狂犬という言葉が良く分かる
「ヴェルデ領のために瘴気を浄化してくださっているミモザ様に、お前達は何という失礼な事を!」
「ひえ!?」
「きゃあ!?」
リーフさんはとんでもなく恐ろしい顔をして、剣の切っ先をエマさんとローウェルさんに向けます。
あまりの剣幕に二人の顔は一気に青褪めて、その場に尻もちをつきました。
もしかしなくともリーフさん、ぶちギレてらっしゃる!?
「ひい、リーフさん!? ちょ、ちょっとお待ちを!」
私が慌てて止めると、
「ミモザ様、これも私の不徳といたすところです。ですがこの二人もヴェルデの領民――どうか私の首一つで、お赦しいただけないでしょうか?」
リーフさんは私の前に跪いて自分の首に剣の刃を当ててそう言いました。
死。デッドエンド。物騒な単語が私の脳裏を過りました。
覚悟があまりにも重い。リーフさんのご両親が、彼を狂犬と言った理由が今ならとても良く分かりました。とんでもない狂犬です。
血の気が引くってこういう感覚なんですね。知りたくなかった。
「待って待って待ってー! お気になさらず、リーフさん! 私は言われ慣れているのでノーダメージです!」
「ですが……!」
「ですがも何もありませんよ。ついこの間お話しましたが、リーフさんまで倒れたらヴェルデ領が大変です。なのに死んでしまってはもっと大変ですよ、勘弁してください!」
私はリーフさんの腕にはしっと飛びついて必死に説得します。
「み、ミモザ様、危ないです!」
リーフさんが困った顔になります。
その顔をしたいのは私の方なのですが、そこはぐっと我慢です。
彼のご両親の話では、狂犬状態でも私が命令すれば聞いてくれるとの事ですが、これは妥協案を出した方が後腐れはなさそう。対応に不満が残れば後々爆発しかねません。
私は頭をフル回転させてアイデアを絞り出します。
「で、でしたらですね! えーっと……ジャ、ジャムパン!」
「ジャムパン?」
「はい! お詫びという形でブルーベリーのジャムパンを! 一ついただければ!」
冷や汗をだらだらと流しながら私は提案しました。
……いえ、その、お腹が空いていたんですよ。苺のパンケーキを食べる前でしたし……。
それにブルーベリーのジャムパンは私の大好物です。
ご機嫌に食べて見せれば、気を遣ったとは思われないでしょう。
「…………っ!」
するとリーフさんが目を大きく見開きました。
「そんな……何て心が広い……っ」
そしてわなわなと震えながらそんな事を言い出しました。
違うんです、そうじゃないんですよ。
心が広いとかじゃなくて、ただのあなた用の対策なんです、ごめんなさい!
色々と申し訳ない気持ちが湧いてきましたが、とりあえずリーフさんは落ち着いてくれたご様子。物騒な事態は回避出来たようです。
私はほっと息を吐くと、リーフさんから手を離しました。
「さて……」
次はエマさんとローウェルさんの件ですね。
二人の方を見ると、相変わらず青い顔をしたまま、地面に座り込んでいました。
リーフさんのあの剣幕で剣を向けられたら、こうなるのは無理もないでしょう。
あのレベルの殺意が飛んで来たら、私だって腰を抜かしていたと思います。
そう考えるとこの二人よく気を失っていませんね。結構根性があるのかもしれません。
そんな事を考えながら私は二人に声をかけます。
「エマさん、ローウェルさん」
「あっ」
する二人は、はっと目を見開いてこちらを見上げました。不安そうな表情をしています。
安心させようとにっこり笑ってみせたところ、小さく悲鳴を上げられてしまいました。解せない。
「立てます?」
「あ、えっと……はい……」
よろよろと立ち上がる二人。腰は抜けていないご様子です。
やっぱり根性がありそうですね。
では、と私は話を続けます。
「浄化の力のお話なんですけどね。良かったら見せていただけませんか?」
「え……?」
すると二人はきょとんとした顔になりました。
先ほども言いましたが使えるものは使います。
この二人の持つ力が浄化の力でも、そうでなくても、瘴気の浄化に役立つのなら手伝ってもらった方が良い――それが私の考えです。
「あの、あの……見せたら、どう、なるんですか……?」
エマさんが手をぎゅっと胸の前で握って、緊張した様子で聞いてきました。
「問題なく瘴気の浄化が出来るならば、ご協力をお願いしたいと考えておりまして。あ、もちろん報酬はお支払いしますよ。それからこれはあくまで提案ですので、強制ではないです」
最後は、はっとして付け足しました。
今の言い方だと命令に聞こえてしまうかもと思ったからです。
王族の言葉ってそのくらい強いですからね。発言には気を付けないといけません。
「お、お兄ちゃん! 報酬だって!」
先ほどより顔色が良くなったエマさんが、ローウェルさんの服を引っ張ります。
しかしローウェルさんは口を噤んだまま。若干、睨むような目を私の方へ向けて来ました。
「……分かりました。いいですよ。ただし僕達だけで十分と思ってもらえたら、お帰りいただける事をお約束してください」
「お兄ちゃん!」
再度、エマさんが悲鳴を上げました。顔色はもう青を通り越して白くなっていました。
ほぼ同時に私の隣に立つリーフさんの纏う空気がひんやりし始めました。
せっかく怒りを鎮めたばかりなのに再度燃え上がりそうです。
彼が今どんな顔をしているのか怖くて隣が見られません。
「首……」
物騒な呟きまで聞こえてきます。聞かなかった事にします。
「…………」
とんでもなく胃が痛くなってきました。
このまま意識を飛ばして全部を忘れてしまいたい衝動に駆られておりますが、そうも言ってはいられません。
だって、この場を収められるの、今ここに私しかいないんですよ……。
「約束はしません。私がヴェルデ領へ来たのは領主代理のリーフ・ヴェルデが希望し、それを受け入れたからです。そしてこの仕事はコローレ王国の国王陛下の命によるもの。帰れと仰るのであれば、陛下とリーフ・ヴェルデに許可を得てから提言してください」
誰の感情も煽らないように気を付けながら、努めて静かに私はそう返します。
するとローウェルさんがぎょっと目を剥きました。
「え……何で……」
「何でと言われましても、そういう流れですよ、精霊の年って」
まぁ、精霊の年でなくても、王族の肩書きで動く場合は大体そういう流れなんですけどね。
「それではお時間は今からでよろしいですか? それとも明日の方がいいですかね?」
「あ、え、えっと……」
ローウェルさんは呆然としながらそう呟きます。
動揺しているのか、なかなか返事がありません。
これは明日の方が安全かもしれないなと思っていると、
「今からで構わないな、エマ?」
リーフさんがエマさんにそう訊きました。
エマさんはローウェルさんを一度見た後で、
「はい」
と、まるで死刑宣告されたような表情で頷きました。
色んな意味で心配ではありますが、ご本人達がそれで良いならば本日にしましょう。
ひとまず、集まっている人達の体調を確認したら、予定していた浄化場所へ移動する事にします。
……苺のパンケーキにちょっとだけ後ろ髪を引かれながら。




