浄化の『仕事』
ネイサンさんの着替えが終わると、私達は馬に乗って、瘴気のある場所へと向かいました。
先日浄化した領都近くの森を抜けて、三十分ほど進んだ先にある湖です。
湖の上には、そこまで濃い色ではあんませんが、瘴気の靄が漂っていました。
観察していると、湖の中央には小さな島があり、そこに一本の大きな樹が立っている事に気が付きました。
果樹でしょうか。木の枝に淡い緑色の実が生っているのが見えます。
「あれはヴェルデの大樹と言いまして、陛下よりこの領地を賜った時に植えたとされる樹なのです。僅かではありますが、精霊と似た力が宿っていると言われています」
リーフさんがそう教えてくれました。
「なるほど、だから他よりも瘴気が薄いんですねぇ」
感心しながら私が馬を降りると、
「ミモザ様、リーフ様ー!」
遠くから元気な声が聞こえてきました。
顔を向けるとエマさんとローウェルさんが手を振っている姿が見えます。
二人と一緒に、領民の皆さんもいらっしゃいますね。
「……? 彼女達は何を?」
それを見て、ネイサンさんが不思議そうに首を傾げました。
「皆さんは浄化のお手伝いをしてくれているんですよ」
「え?」
私が答えると彼はきょとんとした顔になりました。
「何を馬鹿な……一般人が浄化の手伝いなど出来ないでしょう?」
「んっふっふ。そんな事はないですよ? 確かに浄化は王族の仕事ですけれど、浄化だけが瘴気の対処ではありませんから」
「え……?」
ネイサンさんはイマイチ良く分からない、と言うような顔をしています。
この辺りは言葉で説明するよりは、実際に見てもらった方が早いですね。
そう考えた私は「それじゃあ、浄化を始めます」と宣言して、湖に近付きました。
瘴気が漂っているのは湖の岸の近くです。
これなら湖の中に入らなくても大丈夫そうですね。
指先に浄化の力を纏わせて、凪ぐ。
するといつも通り、光の粒がキラキラと現れ始めました。
そしてそれをこれまたいつも通りに瘴気の穴に注ぎます。
……うん、よし。今日もなかなか調子が良いですね。
連日行っているので、ヴェルデ領へ来た当初よりも上達しているように思えます。
「…………っ」
すると、後ろの方でネイサンさんが息を呑んだ音が聞こえました。
「ミモザ様の浄化は美しいだろう?」
「えっ!? あ、ああ……正直驚いた。キルシュ様の浄化とは雰囲気が違うのだな」
リーフさんとネイサンさんはそんな話をしています。
お兄様の浄化の力はこの光を瘴気の上に乗せて一気に消すタイプですからね。
光の様子は同じでも雰囲気が違うと感じるのはその通りです。
――そうして浄化を続けて、それから三十分後。
エマさんとローウェルさんが瘴気を減らしてくれていたおかげで、発生地点を含めて想定以上に早く浄化を終える事が出来ました。
ちなみに二人が固めてくれた瘴気の浄化は、ネイサンさんが帰ってからする予定です。
瘴気対策に有用だと、強引な手段を用いて引き抜きをされると困りますからね。
「さて、ではもうひと仕事頑張りましょう!」
「はいっ!」
手袋をはめながら私がそう言うと、リーフさんから良いお返事がありました。
彼も私と同じように手袋をはめています。
この手袋、水が染み込まないように加工されている奴なんですよ。とても便利。
「ほら、君も」
「は? 何だこれは。まさか僕にも仕事をしろと言うのかっ!?」
「そういう約束だっただろう? 君はお手伝いさんとして来たのだから」
「ぐっ」
リーフさんに手袋を渡されたネイサンさんは少々不服そうでしたが、約束という言葉にピクリと反応をして、渋々といった様子で手にはめていました。
「はぁ……浄化の仕事はもう終わったのでしょう? なのに一体何をするんです?」
「瘴気の浄化は終わりましたけどね、浄化の仕事はまだ終わっていないんですよ」
ネイサンさんにそう答えると、私は湖を指さします。
そこには死んだ魚達がプカプカと湖面に浮かんでいました。
それをエマさん達が回収をしています。
「えっ!? あ、あれは何をやって……!?」
「瘴気によって死んでしまった魚を回収しているんですよ。体内にはまだ瘴気が残っているので、死体を他の生き物が食べてしまったら、二次被害が発生してしまうんです」
これも瘴気の厄介なところの一つです。
瘴気で死んだ生き物の体内には、その瘴気がしばらく残る。一応ね、微生物などが分解するにつれて瘴気は消えていくので、いつまでも留まり続けるという事はないんですけどね。
この話を聞いた時は「微生物すごい……」ってなったものです。
なのに、どうしてこの作業をするかと言うと、今言った通り二次被害防止のため。
瘴気で死んだ生き物の体内には瘴気がしばらく残るのですが、その死体を他の生き物が食べた場合、食べた側も瘴気に侵されてしまうのです。
そうして死んだ場合は、さすがにもう瘴気は消えているんですけどね。
死体の数が少ない場合は放っておきますが、この湖のように数が多い場合は、この作業が必要になるんです。
瘴気で死んだ生き物を食べて、他の生き物も大量に死亡……なんて事態になったら生態系がおかしくなってしまいますから。
そんな話をしつつ私とリーフさんもその作業に加わるべくそちらへ向かいます。
ネイサンさんは戸惑いつつも少し遅れてついて来ました。
そうして作業を始めると、
「兄ちゃん、力ねぇなぁー」
「そんなにおっかなびっくり触ってたら終わらないよ~」
「わ、分かっている!」
なんて調子で、ヴェルデ領の皆さんがネイサンさんに声をかけています。
彼がセッピア領の領主の子という事はバレてはおりませんが、何となく「良いところの坊っちゃん」という雰囲気は感じたようで、対応がちょっと優しいです。
社会見学に連れてきたとでも思われているのかもしれません。
「ミモザ様。思ったよりも大丈夫そうですね」
ネイサンさんを見ているとリーフさんが近付いて来て、小声でそう言いました。
「そうですねぇ。実はね、彼は手伝わないかな~と思っていたので意外です」
「私もです」
私の言葉にリーフさんは頷きました。
お手伝いさんのつもりでとは言いましたが、先ほどのやり取りを聞いていると、こういうのはやりたがらないだろうなとは想像していたんですよ。
なので邪魔さえしなければ良いかくらいの感覚だったのです。
少しだけ見直しました。
……なんて、ネイサンさんを観察している場合ではありませんね!
私もしっかり働かなければいけません。
投網などで沿岸まで手繰り寄せられた魚の死体を運んで、一か所に集めます。
「あの、この後はどうするのですか?」
せっせと運んでいると、途中でネイサンさんからそんな質問を受けました。
汗だくです。頑張って手伝ってくれているようでありがたいですね。
「集めた後は火を点けて燃やすんです。そうすると体内に溜まっていた瘴気が外へ出ますから、様子次第でそれを浄化します」
「…………。あの……もしかしてこれを、ずっと行っているのですか?」
「この湖のように多い時は、そうですね。あ、でも、お兄様もやっていると思いますよ」
「…………そう、ですか」
ネイサンさんはそう呟きます。
それっきり彼は何か言う事もく、作業に戻って行きました。




