↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

第十六話『秋の朝、脱出したい、やばい街』


「ど、どうなっとるんや! ここは密室のラブホやぞ!?」


 放哉が扉の向こうにあるゴジラヘッドに戦慄し後ずさる。


「わからねえ! でもあの扉はヤバい! 窓だ! 窓から非常階段で外に逃げるぞ!」


 子規の指示で、一行は這々の体で窓から非常階段へと転がり出た。


 ──十分後。


 夜明け前の冷たい風が吹く歌舞伎町のストリート。

 五人は肩で息をしながら、新宿の巨大な交差点(靖国通り)の前に立っていた。


「うわぁあああん……結局シャワー浴びれなかったーー!」


 意図しない風呂キャンに絶望して、蕪村が乱れた髪を押さえる。



「今は風呂なんて言ってる場合じゃない! とにかくこんな狂った街、一秒でも早くおさらばじゃ! 見ろ、あそこの鈍器布袋《ドンキホテイ》の蔵《くら》を曲がれば、すぐに新宿駅の東口じゃぞ!」


 芭蕉が杖で駅の方向を指し示す。


 ゴジラヘッドのある歌舞伎町の中心からは、もう十分に離れていた。


「よし! 今度こそ始発でみちのくへ出発だ! 事態が事態だ! 借金してでも、出るぞ!」


「俺はもう嫌だ! 早くこんな街出てやる!」


 子規が希望を見出し、啄木は嘆きのようにこの街から脱出することを宣言する。

 

 一行が意気揚々と歩き出した、その時だった。

 疲れ果てた啄木が、ふと腹を鳴らしてボヤいた。


「あー、でも腹減ったな。牛丼食いてえ……」

 

 自身の欲望に忠実な呟き。


 ──その瞬間。


『ヴゥンッ』


 一行の視界が、テレビのチャンネルを切り替えたように一瞬だけブレた。


「……え?」


 一番前を歩いていた子規が、足を止めた。

 目の前にあったはずのドンキホーテが、消えている。

 代わりに目の前にそびえ立っていたのは──巨大な映画館のビル。

 そして頭上には、親の顔より見た『巨大な恐竜顔《ゴジラヘッド》』。


「…………は?」


 五人は、完全にフリーズした。

 つい数秒前まで交差点にいたはずなのに、気づけば再び、歌舞伎町のど真ん中(ゴジラヘッドの下)に立たされていたのだ。


「ど、どういうことや……? ワイら、来た道戻ったか?」


「い、いや、まっすぐ歩いてたはずよ!?」


「幻覚じゃ! これは妖狐の仕業じゃ!」


 芭蕉がパニックになって杖を振り回す。


「お、落ち着け! 全員で手を繋ぐんだ! はぐれないように走って駅まで行くぞ!!」


 子規の号令で、おっさん四人と地雷系女子が手を繋ぎ、夜明けの歌舞伎町を猛ダッシュする。


「ハァッ! ハァッ! 見えた! 駅の看板だ!」


 涙目で子規が爆走しながら言う。


「やった! もうすぐゴールじゃ!」


 しかし、息が上がった放哉が、限界を迎えて叫んだ。


「あかん! もう足痛い! タクシー乗りたいンゴォ!」


『ヴゥンッ』


 またしても、視界がブレる。

 足元のタイルの模様が変わる。

 見上げれば──『ゴジラヘッド』。



「「「「「あぎゃああああああああっ!!!」」」」」


 全員の絶叫が、夜明けの歌舞伎町に響き渡った。


 朝のまわりにいる通行人にも白い目で見られる。


 おっさん四人と、地雷系女子の絶叫。


「呪いじゃ! 絶対に出られんのじゃ! 永遠にこのゴジラの下を歩かされる無間地獄なんじゃぁぁぁ!」



 芭蕉がアスファルトに突っ伏して号泣する。


「もう嫌だ! オレはみちのくなんて行かねえ! ここで一生牛丼食って生きる!」


 啄木も完全に心が折れ、大の字で寝転がった。

  

 絶望に包まれる一行。


 だが、その中で一人だけ。探偵のように鋭い眼光を放つ男がいた。正岡子規だ。


(……待てよ。おかしい)


 子規の脳内で、これまでの不可解な現象がフラッシュバックする。

 山頭火と出会ったあと、新宿駅のダンジョンで遭難した時。

 さっきのラブホで、扉がゴジラに繋がった時。

 そして今、ストリートで強制的にループさせられた時。


(俺たちがゴジラに戻された瞬間。……必ず誰かが『愚痴』や『欲望』を口にしてなかったか?)


「おい……お前ら。ちょっと黙れ」


 子規が、低く静かな声で言った。


「今から俺が言うことに、一切文句も『自分の意見』も言うなよ。いいな?」


 子規は立ち上がり、近くにあったコカ・コーラの赤い自動販売機を見つめた。


(もし俺の仮説が正しければ。この街は、俺たちの『欲望の自由律』に反応してループを引き起こすシステムだ。ならば、一切の感情を捨て、事実をありのままに捉える『客観的写生──五・七・五』をぶつければ──)


 子規は、自販機を指差し、極限まで無駄を削ぎ落とした一句を放った。


『秋の朝 赤い自販機 光りけり』


 ──その瞬間。


『ピキィィィンッ!!』


 自動販売機の横にあった、行き止まりの薄暗い路地。

 その空間がノイズのように歪み、ガラスが割れるような音と共に『スッ』と開けた。

 路地の奥には、朝焼けに照らされた真っ直ぐな道と、『JR新宿駅・東口改札』がはっきりと見えていた。


「……ッ!!」


 子規の顔に、戦慄と歓喜が走る。


「見ろ……! やっぱりそうだ。俺の仮説は正しかった!」


「し、子規!? お前、魔法使いか何かなのか!?」


 啄木が目を丸くする。


「違う。この街自体が『バグ空間(マトリクス)』なんだ! 俺たちの欲望やエゴ……【自由律の言葉】に反応して、強制的にこのゴジラの下にループさせる檻だ!」


「な、なんじゃと!?」


「そして、そのバグをハッキングして突破する唯一のコマンドが……一切の感情を排した事実の描写、【五七五の写生】なんだよ!!」


 ──沈黙。


 子規の完璧な謎解きに、偉人たちは息を呑んだ。


「なるほど……。それで俺が『タクシー乗りたい』とか欲を出した瞬間に、ループさせられとったんか……!」


 放哉が震える声で言う。


「そういうことだ! よし、出口へのルートは開いた! 今度こそ、余計なことは一切喋らずにこの改札へ駆け込むぞ!」


 子規が先頭に立ち、開かれた『真の出口』へと足を踏み出そうとした。


 だが、その時。


「……あれ? ちょっと待って」


 啄木が、後ろを振り返って言った。


「蕪村ちゃんが、いねえぞ」


 振り返ると、そこに地雷系女子の姿はなかった。

 ただ、アスファルトの上に『死後パッド(スマホ)』だけが落ちている。


 画面には、ホストクラブ『花鳥風月』のNo.2ホスト・チューヤ(中原中也)からのDMが光っていた。



『君だけが俺の理解者だ……。今夜、花鳥風月で待ってる。俺の虚無を埋めてくれ……』


 そのポエム(致命的なバグ)に操られるように、蕪村は自ら、欲望の渦巻くホストクラブへと引き返してしまっていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。