王都の断末魔
第88話「王都の断末魔」をお届けします。
祝典の場は、戦場へと変わりました。
王を守る者たち、そして大切な人を守ろうとする者たち。
それぞれの決意が交錯する中、王都の運命は大きく動き始めます。
今回も、最後まで読んでいただけましたら幸いです。
大広間は、凄惨な戦場と化していた。
先ほどまで響いていた祝福の拍手は消え去り。
代わりに、悲鳴と怒号が飛び交っている。
床には倒れた者たち。
壁には突き刺さった矢。
煌びやかだった祝典の会場は、見る影もなくなっていた。
「こちらへ!」
マリアがセレナの腕を引く。
「マリア……!」
「奥様、今は逃げることだけを考えてください!」
セレナは振り返った。
大広間の中央。
そこでは、エルディオンたちが王を守りながら戦っている。
「あなた……!」
夫の姿が見えた。
血に染まった衣服。
それでも剣を握り、王の前に立っている。
「エルディオン様は、陛下をお守りになるため戦っておられます」
マリアが言った。
「奥様がご無事でなければ安心して陛下をお守りできません」
その言葉に、セレナは唇を噛んだ。
「……そうね」
だが。
逃げる先が安全とは限らない。
大広間には、まだ多くの敵がいる。
黒ローブたちは王だけではなく、王に近い上位貴族たちにも襲いかかっていた。
セレナも、その一人だった。
ヴァルクレイン辺境伯夫人。
王に近い立場にある者。
最初から。
敵にとって、狙う価値のある存在だった。
「セレナ様!」
別の貴族が叫んだ。
その直後。
目の前に黒ローブが現れる。
「――!」
マリアがセレナの前へ飛び出した。
「お下がりください!」
短剣を抜く。
黒ローブの剣を受け止める。
金属音が響く。
「マリア!」
「奥様は下がって!」
マリアが敵を押し返す。
だが。
別の黒ローブが横から迫ってきた。
「――っ!」
セバスティアンが割り込んだ。
剣を振るい、敵の攻撃を弾く。
「奥様、こちらへ!」
「セバス……!」
「ここにいては危険です!」
セバスティアンが周囲を見渡す。
黒ローブたちは次々と現れていた。
警備兵も貴族たちも応戦している。
だが。
完全に後手に回っている。
「マリア!」
「はい!」
「奥様を連れて、少しでも人の少ない場所へ!」
「分かりました!」
マリアがセレナの手を取る。
「こちらです!」
三人は大広間の端へ移動する。
しかし。
そこにも敵がいた。
「……!」
マリアが立ち止まる。
前方。
黒ローブが数人。
後ろにも敵がいる。
逃げ道がない。
「囲まれた……」
セレナが呟く。
セバスティアンが前へ出た。
「奥様、私が道を作ります」
「無茶です!」
「それでも、やるしかありません」
セバスティアンが剣を構える。
その時。
大広間の中央から、大きな音が響いた。
「――エルディオン!」
セレナが叫ぶ。
視線の先。
エルディオンが、王を庇うように立っている。
その身体から、血が流れていた。
「……!」
一瞬。
セレナの足が止まる。
「旦那様……」
マリアも振り返る。
「奥様!」
セバスティアンが叫んだ。
「今は、こちらを!」
その声で、セレナは我に返った。
「……分かったわ」
セレナは前を見る。
「マリア、セバス。お願い」
「はい」
「承知しました」
三人が動く。
セバスティアンが敵へ斬り込む。
マリアがセレナを庇う。
その周囲では、他の貴族たちも次々と戦っていた。
「陛下をお守りしろ!」
「なんとしても陛下をお助けするんだ!」
「敵を近づけるな!」
叫び声が重なる。
だが。
敵の数は圧倒的だった。
矢が飛ぶ。
剣が振るわれる。
一人。
また一人。
王を守ろうとした貴族たちが倒れていく。
「くっ……!」
セバスティアンが一人を斬り倒す。
その直後。
横から別の敵が迫った。
「――!」
受け止める。
だが。
力で押し切られる。
「ぐっ……!」
セバスティアンの身体に刃が深く食い込んだ。
「セバス!」
セレナが叫ぶ。
「まだ……!」
セバスティアンは倒れない。
残った力を振り絞り、敵を押し返す。
「奥様……下がってください!」
だが。
その瞬間。
別の敵がセレナへ迫った。
「奥様!」
マリアが割って入る。
剣を受け止める。
しかし。
勢いを殺しきれない。
「――っ!」
マリアの身体が大きくよろめいた。
「マリア!」
セレナが叫ぶ。
マリアは振り返る。
その顔には。
いつもの穏やかな笑みがあった。
「……大丈夫です」
そう言った。
そして。
もう一度。
セレナの前へ立った。
「奥様だけは……」
マリアが剣を握り直す。
「お守りします」
次の瞬間。
黒ローブの刃が振り下ろされた。
「――!」
マリアの身体が、ゆっくりと崩れる。
「マリア……?」
セレナの声が震える。
マリアは倒れながらも。
最後までセレナの方を見ていた。
「……どうか……」
声は小さかった。
「……お逃げ……ください……」
その言葉を最後に。
マリアは動かなくなった。
「マリア……!」
セレナが駆け寄ろうとする。
だが。
「奥様!」
セバスティアンが腕を伸ばす。
「今は……!」
その瞬間。
セバスティアンの身体が大きく揺れた。
「――ぐっ!」
背後から受けた一撃。
力が抜ける。
膝が床についた。
「セバス!」
「……まだ……」
セバスティアンは立ち上がろうとする。
だが。
身体が動かない。
「奥様……逃げて……」
「セバス……」
「……アル様を……」
そこまで言ったところで。
セバスティアンの意識が途切れた。
「セバス……!」
セレナは立ち尽くす。
マリア。
セバスティアン。
そして。
大広間の中央で戦っているエルディオン。
その全てが。
少しずつ遠くなっていくように感じられた。
「……あなた」
セレナは呟いた。
その時。
大広間の中央から。
大きな音が響いた。
エルディオンが、膝をついた。
「……!」
セレナの顔から血の気が引く。
それでも。
エルディオンは倒れなかった。
剣を支えにして。
まだ立っている。
その姿を見ながら。
セレナは静かに目を閉じた。
「……生きて」
誰に向けた言葉なのか。
自分でも分からなかった。
「レオナルト……」
「アル……」
二人の息子の顔が浮かぶ。
「どうか……」
その時。
黒い影が。
セレナの前に立った。
セレナは目を開ける。
逃げ道はなかった。
周囲には倒れた者たち。
響き続ける怒号。
そして。
迫り来る黒ローブ。
セレナは抵抗することなく。
ただ。
二人の息子を思った。
「……ごめんなさい」
小さく呟く。
「……あなたたちを、残してしまうわね」
そして。
王宮の大広間から。
一つの命が消えた。
その日。
祝典のために集まった王侯貴族たちは。
王国の歴史が変わる瞬間を。
自らの目で見届けることになった。
そして。
まだ終わってはいなかった。
王は。
今も生きている。
だが――。
その運命もまた。
すでに決められていた。
第88話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、王宮で起きた襲撃の中で、セレナたちの視点から描きました。
エルディオン、マリア、セバスティアン、そしてセレナ。
それぞれが守ろうとしたものが交差する中で、王都の情勢は大きく変わっていきます。
次回は、王都を襲った一連の事件が、どのような結末を迎えるのか。
引き続き、よろしくお願いいたします。




