『こう』はなれない
大体一時間ほどで回収作業は完了しました。
その後は、湖の周辺をぐるりと回って、魚と同じように瘴気で死んだ生き物がいないか確認します。
今回は虫と、その他に鳥の死体が数羽分あったくらいですね。
虫の場合は小さく、保有している瘴気も少量のため、そのままの状態で放って置いて自然と土に還るのを待ちます。
鳥の場合はそうもいかないので、回収して同じ場所へ運び、魚と一緒に並べて火を点けました。
ぱちぱちと音を立てて広がっていく炎。
燃やし終えて火が消えたら。残った骨などは土に埋めて、後は微生物達に分解してもらいます。
これでこの場所の浄化の仕事が終わります。
ま、瘴気が再発していないかの確認には、また来るんですけどね。
火を少しの時間眺めた後、私達は目を閉じて手を合わせます。
祈りと敬意。そんな感じの意味がありますね。
しばらく祈りを捧げてから目を開けると、いつの間にか隣にネイサンさんが来ていました。
彼はぼうっとした様子で炎を見つめています。
「どうでした?」
そう尋ねると彼は、はっとした顔を私の方へ向けました。
「……浄化の後にこんな事をしているなんて知りませんでした。王族の方々が瘴気を浄化してくださったら、それで終わりだと」
「結構、大変だったでしょ?」
「はい」
「んっふふ」
素直に頷くネイサンさんに微笑むと、私も火へと目を向けます。
「浄化は一人で出来ますけれど、浄化の仕事は一人では出来ません。皆さんの協力あってこそです」
「協力……」
「ええ。ありがたい事に、ヴェルデ領の皆さんは協力的でした。ヴェルデ領を愛し、そして領主一族をとても慕っているからでしょうね。ちゃんとリーフさんの指示を聞いてくれている」
領地によっては「瘴気だけ浄化して後は放置で良い」と言うところもあります。
私達は浄化の力を使うにあたっての勉強で、二次被害の怖さを学んでおりますが、そうでない人達もいるのです。
瘴気を浄化したら、それで解決。
表面だけを見て解決したと思う人達は存在するのだと、家族は言っていました。
ネイサンさんの場合は、それですね。浄化の仕事について部分的に知っている様子から考えると、セッピア領は恐らくそういう領地なのでしょう。
「キルシュお兄様からの評価を良くしたいと考えているのならば、そういう部分も調べてみると良いですよ」
私はネイサンさんにそんなアドバイスをします。
これは彼のためというよりは、セッピア領の領民達を守るためと、お兄様の負担を減らすためです。
「……リーフは、この事をいつから知っていたのでしょう」
「さて、本人から聞いてみていかがです?」
独白のようなネイサンさんの言葉に私はそう返し、リーフさんの方へ手を向けました。
そこではリーフさんがヴェルデ領の人々に囲まれている姿が見えます。
和やかに、朗らかに。
リーフさんを慕う人達の笑顔が、彼と共にそこに在りました。
「…………」
ネイサンさんはリーフさんを見つめ、ぐっ、と拳を握りました。
浮かべている表情はとても複雑なものです。
「……ここはセッピア領とは本当に、だいぶ違うのですね」
そしてぽつりとそう言いました。
「そうですね。領地ごとに色々と特色があって良いですよね。……どう思いました?」
「……悔しい、と思いました」
「なるほど」
私は軽く頷きます。
彼は悔しいと口にしました。しかし、その声には憎しみや恨みのようなものは感じられません。
ただ、悔しい。その言葉が抱く感情には、羨望の念が感じられます。
「うちでは……こうはなれない」
ネイサンさんは呟くようにそう吐露し、眩しそうに目を細めました。
……なるほど。
私は心の中で同じ言葉をもう一度呟きます。
『なれない』という言葉は『なりたい』と同義語です。
嫉妬心や対抗意識……色々と複雑な感情を抱いているのが伝わってきました。
それが悪意に転ずるのは困りますが、ヴェルデ領の関係を羨ましいと思える気持ちが、彼にはどうやら備わっているようです。
「チャレンジしてみてはいかがです?」
なので私はそう言いました。
ネイサンさんはぎょっと目を剥きます。
「そ、そんな簡単に言われましても……」
「おや、そうですか? よそにちょっかいをかけているより、ずっと簡単だと思いますけどね」
「え……」
セッピア領がヴェルデ領にしている事を知っているぞと暗に示して言えば、ネイサンさんの顔色がみるみる悪くなっていきます。
そりゃあ、そうでしょうね。彼は実際に加担した人間ですから。
バレていないと思っていたのか、それともリーフさんならば他人に言わないと思っていたのか。
その辺りは分かりませんが、自分達の行動がまずい事は理解しているご様子。
「悪い事だと理解しているのなら、しない方が良いと私は思いますよ。誰かの言葉で始まった事だとしても、動いてしまったらそれは自分の責任となります。特に私達は、自分達の行いが時として刃となって、自分自身に向けられる場合が多いですから」
私の場合は、王族という身分であるからこそ、出来る事が多々あります。
そして自分の言葉がどれほど強い力になるかという事も知っています。
だけれど、それは何でも出来る無敵の力じゃない。
使い方を間違えれば自分も他人も命を落とす、爆弾のような力です。
「…………僕は」
ネイサンさんは何度も唇を湿らせています。
必死で、何かを言おうとしているようでした。
「ネイサンさんがこうなれないと思った理由は何ですか?」
そんな彼に私は助け舟を出してみました。
「え? あ……だって、今更で」
「何故?」
「…………そういう、振る舞いをしてきたから、です」
ネイサンさんは僅かに震える声でそう言いました。
意外と正直なのかもしれませんね、この人。
「それは大変。信頼を取り戻すのには時間がかかりそうですねぇ」
「…………」
ネイサンさんの視線がぐっと下がります。
「でもね、時間をかければ取り戻せるかもしれませんよ」
「え」
「罵られても、馬鹿にされても。それでも変えたいという覚悟が、あなたにあるのなら」
「――――」
そう言うと、ネイサンさんは大きく目を見開きました。
それから彼は自分の手を見ます。
その手にはめられているのは、たくさん仕事をして汚れた手袋です。
「今日はお疲れ様でした、ネイサンさん。手伝っていただいたおかげで助かりました」
「……い、え」
ネイサンさんは軽く首を横に振り、自分の手を静かに握りました。
それから再び炎の方へ顔を向けて、ぱちぱちと赤く燃えるそれをじっと見つめながら、
「……覚悟が、あるなら」
彼はぽつりと、そう呟いたのでした。




