三十年目の祝典
今回から、王都で起きる出来事を描いていきます。
アルたちの旅とは別の場所で、何が起きているのか。
ぜひご覧ください。
王都。
アストリア王国の中心にして、最も多くの人々が集まる場所。
その日、アルたちが北の地を進んでいる一方で――。
王宮では、盛大な式典が開かれていた。
現国王、レオポルド・アストリア三世の即位三十周年。
レオポルドが玉座に就いてから三十年という節目を祝うため、王都だけではなく、各地から多くの貴族が集まっている。
王宮の大広間には、色とりどりの礼装に身を包んだ貴族たちが並んでいた。
普段ならば、それぞれの領地を治めている者たち。
それが今日は、同じ場所に集まっている。
大広間の正面。
一段高くなった場所には、王のための玉座が置かれていた。
玉座の近くに立っていたのは――。
「……随分と集まったものだな」
ヴァルクレイン辺境伯、エルディオン・フォン・ヴァルクレイン。
王国北部を守る辺境伯であり、王国軍でも名の知られた武人だった。
周囲を見渡す。
顔見知りの貴族もいる。
遠目にしか知らない者もいる。
それでも、今日ばかりは皆が同じ祝いの席にいる。
「三十年、か」
エルディオンは小さく呟いた。
王が即位した頃。
まだ自分も若かった。
北方の情勢も今ほど安定しておらず、国境付近で小さな争いが起きることも珍しくなかった。
それから三十年。
王国は大きく変わった。
少なくとも、エルディオンの知る限りでは。
「辺境伯様」
声を掛けられ、エルディオンが振り返る。
「ご無沙汰しております」
「ああ」
短く言葉を交わす。
今日ばかりは、普段なら交わらない者たちとも顔を合わせることになる。
それもまた、こうした式典の一つの意味なのだろう。
エルディオンは再び大広間を見渡した。
多くの人々。
多くの視線。
多くの声。
華やかな空気。
だが――。
なぜか、落ち着かなかった。
「……」
理由は分からない。
何かがおかしいというほどではない。
警戒すべき異常も見当たらない。
それでも。
長年、北方で戦場を経験してきたエルディオンには、時折こういう感覚があった。
何かが起こる前の、嫌な静けさ。
「考えすぎか」
エルディオンは小さく息を吐いた。
今日くらいは、余計なことを考える必要はない。
そう自分に言い聞かせる。
やがて。
大広間の空気が変わった。
ざわめきが静まっていく。
扉が開く。
国王が姿を現した。
その姿を見た貴族たちが、一斉に頭を下げる。
エルディオンもそれに倣った。
国王はゆっくりと玉座へ向かう。
そして。
玉座の前に立った。
「皆、面を上げよ」
穏やかな声だった。
貴族たちが顔を上げる。
国王は大広間を見渡した。
「本日は、余の即位三十周年を祝うため、これほど多くの者が集まってくれたことを嬉しく思う」
拍手が起こる。
エルディオンも静かに拍手を送る。
「三十年前、余がこの国の王となった時――」
国王は過去を振り返るように語り始めた。
王国の歩み。
北方での戦い。
各地の発展。
長い年月の中で失われたもの。
そして、これからの王国について。
エルディオンは黙って聞いていた。
その言葉を聞きながら、ふと家族のことを思い出す。
レオンハルト。
そして、アルフレッド。
二人の息子。
アルは今、どこで何をしているのだろう。
あいつのことだ。
きっと何かを研究しているに違いない。
エルディオンは僅かに口元を緩めた。
いつか。
この式典のような場所とは無縁のところで、好きなだけ研究をしている息子の姿を見てみたい。
そんなことを考えていた。
「……」
だが。
次の瞬間。
エルディオンの表情から笑みが消えた。
何か。
違和感があった。
視線を巡らせる。
大広間の入口。
左右の通路。
警備兵。
異常はない。
少なくとも、目に見える範囲では。
「……」
エルディオンは僅かに身構えた。
国王は話を続けている。
「我が国には、まだ多くの課題が残されている」
「しかし――」
「余は、この国の未来を――」
その時だった。
――轟音。
大広間の扉が、内側へ弾き飛ばされた。
「なっ……!」
悲鳴が上がる。
何が起きたのか。
誰も理解できなかった。
扉の向こうから。
黒いローブをまとった者たちが、一斉に大広間へと雪崩れ込んできた。
「敵襲!」
誰かが叫んだ。
次の瞬間。
矢が飛んだ。
「王を守れ!」
エルディオンが叫ぶ。
考えるより先に、身体が動いていた。
エルディオンは国王の前へ飛び出した。
同時に。
周囲にいた王側の上位貴族たちも動く。
「陛下!」
「こちらへ!」
だが。
遅かった。
大広間へ侵入してきた敵の数は、あまりにも多かった。
黒いローブ。
剣。
弓。
そして――。
明らかに統率された動き。
ただの暴徒ではない。
最初から。
この機会を狙っていた。
「陛下、お下がりください!」
エルディオンが叫ぶ。
国王が後退する。
その前に、エルディオンが立つ。
矢が飛ぶ。
エルディオンが剣で弾く。
別の矢が壁へ突き刺さる。
悲鳴が響く。
貴族たちが逃げ惑う。
警備兵が敵へ向かっていく。
しかし。
敵は止まらなかった。
大広間は瞬く間に戦場へ変わっていく。
「陛下を外へ!」
「道を開けろ!」
エルディオンは目の前に迫る黒ローブを斬り払う。
次の敵が来る。
さらに、その後ろにもいる。
多すぎる。
「……これは」
エルディオンは歯を食いしばった。
嫌な予感。
先ほど感じていた違和感。
それが、最悪の状態で形になってしまった。
そして――。
その中心にいるのは。
国王だった。
第86話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回はアルたちから少し離れ、王都で起きる出来事を描きました。
三十周年を祝うはずだった王都の祝典。
ここから、物語は大きく動き始めます。
次回もよろしくお願いいたします。




