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転生研究者の異世界魔法論 ――魔法を科学したら最強になった件――  作者: 夜透


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それぞれの思惑

第99話「それぞれの思惑」をお届けします。

王都へ向かう準備を進めるアルたち。それぞれが役割を担い、新たな一歩を踏み出します。

一方、王都ではルシウスが支配を進め、教皇アルベリクもまた、手にした力への認識を変え始めていました。

表向きは順調に見える新政権。その裏では、さまざまな思惑が動き始めています。

ぜひ最後までお付き合いいただければ幸いです。


 王都へ向かう準備は、思っていたよりも早く進んだ。

 王都からの使者が帰ってから数日。

 ヴァルクレインの屋敷では、アルたちが出発の準備を進めていた。

 必要な衣服。

 旅の食料。

 最低限の魔道具。

 そして、王都で使う身分証や書類。

「本当に、これだけでいいの?」

 エルシアが荷物を見ながら尋ねる。

「うん」

 アルは頷いた。

「王都へ行くのは旅行じゃないから」

「できるだけ目立たない方がいい」

「なるほど」

 エルシアは納得したように頷く。

 アルは荷物の中身を一つずつ確認していく。

 魔石。

 簡単な治療道具。

 筆記具。

 紙。

 そして、研究用の小さな道具。

「……やっぱり、それは持っていくんだ」

 エルシアが紙と筆記具を見る。

「研究者だからね」

 アルは少しだけ笑った。

「何か分かったら、記録しておきたい」

「王都に人質として行くのに?」

「人質だからこそ、時間を無駄にはできない」

「アルらしいね」

 エルシアが笑う。

 その笑顔を見て。

 アルも、少しだけ肩の力を抜いた。

 だが。

 胸の奥にあるものまで消えたわけではない。

 父。

 母。

 マリア。

 失ったものを思えば、今でも胸が痛む。

 黒ローブへの憎しみも残っている。

 それでも。

 今は、その感情だけで動くつもりはなかった。

「……敵を知る」

 アルは小さく呟く。

 そのための王都行きだった。

     

 屋敷の前。

 イザベラが馬車へ乗り込む。

「気をつけてね」

 フィオナもその隣に立つ。

 二人はアルやエルシアとは別に、一般人として王都へ向かうことになっていた。

 王都では目立たないように行動し、アルと秘密裏に情報を交換する。

「定時連絡は必ずな」

 ガレスが確認する。

「分かってるわ。週に一回、必ずメッセンジャーホークを飛ばすわ」

 イザベラが答える。

「特段何かなくても必ず送る」

「了解だ」

 ガレスが頷く。

「俺たちからも、週に一回は必ず送る」

「頼むわ」

 フィオナが微笑む。

「エルフ領のリシェルやセレスにも、ちゃんと伝えてね」

「もちろんだ」

 王都。

 ヴァルクレイン。

 エルフ領。

 そして魔人族。

 離れた場所にいる者たちを、情報だけで繋いでいく。

 まだ、誰も互いに大きな勢力として結びついているわけではない。

 それでも。

 その小さな繋がりが、いつか大きな意味を持つことになる。

「じゃあ、行ってくる」

 イザベラとフィオナは馬車へ乗り込んだ。

 やがて馬車が動き始める。

 アルは、その後ろ姿を見送った。

「……よろしく頼む」

 小さく呟く。

 今度は。

 一人で戦うわけではない。

     

 その日の夕方。

 屋敷の中庭では、アルとガレスが向かい合っていた。

「本当に、王都へ行くんだな」

「うん」

「戻ってこられる保証はないぞ」

「分かってる」

 ガレスはしばらくアルを見つめた。

「……変わったな」

「そうかな?」

「前のお前なら、全部一人で背負ってた」

「……」

「今は、ちゃんと俺たちに頼ってる」

 アルは少しだけ笑った。

「一人じゃ、何も分からないから」

「研究者として当然のことだよ」

「それに」

 アルは王都の方角を見る。

「俺には、まだ知りたいことがたくさんある」

「なら、生きて帰ってこい」

「うん」

 アルは頷いた。

「必ず」

     

 そのころ、王都では。

 ルクセリア王朝の王宮では、一人の男が報告を受けていた。

「ヴァルクレイン家も、要求を受け入れました」

 黒い衣服を着た男が、静かに告げる。

「人質として辺境伯の弟、アルフレッド・フォン・ヴァルクレインを王都へ差し出すとのことです」

「そうか」

 玉座に座るルシウスが答えた。

「他の領主たちは?」

「今のところ、大きな反抗の動きは確認されておりません」

「王都への人質要求にも、ほとんどの家が応じています」

 ルシウスの口元に笑みが浮かんだ。

「ならば、順調だな」

「はい」

 男は、さらに報告を続けた。

「一部の貴族は、返答を先延ばしにしたり、表向きは従いながら様子を見ているようですが……」

「構わん」

 ルシウスは手を振った。

「今は、逆らわなければそれでいい」

「力を見せれば、いずれ理解する」

 その言葉に、男は一礼した。

「承知しました」

 だが。

 王都から離れた場所では。

 同じように沈黙している貴族たちがいた。

 彼らは、ルシウスに忠誠を誓ったわけではない。

 ただ。

 今、逆らうのは危険だと判断しているだけだった。

 他の貴族がどう考えているのかも分からない。

 誰が味方なのか。

 誰が敵なのか。

 それすら、まだ分からない。

 だからこそ。

 誰も動かない。

 静かに。

 状況を見ている。

 それは、ルクセリア側がまだ知らないことだった。

     

 王宮のさらに奥。

 人の気配がほとんどない一室。

 そこに、教皇アルベリク十三世がいた。

 窓の外には、夜の王都が広がっている。

「……順調か」

「はい」

 ルシウスが答える。

「貴族たちは、ほぼ全てこちらの要求に従っています」

「そうか」

 教皇は静かに微笑んだ。

 その手には。

 あの石があった。

 黒魔石と精霊石。

 二つの力が融合した石。

 教皇が――。

「神の石」

 そう呼ぶもの。

 アルベリクは、石を眺める。

 そして。

 教皇は手にしたナイフを、自分の腕に走らせた。

 腕に一本の傷が走り、赤い血が流れ落ちる。

 だが、傷口は瞬く間に塞がり、跡形もなく消えた。

「……素晴らしい」

 教皇は小さく笑った。

 以前なら。

 人は傷つき、老い、そして死ぬ。

 それが当たり前だった。

 だが。

 今の自分には、その常識がない。

 老いない。

 死なない。

 傷ついても、すぐに癒える。

「これほどまでに、人間は弱いものだったのか」

 教皇の声には、僅かな変化があった。

 以前よりも。

 自分自身を特別な存在として見る響き。

 それは、まだ小さなものだった。

 だが。

 確実に芽生え始めている。

「ならば」

 アルベリクは窓の外を見る。

「この世界を導く者が、誰であるべきかなど……」

 答えは一つだ。

 そう考えることに。

 何の疑問も抱かなくなりつつあった。

「……私でよいではないか」

 小さな笑み。

 その笑みの奥に。

 まだ誰も気づいていない傲慢さが、少しずつ形を持ち始めていた。

     

 翌朝。

 アルは屋敷の前に立っていた。

 馬車が用意されている。

 エルシアも、その隣に立っている。

 レオナルト。

 セバス。

 リリア。

 ガレス。

 皆が見送りに来ていた。

「忘れ物はない?」

 リリアが尋ねる。

「大丈夫」

 アルは頷く。

「本当に?」

「うん」

「研究道具は?」

「ちゃんと入ってる」

「ならよし」

 リリアが少しだけ笑う。

 その笑顔を見て。

 アルも笑った。

「レオナルト兄さん」

「何だ?」

「領地のこと、お願いします」

 アルは畏まって頭を下げた。

「任せろ」

 レオナルトは頷く。

「お前が王都で何を見てくるのかは分からない」

「だが、ここは俺が守る」

「うん」

 アルは頷いた。

 ガレスが肩を叩く。

「情報は任せろ」

「うん」

「お前は向こうで、無茶だけはするな」

「努力する」

「そこは約束しろ」

 アルは苦笑した。

「……分かった」

 エルシアが隣で笑う。

「私が見張ってるから大丈夫」

「頼んだぞ、エルシア」

「任せて」

 アルは皆を見渡した。

 ここを離れる。

 今まで暮らしてきた場所。

 家族と過ごした場所。

 そして。

 たくさんの思い出のある場所。

 胸の奥に、僅かな痛みが走る。

 けれど。

 今は立ち止まらない。

「行こう」

 アルが言った。

「うん」

 エルシアが頷く。

 二人は馬車へ乗り込んだ。

 馬車がゆっくりと動き始める。

 屋敷が少しずつ遠ざかっていく。

 アルは窓から外を見つめた。

 王都へ。

 人質として。

 服従する者として。

 そして。

 敵を知る者として。

 馬車は、王都へ続く街道を進み始めた。


第99話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、王都へ向かうアルたちの準備と、それぞれの立場から動き始める人々を描きました。

アルは人質として王都へ向かいますが、その目的はただ服従することではありません。仲間たちと協力しながら、本当に倒すべき敵を探ろうとしています。

一方、敵側にもまた、それぞれの思惑があります。

次回からは、いよいよ王都を舞台とした新たな展開が始まります。

引き続き読んでいただけましたら嬉しいです。

今後ともよろしくお願いいたします。


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