第十四話『居酒屋や、俳人たちが、夢の跡』
結局、すっかりやる気を失った蕪村を拝み倒し、再び路上でトー横キッズたちの似顔絵を高速連写させることでサクッと数万円の軍資金を再調達した一行は、目当ての24時間営業の激安居酒屋『桃源郷』へと腰を落ち着けていた。
「ぷはーッ! やっぱ労働(他人の)の後のビールは美味えな!」
啄木がジョッキを片手にクズ発言をかます。
子規はタッチパネルでチキン南蛮と焼き鳥を限界まで連打し、放哉はハイボールとタバコを交互に吸い込んでいた。蕪村は推しホストのSNSを睨みつけながら、ストローでカルーアミルクをちびちび飲んでいる。
そんな現代の欲望(アルコールと脂質と糖分)に塗れた『桃源郷』の喧騒の中、お通しのキャベツを無言でかじっていた芭蕉が、ふと真面目な顔で切り出した。
「……して、お主らはこっちに転生してきてから、一句でも俳句や短歌を作ったのか?」
ピタリ、と。
四人の手が止まった。
「え? あー……」
子規が目を泳がせる。
「いや、ワイはまだちょっと、その、インプットの時期というか……」
放哉がタバコの煙をごまかすように吐き出す。
「俺は『ぢつと手を見る』とか過去の遺産を使い回してただけで……新作は……」
啄木がそっぽを向く。
「私は推しの夢絵しか描いてないし」
蕪村が悪びれもなく言う。
「一人も作ってないのか!!」
芭蕉の絶叫がこだまする。
「お主ら、何のためにこの時代に呼ばれたと思っておる! 言葉を紡げ! 風雅を感じろ! これではただの現世の快楽に溺れたダメ人間ツアーではないか!」
頭を抱えて絶望の淵に沈む芭蕉。さっきのマッチョの言う通り、自分たちは精神が餓死した現代の豚だったのだ。
このままではパーティの士気が完全に崩壊する。見かねた子規が、元・編集長としての場回しスキルを発動させた。
「ま、まあ待て芭蕉さん! まだ現世に降り立って間もないから、インスピレーションが湧いてないだけだ! ……そうだ。新作はともかく、前世の自分の『最高傑作』をそれぞれ言い合おうぜ! 教科書に載ってるような有名な代表作じゃなくて、『個人的に一番気に入ってるやつ』だ!」
「お、ええなそれ! 酒のツマミには最高や」
放哉が身を乗り出す。
「じゃあ俺から行くぜ!」
啄木が立ち上がった。
「『大という 字を百余たび 砂に書き 死ぬばかりにて 帰り来りき』。どうよ? この中二病全開の俺の自意識! 病んでる感じが最高にエモいだろ?」
「お前は昔から承認欲求の塊やな」
放哉が鼻で笑う。
「ワイは三つある」
「はぁ?! 三つ?!」
蕪村が放哉の俳句を聞くことにめんどくさそうな態度を示す。
(よく、クズボクのこと承認欲求の塊とかドヤ顔で言えたわね……コイツ……)
「まあいいじゃないか。一人何個でも。とりあえず言ってみろ。放哉」
子規がそう促すと、放哉は自信満々に言い放った。
「『蟻を殺す殺すつぎから出てくる』『蟻にたばこの煙をふきつける』『蟻が出ぬやうになった蟻の穴。』」
「お前のせいだよ!!」
子規がチキン南蛮を頬張りながら突っ込む。
「暇な上に性格も悪い放哉らしい句ね。ホント……」
蕪村がドン引きした顔で放哉を一瞥した。
子規がチキン南蛮を頬張り終えると自分の句を発表する。
「俺はこれだ。『鶏頭の 十四五本も ありぬべし』。この圧倒的な客観性と写生! 当時、他の俳人から『ただ花を数えてるだけじゃねえか』って批判されまくったけど、俺は絶対これが最高傑作だと思ってるからな!」
「子規は相変わらずガンコねー」
蕪村が苦笑いする。
「私はやっぱり『牡丹散りて 打かさなりぬ 二三片』かな。落ちた花びらの重なりすら美しく切り取る、私の圧倒的なデッサン力が……」
居酒屋『桃源郷』の安っぽいテーブルで、歴史に名を残す文豪たちの、世界一贅沢でくだらない文学談義が白熱していく。
絶望していた芭蕉も、次第に酒が入り、「やはり……お主らの言葉のセンスは……悪くないのじゃ……ヒック」と上機嫌にクダを巻き始めていた。
──数時間後。
「あかん……もうベロベロや。眠いンゴ……」
時刻は夕方を過ぎ、すっかりネオンが瞬く時間。放哉がテーブルに突っ伏した。
「し、終電……いや、俺たちそもそも家がねえんだった……」
啄木も目が座っている。
「で、どこで寝泊まりするんじゃ? 余った金は……数千円くらいか」
芭蕉の問いに、子規がスマホ(死後パッド)の画面を見せた。
「近くに、男四人と女一人でも入れて、フリータイムで安く雑魚寝できるデカい部屋を見つけた。アメニティも豊富だし、風呂もデカいらしいぞ」
「おっ、有能やんけ子規。さっそくそこ行こや」
一行はフラフラと夜の歌舞伎町を歩き、子規の案内に従ってその『宿』の前に到着した。
そこは、ピンクや紫のド派手なネオンが煌めき、入り口が暖簾で隠された異様な城だった。
「──って、ちょっと待ちなさいよォォォォッ!!」
蕪村の金切り声が響いた。
完全に酔いが覚めた顔で、目の前の看板を指差す。
「ラブホじゃないのよここ!! キモいキモいキモい! 芭蕉様はともかく、なんで私が、おじさん三人と一緒にラブホの同じ部屋で寝なきゃいけないのよ! 私、今世ではか弱き乙女なのよ!?」
「うるせえ! カプセルホテル四人分よりここのパーティールームで割り勘した方が安いんだよ! 文句言うならお前だけ野宿しろ!」
子規が蕪村にラブホ街で怒鳴り散らす。
「いやあああっ! 絶対イヤァァァッ!」
全力で拒否して逃げようとする蕪村の手足を、酒臭いクズ男たちが掴んでズルズルと引きずっていく。
「離してぇぇっ! 私の純潔がぁぁっ!」
「やめろ。うっさいって、周りのサラリーマンこっち見てるやろ。通報されたらどないすんねん」
「安心しろ蕪村ちゃん! 俺の性欲は昨日の125万ですべて消え去って完全な賢者だからよ!」
「その情報を真顔で言うのがほんっときもい!」
かくして、最悪のパーティは、歌舞伎町のラブホテルの一室へと吸い込まれていった。
だが、彼らはまだ知らない。
深夜、この怪しげなピンク色の照明と円形ベッドの上で、突如として彼らのインスピレーションが爆発し──前代未聞の『ラブホ句会』が開幕することを。




