系統が違うもの
私達が向かったのは領都近くの森でした。
本当は、次に予定していたのは騎竜で移動した先だったのですが、さすがに騎竜一匹に四人は乗る事が出来ませんので変更したんです。
領都を出てしばらく歩くと件の森があります。
ヴェルデ領の人々は森の中を通って隣の村まで行くそうで、馬車が悠々二台通れるくらいの広さの道が整備されていました。
騎竜という移動手段があっても、多くの人や荷物を運ぶには馬車が一番ですからね。
そんなヴェルデの森ですが、入って直ぐから瘴気が漂い始めました。
先ほどの農場よりは瘴気の濃度が薄めですが、それでも植物に影響が出ており、木々の葉や草花が萎れています。瘴気が濃い方へ向かえばもっと酷くなっている事でしょう。
ヴェルデ領の上空を飛んだ時に、この森の木々も一部が枯れて茶色になっているのが見えましたから。
さて、ではどうしましょうかね。
本来ならこのまま瘴気の発生地点へ真っ直ぐに向かうのですが、今回はエマさんとローウェルさんが一緒です。
彼女達の浄化の力がどのくらいのものか、この辺りで一度確認しておいた方が安全でしょうかね。
「エマさん、ローウェルさん。瘴気の発生地点へ向かいたいので、あちらの方向にある瘴気を浄化していただけますか?」
そう言って私は右前方へ手を向けました。
瘴気の抜け道は見えていますが、今回は私一人で向かうわけにはいきませんし、先ほどの様子を見る限り「私が歩いた通りに来てください」と言っても従ってもらえない可能性があります。
それならば進行方向の瘴気を浄化してもらえば皆揃って進めますし、彼女達の力も確認出来て一石二鳥というわけです。
「……分かりました」
「や、やります!」
エマさんとローウェルさんは特に拒否する事もなく、スッと前に出てくれました。
入れ替わりに私は後ろに下がり、リーフさんの隣に並びます。
「……大丈夫でしょうか?」
するとリーフさんが二人に聞こえないように耳元でそう囁きました。ちょっとだけくすぐったい。
「領都の皆さんが瘴気は消えたと言っていましたし、何かしら作用する力ではあると思いますよ」
私も小声でそう返します。
そうして見守っていると、エマさん達は瘴気に向かって手を向けました。
「やるぞ、エマ」
「う、うん」
短いやり取りの後、二人の手の周りに光の帯のようなものが現れ始めました。
光の帯はしゅるしゅると伸びて、瘴気の周りを包んだとたんにカッと強い光を放ちます。
光が収まると、周囲に漂っていた瘴気は綺麗に消えていました。
「なるほど」
「ふむ……」
私とリーフさんが同時にそう呟きます。
周囲を見回して確認しますが、確かにその場の瘴気がなくなっています。
ただ、瘴気が消えたのは光の帯が届いた範囲。
その外側は依然として瘴気が漂っていますね。
「どうです、消えたでしょう!」
「ええ、お見事です。範囲はどのくらいまで行けますか?」
「え? ええと、今のが……最大です」
私の質問にローウェルさんは戸惑い気味に答えてくれました。
なるほど。つまり小回りが効くという事ですね。
浄化の速度が想像以上に速かったので、規模が狭い場所をお願いすると良さそうです。
ヴェルデ領の瘴気の発生地点には、幾つかそういう場所があったはず。
これは意外と順調に瘴気の浄化を進められるかもしれませんね。
「それではどんどん行きましょう。道中の瘴気の浄化はお願いしても大丈夫ですか?」
「えっ」
私がそう訊くとエマさんの表情が少し曇りました。
おや、と思っていたら、
「だ、大丈夫ですとも!」
ローウェルさんが少し早口でそう言いました。
何となく誤魔化されたような気がしますが……ま、いいか。
そのまま私達は浄化を続ける二人を先頭に歩き出しました。
少し離れた後ろから様子を見ていますが、やはり瘴気を除去する速度がだいぶ速いですね。
「あの二人の浄化の力……私にはやはり、ミモザ様と同じとは思えません」
そうしているとリーフさんからそう話しかけられました。
「ええ。あれはコローレ王家の浄化の力ではありません」
コローレの王族に受け継がれている浄化の力は、個人によって力の強い弱いはありますが、その形自体は変化しません。
私達が浄化の力を使うと星空のようなたくさんの光の粒の形で現れるのです。
しかしエマさんとローウェルさんのものは光の帯でした。
コローレ王家の血をうっすらと引いていて浄化の力を持っているならば、あそこまで違うものにはなりません。
なのであの兄妹は、コローレ王家の血筋とは関係がない、という事はこれではっきりと分かりました。
「……大変申し訳ございません」
「大丈夫ですよ、リーフさん。そんなに重く考えなくても。どういう意図があってそれを名乗っているかは気になりますが、それだけです」
「ですが、あまりにも不敬です」
「んっふふ。リーフさんは真面目ですね」
狂犬なんて呼ばれていて、実際にその現場を目の当たりにはしましたが、彼の本質は変わらず真面目で誠実ですね。
私への陰口を聞いて不敬だ失礼だと言う人は大勢見てきました。
けれども大体の人は形だけで本心は同じ。人の目というものは、言葉以上に物を言います。
しかしリーフさんはそうじゃない。
それがなかなかくすぐったくて、嬉しいなぁとも思います。
「……真面目さだけが取り柄なので」
「素晴らしい事です。もしも嫌味に聞こえたら申し訳ありません。褒めたつもりでした」
「っ、ミモザ様のお言葉が嫌味だなんて、そんな」
リーフさんは首を横に振ります。
もしかしたら彼も彼で、真面目という部分をからかわれたり、悪く言われていたのかもしれませんね。これは失敗しました。
褒め言葉である理由をちゃんと説明しなければ。
「物事に真面目に取り組む事は誰にも出来ます。けれどリーフさんのように、ずっと真面目に取り組み続ける事が出来る人は案外少ないんですよ」
「続ける……ですか? 私が……」
「少なくとも私にはそう見えました。そして私はそういう人を心から尊敬します」
要領良く誰かに取り入る事が出来る人。
腹芸が得意で裏で動く事が得意な人。
他人に仕事を振って自分がやりましたよって顔をする人。
王族として生きていると、結構な確率でそういう人と出会います。
そういう生き方を否定はしません。
けれども私は少し距離を取りたいなと思いますし、それよりも真面目にコツコツ物事に取り込んでいる人に好感を抱きます。
「リーフさんの真面目さは美点です。卑下する必要なんて微塵もありません」
「――――」
リーフさんは目を見開きました。
それから彼は口を手で覆った後、
「…………はい」
いつもよりちょっとだけ小さな声でそう言いました。
耳が赤くなっている事は、気付かないフリをしておいた方が良さそうですね。




