第四話『推し活や、スパチャ東に、チェキ西に』
私の名前は『与謝蕪村』! 何故か死後に女の子になっちゃった⭐︎ てへぺろ!
私の生業は、芭蕉様の限界ヲタク!
もともと本業は「画家」をやってて俳句はあくまで趣味に近いスタートだったんだけど、次第に俳句の奥深さに気づいてどハマりしちゃった!
気づいたら芭蕉様の俳句でめちゃくちゃにされちゃったって感じ♡
まず芭蕉様の何がすごいかって、あえて通ぶらずに、原点にして頂点のあの句で説明するね(ヲタク特有の早口)
古池や、蛙飛び込む、水の音──
これを初めて読んだとき、芭蕉様の天才的で変態的な感性に痺れちゃった!
それまでの俳句の常識壊しちゃったっていうか……。
芭蕉様より前の時代、和歌や俳諧で「蛙」といえば、「春の夜に川辺でゲコゲコ大合唱しているもの(山吹の咲く井手川の蛙など)」という風流なテンプレがあったの! つまり、当時の常識では「蛙=集団でうるさいもの」だったんですぅう
そこで芭蕉様がイノベーションで「古池や〜」と出してきた。
うるさいはずの蛙が、静かな古池で「1匹だけポチャンと飛び込んだ」、鳴き声ではなく飛び込む音に着目した。そのリアルな一瞬の音に目を向けた革新性!
だけどこれにはもう一つの説があって、実は周りの草むらに蛙が何匹もいて、それが次々と「ポちゃん、ポちゃん、ポトポト」と飛び込んでいった。その連続する音のあとに、完全な静寂が訪れた……という説も捨てがたい!!!!!
蛙は春の季語で、春に繁殖期を迎えるから私は後者の説を推したい!
どちらにせよ、一瞬の中に永遠を見出す、そこに侘び寂びがあり、完全な静寂があるっていう哲学をたった十七音で表現するとかマジ神なんですけどって感じ!!
「だから放哉、お前の自由律俳句は認めないつってんだよ」
「ふぁ!? すまん、前半の方話聞いてなかったわ。お前の話長い」
「キィィィッ! だからねらーは嫌いなのよ! 風流のフの字も理解できない陰キャなんだから!」
蕪村がスマホを放哉の頭に叩きつけようと振り上げた、その時だった。
『ピンポンパンポーン。次の方、転生の準備が整いました』
無機質な電子音とともに、真っ白な待機所にホログラムが浮かび上がる。
『次は──与謝蕪村様。転生先は、2026年11月、東京・池袋です』
「キタキタキタァァァッ!!」
蕪村は厚底靴でぴょんぴょんと飛び跳ね、量産型ファッションのスカートをひるがえした。
「いってきまーす! 放哉! アンタみたいに秒で死んだりしないから! 現代の知識は転生待機所のスマホでバッチリ予習済み! まずは令和のド真ん中に『松尾芭蕉様・尊い祭壇』を建立して、推し(芭蕉)の布教活動にこの生涯を捧げてみせ──」
シュガァァァンッ!!
蕪村の体は眩い光に包まれ、意気揚々と転生ゲートへ吸い込まれていった。
「……あいつ、絶対ろくな死に方せんやろ」
放哉が転生待機所に設置された四畳半のボロい和室の隅から冷たい目を向ける。
「だろうな。あいつの『オタク気質』、現代の娯楽と相性悪すぎるからな」
子規が転生待機所にある小綺麗な部屋のゲーミングチェアに座り、鼻で笑いながら、手元のモニターを『与謝蕪村・現世ログ』に切り替えた。
※※※
【転生待機所のモニターの録画映像】
「うおおおおッ!! なんだここはぁぁぁッ!!」
池袋、サンシャイン通り。
現世にスポーンした蕪村(量産型オタク女子の姿)は、頭上の巨大ビジョンを見上げてガクガクと震えていた。
そこに映っていたのは、現代の最先端アニメーション。美麗な2Dのイケメンキャラクターが、神がかった声帯(人気声優)で甘いセリフを囁いている。
『ふっ……お前、俺のことずっと見てたんだろ?』
「ひっ、ひぃぃぃッ! 顔面国宝!? しかも声が良すぎる!! 脳に直接快楽物質が撃ち込まれるんですけど!? えっ、この神作画のアクスタがランダムガチャで手に入る!? 回す! 回しますぅぅぅッ!!」
転生時に神から支給された初期装備(軍資金10万円)を握りしめ、蕪村はアニメイトへと猛ダッシュした。
これこそが、終わりの始まりであった。
生前、芭蕉の足跡をストーキングし、同人誌(イラスト付き俳句集)まで自作していた『極限のオタク・与謝蕪村』。
そんな彼女の魂が、人類史上最も『推し活』が発達した令和の日本に放り込まれれば、どうなるか。
「えっ……? この『メン地下』1000円払えば実写のイケメンとツーショットチェキ撮れるの!? しかも頭ポンポンしてくれるの!? え、通う! 全通する!!」
「ちょ、待って! この『Vチューバー』ってやつ、スパチャ投げたら名前呼んでくれるじゃん! 『蕪村ちゃんナイスパ〜』って言われた! むり! 尊い! もっと投げる! 私の全財産を持っていってェェェ!」
「はぁ? バンドマンの彼が『今月ピンチなんだよね』って? 任せて! 私がグッズ全買いして物販の売上貢献するから!!」
「えっ、ホストクラブ? 担当のバースデーイベント? ……入れる! シャンパンタワー、入れるに決まってるでしょ! 掛けで!!」
アニメ、声優、メン地下、配信者、バンドマン、ホスト。
令和の街に溢れかえる無数の『推し』という名の劇薬が、蕪村の脳髄を完全に破壊していく。
沼から沼への反復横跳び。多重推しによる資金の枯渇。
「ハァ……ハァ……担当のチェキ券枯らさなきゃ……スパチャのクレカ上限いっちゃったから、リボ払いで……いや、消費者金融の無人機行けばまだイケる……!」
目は血走り、髪はボサボサ。
量産型の可愛い服は薄汚れ、栄養失調で頬はこけ、手には束になったチェキとアクスタ、そして数十枚の督促状。
転生からわずか数ヶ月後。
新宿・歌舞伎町の路地裏で、蕪村はゴミ袋に寄りかかりながら、ピコピコと光るスマホの画面を見つめていた。
「へへっ……担当クン、今日もビジュ爆発してる……すき……」
指先にはもう、文字を打つ力すら残っていない。
ふと、濁った脳裏に「何か」がよぎった。
(……あれ? 私、そもそも何しに現世に来たんだっけ……? そういえば、誰かの推し活をしに来たような……。誰だっけ? バ……バショウ……?)
蕪村は首を傾げた。
「ばしょう? 誰それ。……あ、新人Vチューバー? それとも新しいメン地下のグループ名かな……? まあいいや。そんなことより、スパチャ……投げな、きゃ……」
五・七・五の宇宙など、そこには欠片も残っていなかった。
俳句の「は」の字も、風流の「ふ」の字も、かつて狂信的に愛した松尾芭蕉の記憶すらも、『令和の推し活』という超絶情報過多のブラックホールに完全に飲み込まれ、消滅したのだ。
「あー……推しが、尊い……」
カチャリ、とスマホが手から滑り落ちる。
与謝蕪村は、アクスタを大事そうに胸に抱いたまま、恍惚の笑みを浮かべて静かに息を引き取った。
【システム記録:与謝蕪村】
転生先での享年:3ヶ月
死因:過度な推し活に伴う多重債務、睡眠不足、および栄養失調のコンボによる衰弱死。
備考:死亡時、生前の記憶(俳句および松尾芭蕉に関するすべての情報)を完全に喪失。
※※※
「……アホすぎるやろ」
録画映像を見終えた放哉が、ドン引きした顔でモニターを指差した。
「推しが増えすぎて本来の推し忘れるって、オタクとして一番ダサい死に方やんけ。しかも俳句一切詠んでないやん、ただの借金まみれの限界オタクやん」
「あいつの『オタク気質』が現代の推し活文化にブーストかけられて、自家中毒どころか完全なメルトダウン起こしたな」
子規がゲーミングチェアの上で呆れ返っている。
その二人の足元で。
たった今、転生先から強制送還されてきたばかりの蕪村が、ボロボロの服のまま床に突っ伏して号泣していた。
「うわぁぁぁん!! ホストの担当クンが飛んだぁぁぁっ!! 私の、私の貢いだ800万返してぇぇぇぇっ!!」
「おい蕪村。お前、俳句は? 松尾芭蕉はどうした」
子規が蕪村に尋ねる。
「芭蕉?! 誰それ? 俳句とかそんなジジ臭い趣味、ないわー。そんなことよりメン地下の推しが昨日カノバレして炎上したの! 無理! 病む!! 放哉、ストゼロ頂戴!!」
大正のメンヘラニートにすがりつき、ストロングゼロを奪い取ってラッパ飲みし始める元・江戸の俳人。
完全に令和の闇に飲まれ、ただの「推し活破産したヤバい女」に成り下がった姿を見て、子規は深くため息をついた。
「……ダメだこいつら。時代に順応できないニートと、時代に順応しすぎて破滅したオタク。どっちも極端すぎて現代の『写生』なんかできやしねえ」
子規は立ち上がり、バキバキと首を鳴らした。
「いいかお前ら。現代ってのはな、ただ圧倒されるんじゃねえ。一歩引いて、その狂った景色をありのまま美しく切り取る……『写生』する冷静さが必要なんだよ。見とけ、次俺が転生したら、現代の景色を完璧に五・七・五で写生してやるよ」
自信満々に宣言し、高笑いする近代俳句の祖。
その直後、部屋の天井から無慈悲な電子音が鳴り響いた。
『ピンポンパンポーン。次の方、転生の準備が整いました』
ホログラムに新たな文字が浮かび上がる。
『次は──正岡子規様。転生先は、2026年12月、東京・満員電車。埼京線・朝8時です』
「…………ファッ!?」
子規は、驚愕で目を丸くしながら転生ゲートの向こう側にいる『すし詰め状態』になった人々を見た。




