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転生研究者の異世界魔法論 ――魔法を科学したら最強になった件――  作者: 夜透


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97/115

寄り添う銀髪の手

第97話「寄り添う銀髪の手」をお届けします。

大切なものを失い、憎しみに囚われていくアル。

研究者として積み重ねてきた知識さえも、復讐のために使おうと考え始めます。

そんなアルのそばに、変わらず寄り添い続ける存在がいました。

今回は、アルの心が大きく揺れ動く回です。

ぜひ最後までお付き合いいただければ幸いです。


 王都からの使者が来た。

 その知らせを聞いても。

 アルは、すぐには動かなかった。

 研究室の机。

 その上に並べられた資料。

 黒魔石。

 精霊石。

 黒ローブ。

 教会。

 そして。

 父。

 母。

 マリア。

 アルは、それらをじっと見つめていた。

「……行こう」

 ようやく立ち上がる。

 けれど。

 その目に、以前のような知的な光はなかった。

     

 使者との話が終わった後。

 アルは一人で廊下を歩いていた。

 王都からの要求。

 今後の領地運営。

 新たな王となったルシウス・フォン・ルクセリアへの服従。

 アルはほとんど口を挟まなかった。

 ただ。

 最後に一つだけ尋ねた。

「……教会は?」

 使者が僅かに表情を変える。

「教会は、新たな王を支持しております」

「……そう」

「そして新王は領主様方との親交を深めるためにも、各領主様のお身内の方を、王都に住まわせてほしいとのご意向です。」

 建て前は親交を深めたいという体だが、実際は人質の要求だった。

「私はこの王からのご要望に対するお返事をいただかなければ、王都へ帰ることはできません」

「一週間程度でのお返事をいただきたく、よろしくお願いいたします」

 レオナルトは使者に礼をもって接した。

 宿を手配し、期日までに返事をすることを約束して、使者を見送った 

 アルは、まるで自分には関係のない話を聞いているかのように、何も言わず自室へ戻っていった。

 その背中を、レオナルトが寂しそうに見つめていた。

     

 その夜。

 アルは庭にいた。

 風が吹いている。

 木々が揺れる。

 以前なら。

 精霊の気配を感じ取ろうとしただろう。

 けれど。

「……」

 アルは何も感じようとしなかった。

「アル」

 後ろから声がした。

 エルシアだった。

「……何?」

「少しだけ、一緒にいていい?」

「うん、いいよ」

 冷めた返事。

 それでも。

 エルシアは隣に立った。

「今日は、寒いね」

「……そうだね」

「星、綺麗だよ」

「……うん」

 会話になっていない。

 それでもエルシアは離れなかった。

「アル」

「何?」

「ちゃんと眠ってる?」

「眠ってるよ」

 嘘だった。

 エルシアには分かっている。

 けれど、追及しなかった。

「……そっか」

 ただ。

 隣にいる。

 それだけだった。

     

 翌朝。 

 アルは自室に籠もり今まで研究してきた魔法の資料を広げていた。

 黒魔石を破壊する。

 黒ローブを倒す。

 教会を潰す。

 そのために。

 もっと強い魔法が必要だ。

「……もっと」

 魔力。

 熱。

 圧力。

 衝撃。

 エネルギー。

 前世で最悪の兵器と恐れられた『核』

 あの核のようなエネルギーを魔法で再現できれば……。

 奴らを一網打尽に出来るかもしれない。

 これまで研究してきた知識と前世での知識。

 それが、少しずつ。

 別の方向へ使われ始めていた。

「……これなら」

 アルの手が止まる。

 広範囲へ影響を与え。

 かつ出力の高い攻撃ができれば――。

 そんな時だった。

「アル。入るぞ」

 扉が開いた。

 レオナルトだった。

「……兄さん」

「何をしている?」

「研究」

「何の?」

「……敵を倒すための」

 レオナルトの顔が曇った。

「お前……」

「俺はもう、何も失いたくない」

 アルは静かに言った。

「だったら、先に全部倒せばいい」

「敵って誰だ?」

「黒ローブ」

「教会」

「……それに」

 アルの声が低くなる。

「俺たちから奪った奴ら全員……」

 レオナルトは言葉を失った。

「アル」

「俺は父さんを守れなかった」

「母さんも」

「マリアも」

「……」

「だったら、せめて」

 アルの拳が震える。

「奪った奴らだけは、絶対に許さない」

「それは分かる」

 レオナルトは静かに答えた。

「俺だって同じだ」

「じゃあ――」

「だが」

 レオナルトが遮る。

「お前が今考えていることは、父上が望んだことなのか?」

「……」

「父上は、お前に何を望んでいた?」

 アルは答えられなかった。

「……分からない」

「違う」

 レオナルトは首を振る。

「知っているだろ」

「父上は、お前が好きなことをしている時が一番嬉しそうだった」

「魔法を研究している時」

「知らないことを知ろうとしている時」

「……」

「それを全部捨ててまで、復讐することを父上が望むと思うか?」

 アルは目を伏せた。

「……分からないよ」

 その声は。

 怒りよりも。

 悲しみに近かった。

     

 その夜。

 昨日書いた『核』のようなエネルギーを魔法で再現するアイデアに向き合っていた。

 前世で得ていた核融合の図式。

 大規模な魔力放出。

 魔力を使った融合反応のイメージ。

 敵を一度に消滅させるための悪魔の所業。

「……」

 アルは、その紙を見つめた。

 そして。

 ゆっくりと。

 紙を折った。

 破りはしなかった。

 ただ。

 机の引き出しへ入れた。

「……まだ、分からない」

 自分でも。

 何をしたいのか。

 分からない。

 復讐したい。

 殺したい。

 壊したい。

 その気持ちは。

 まだ消えていない。

 けれど。

 それだけではない。

 父が望んだこと。

 母が望んだこと。

 マリアが望んだこと。

 そして。

 今も自分のそばにいる仲間たち。

「……」

 アルは目を閉じた。

     

 翌朝。

 アルは庭へ出た。

 そこには。

 エルシアがいた。

「おはよう」

「……おはよう」

「眠れた?」

「少し」

「そっか」

 エルシアは笑った。

 それだけだった。

「……エルシア」

「うん?」

「俺……」

 アルは言葉を探す。

「父さんたちを失ったことが、まだ理解できない」

「うん」

「悲しい」

「うん」

「苦しい」

「うん」

「……許せない」

 エルシアは頷いた。

「うん」

「黒ローブたちを」

「うん」

「教会も」

「……うん」

「全部、壊したいと思ってる」

 エルシアは否定しなかった。

「そう思うくらい、苦しいんだね」

 その言葉に。

 アルは俯いた。

「……俺は、変になったのかな」

「ううん」

 エルシアは静かに答える。

「ちゃんと、アルだよ」

「……」

「ただ、苦しいだけ」

 アルの目に涙が浮かぶ。

「俺……」

 声が震える。

「どうすればいい?」

「分からないよ」

 エルシアは正直に答えた。

「私にも、どうすればアルが楽になるのか分からない」

「……」

「でも……」

 エルシアはアルの手を握った。

「ずっと、一緒にいる」

「アルと一緒に、考える」

「どうしたらいいのか」

「……ずっと?」

「うん」

「……嫌にならない?」

「ならないよ」

 即答だった。

「アルが怒ってても」

「苦しんでても」

「何も話さなくても」

「私は隣にいる」

 アルは握られた手を見る。

「……エルシア」

「うん」

「ありがとう」

 その一言は。

 とても小さかった。

 けれど。

 悲報を聞いて初めて。

 アル自身から出た言葉だった。

     

 その日の夕方。

 アルは仲間たちの前に立った。

 レオナルト。

 セバスティアン。

 リリア。

 ガレス。

 イザベラ。

 フィオナ。

 そして、エルシア。

 全員が。

 アルを見ている。

「……俺」

 アルはゆっくり口を開いた。

「まだ、許せない」

 誰も口を挟まない。

「父さんも、母さんも、マリアさんも」

「殺した奴らを許すことなんて、できない」

「……でも」

 アルは一度、目を閉じた。

「自分が何をしようとしているのか……少しだけ分かった」

 机の引き出しにしまった紙を思い出す。

「俺は、復讐したいだけになってた」

 セバスティアンが静かに目を伏せる。

「……まだ、そう思う」

「でも」

 アルは仲間を見る。

「みんなが目を覚ませてくれた」

「……」

「俺が壊れそうになっても」

「誰も離れなかった」

 最後に。

 エルシアを見る。

「……ありがとう」

 エルシアは何も言わず。

 ただ。

 小さく笑った。

 アルの中にある憎しみは。

 まだ消えていない。

 復讐したいという気持ちも。

 なくなったわけではない。

 それでも。

 その感情だけに飲み込まれることを。

 アルは、ほんの少しだけ拒むことができるようになっていた。

 そして。

 それは。

 闇の中から戻るための。

 小さな一歩だった。


第97話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、喪失によって憎しみに囚われていくアルと、そんな彼のそばに寄り添う仲間たちを描きました。

怒りや悲しみを、すぐに消すことはできません。

だからこそ、アル自身が少しずつ自分の感情と向き合い始めることを大切にしています。

ここから物語は、王都を巡る新たな展開へと進んでいきます。

引き続き読んでいただけましたら嬉しいです。

今後ともよろしくお願いいたします。


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