は俳句の話を……グベェッ! やめっ、俺は正岡子……ッ!!」
車内の勇気あるサラリーマンたちから四方八方からタコ殴りにされ、俺の視界は暗転した。
【システム記録:正岡子規】
転生先での享年:4分
死因:『写生』という言葉の致命的なダブルミーニングによる致命的誤解。および、乗客からの物理的制裁による社会的・物理的死。
※※※
「……アホすぎるやろ」
転生待機所で録画映像を見終えた放哉が、ドン引きした顔でモニターを指差した。
「偉そうにイキッた挙句、ただの痴漢でボコボコにされて社会的に死ぬとか、ダサすぎて草も生えんわ」
「マジありえない。キモすぎ……」
放哉と蕪村がモニターに向かってブーイングを飛ばしている。
その後ろの床で。
たった今、転生先から強制送還されてきたばかりの正岡子規が、体育座りでガタガタと震えながら、死後スマホをフリックしていた。
@shiki_masaoka
『もう絶対、言葉の意味を間違えない』
[♡ 0]
今日も転生待機所は、平和であった。




