第十五話『ラブホテル、男が囲む、女あり』
犯罪者三人組のおっさんが蕪村を無理やりラブホに連れ込もうとする中、芭蕉だけは遠巻きにその光景を眺めていた。
「ていうか、絵で稼いだのわたしだし、あんたらが野宿しなさいよ!」
最もな意見を述べられ、おっさんたち三人は掴んでいた手足を離し、無言になる。
そんな中、真っ先に土下座したのは啄木だった──。
「頼む! 野宿は嫌だよ! 蕪村ちゃん! 靴でも舐めるからさ〜」
蕪村はガチでドン引きした顔でレスポンスする。
「舐められる方も嫌よ! お気に入りの厚底ブーツをなんであんたみたいなクズに舐められなきゃならないわけ?!」
「えー、そんなー」
啄木がチワワみたいな顔でにじり寄るも、蕪村にガチの拒絶で引っ叩かれる。
(……って、あれ?)
すると、蕪村は男四人が入ろうとしたラブホテルにある異変があることに気づく。
異変──。いや、それはお目当てのアレがある場所だった。
「あっ! ここ、地雷系界隈で『推しの生誕祭やるなら絶対ココ!』ってバズってた『ホテル・シャングリラ』じゃない!」
「へ? しゃんぐりら? なんじゃそれは?」
蕪村は絶対的な安心感『芭蕉』をじぃっと目がハートになりそうなのを抑えて、頬を紅潮させながら見つめた。
「……っ。……うーん。何かあれば絶対、芭蕉様も助けてくれそうだし……そうね……」
「え? 蕪村ちゃん? いける感じ?」
「どんだけ信用されてないんや、ワイら」
「……だな」
啄木のだらしない顔を無視し、しばらく思案した後、他の三人に向かって蕪村は言い放った。
「……あんたたち! 野宿したくないなら、私の『推し活撮影』のカメラマンと照明係やりなさいよ。それなら部屋の隅っこで寝るの許可してあげる」
※※※
そんなこんなで渋々、蕪村はラブホテルに足を踏み入れる。
まずは酒で酩酊した頭と夜通し啄木を探し続けた疲れを癒すため、彼らは泥のように眠った。
──そして、深夜三時。全員が目覚める。
目覚めた時、蕪村の第一声は最悪のものだった。
「なにこれ! 一番安い部屋とったらめちゃくちゃボロい部屋じゃない! バズってた写真と全然違う! バズってた写真はプールついてたし」
「プールついてんの304号室やな。諦めろ……」
泥酔していたためか、入った瞬間にはあまり文句を言ってなかった蕪村が起きた瞬間、文句をつらつらと述べ始めた。
歌舞伎町のラブホテル『シャングリラ』の一室。
蕪村は「おじさんたちと同じベッド絶対むり!」と言ったのでおじさんたちは床の上で目覚め、蕪村はデカい円形ベッドの上で目覚める。
「起きたけど……暇やな」
放哉が、備え付けのガウンを羽織りながらボヤいた。そんな放哉に啄木がすかさず言う。
「昨日、芭蕉のおっさんがさ、この現世にきて俺ら一つも句を残してないってお説教してたし、句会をやるってのはどうだ?」
「句会って普通は事前にあっためた未発表の俳句を出し合うもんだろ? いきなりそんな出てくるのか?」
そんな啄木の言葉に子規が難色を示した。
だが、蕪村はスマホに視線を落とし、ヒップホップミュージックをジャカジャカと鳴らしながら言う。
「さっきリール動画でラップバトル流れてきたんだけどさ。そんなすごいことをやる人たちもいるんだし、俳句ぐらいなら即興でできるんじゃないの?」
「あー、そういや、転生待機所でみんなで見たラップバトルの動画あったな。ほならさ、今日は特別ルールでいこや。全員【自由律縛り】で詠もうぜ。自由律なら即興で出てきやすいやろう?」
「ほう」
子規が顎を撫でる。
「いい提案だな。いつも五七五の定型にこだわってる俺だが、たまには型を破ってみるのも悪くない」
「確かに。自由律ってやったことないし、これを機に新しい文化に触れてみるのもアリね」
蕪村がスマホから顔を上げて乗ってきた。
「いいぜ。俺の天性のポエトリーセンスを見せつけてやるよ」
啄木がニヤリと笑う。
「若者の文化に触れるいい機会じゃ。拙者も一句捻り出してみるかのう」
芭蕉も満更ではない様子で頷いた。
放哉が悪戯っぽく笑う。
「よし、決まりやな──。じゃあ、ただ詠むだけやなくて、X(旧Twitter)に投稿して、誰が一番『いいね』つくか勝負な? 一番少なかった奴が、全員の今日の朝飯奢りや」
放哉の堂々とした提案に、子規が真っ先にツッコミを入れる。
「金ないのにどうすんだ? 今の所持金は蕪村が絵で稼いだ金だろう?」
「翌月のリボ払いか借金、もしくは蕪村に金借りて、朝飯奢るんや」
「相変わらず、最低な提案だな……。そんな考え方していたら、お前もいつか啄木のように借金で首回らなくなるぞ……」
「朝飯かけるだけやから啄木よりはマシやろ。ワイもクズの自覚くらいはあるからな」
「まあいい。今回だけ乗ってやる」
「受けて立つぜ!」
子規が渋々承諾して、啄木は自分が勝つ気満々で勇みよく立ち上がった。
かくして、深夜のラブホの一室で、歴史的文豪たちによる『第一回・自由律Xポエトリー・バトル』が開幕した。
まずは言い出しっぺの放哉からだ。
「まずはワイからや!『ピンクのネオンで おっさん四人 むなしい』。ポチッとな」
『ジジッ……』
放哉が投稿ボタンを押した瞬間。
部屋の照明が、一瞬だけ不自然に明滅した。
「ん? 停電か?」
「ボロいホテルだな。よし、次は俺だ」
啄木が鏡張りの天井を見つめながらスマホを打つ。
「『はたらけど 円形ベッドは回るのみ ぢつと天井のオレを見る』。送信ッ!」
『ヴゥンッ……!!』
今度は、壁掛けの大型テレビの画面が一瞬、砂嵐のノイズに包まれた。
「……なんだ? なんかこの部屋、気味が悪いな」
子規が訝しげに周囲を見渡す。だが、負けず嫌いの彼はそのままスマホに打ち込んだ。
「『バイブレーター 三つ並んで ただ電池切れ』。送信だ」
『ピキィッ……!』
窓ガラスから、微かにヒビが入るようなラップ音が鳴った。
だが、スマホの画面に夢中の彼らは、その致命的なバグをさして気にしてなどいない。子規が少し不気味がっているぐらいだ。
「フフフ。あんたたち、甘いわね」
最後に、蕪村が立ち上がった。
「SNSのバズり方を全然分かってないわ。見てなさい」
蕪村は、部屋の備え付けのガウンを少しだけはだけさせ、ラブホ特有の『紫とピンクの照明』と『円形ベッドの端っこ』がギリギリ画角に入るように調整した。
そして、あざとい上目遣いの自撮り写真をパシャリと撮り、絶妙なポエムを添えてXにポストした。
「『終電逃して 友達となう……』っと。送信♡」
地雷系の自撮りと、そこはかとなくラブホにいることが伝わる背景、そして意味深すぎる自由律ポエム。
──数分後。
蕪村のスマホから、凄まじい勢いで通知音が鳴り始めた。
『ピロリン!』『ピロピロピロピロピロピロピロンッ!!!』
「え……? ちょっ、待って、通知が止まらないんだけど!?」
蕪村が目を白黒させる。
「おお! いいね伸びとるやん! 見せてみろ!」
放哉が画面を覗き込み──顔を引きつらせた。
「おい……これ、いいねじゃなくて、大炎上しとるぞ!!」
『は? トー横のアイドル蕪村ちゃんがお泊まりデート!?』
『背景完全にラブホの〇〇じゃん。終わったわ』
『エグすぎ。フォロー外します』
『パパ活かもよww』
『インプレッションゾンビ:Beautiful girl!♡♡♡』
「あぁぁぁぁぁっ!! 私のフォロワーがどんどん減っていくぅぅっ!! オタクたちが長文のお気持ち表明リプライ送ってきてるぅぅっ!!」
蕪村が頭を抱えてベッドでのたうち回る。
「アホかお前! そりゃ地雷系アイドルのお前がラブホ匂わせポエムなんか呟いたら、万バズするに決まっとるやろ!!」
「違うのよ! 私が好きなのはチューヤだけで、こいつらとは何もしてないのにィィッ!」
「まあまあ、落ち着け」
阿鼻叫喚のベッドの上から、啄木が立ち上がった。
「とりあえず、酒でも買い足して頭冷やそうぜ。俺、コンビニ行って一番搾り買ってくるわ。金は子規、後でお前が負けた時に払ってくれ」
「なんで俺が負けた前提だよ!」
啄木は呆れる子規を無視して、ラブホの分厚い扉のドアノブに手をかけた。
『ガチャッ』
「さてと、近くにファミマあったよな──」
扉を開けた、その瞬間。
「…………え?」
啄木の動きが、完全にフリーズした。
ラブホの薄暗い廊下があるはずの、ドアの向こう側。
そこは──。
煌々とネオンが輝く屋外。
巨大な恐竜の顔が、夜空から見下ろしている。
「……ゴ、ゴジラヘッドの下やんけ!!!」
放哉が絶叫した。
密室のはずのラブホテルの扉が、なぜか歌舞伎町のど真ん中(屋外)に直結していた。
「ふぁっ!? なんで!? なんで外なん!?」
「ヒィィィィッ!! 炎上の呪いじゃァァァッ!!」
パニックになった啄木が、バンッ!!と勢いよく扉を閉める。
炎上の通知が鳴り止まないスマホ。
そして、扉の向こうに広がる異空間。
彼らはまだ知らない。
この歌舞伎町が、何者かによって意図的に作られたマトリクス空間であることに──。




