異界の太刀
第81話「異界の太刀」です。
前回手にした、異界の鍛冶師が遺した一振りの太刀。
アルは早速、その性質を研究し始めます。
そして同時に、離れ離れになった仲間たちの安否を確かめるため、メッセンジャーホークを飛ばします。
今回も楽しんでいただけましたら幸いです。
アルは祠の外へ出ると、空を見上げた。
山々に囲まれた静かな場所。
鳥の声すら、ほとんど聞こえない。
「……来てくれるかな」
アルは小さく呟いた。
メッセンジャーホーク。
ギルドとの連絡に使った伝令用の鳥だ。
もし、まだガレスたちが生きていて、この近くにいるのなら。
こちらから連絡を取れるかもしれない。
「呼んでみよう」
アルは指を口に当てた。
そして。
鋭い指笛を鳴らす。
音が山の中へ響いていく。
しばらく待つ。
何も起こらない。
「……」
もう一度、指笛を鳴らす。
エルシアも空を見上げた。
「来るかな……」
「分からない」
アルは正直に答えた。
「でも、やってみるしかない」
あの戦いから、どれだけ時間が経ったのか。
ガレスたちがどこにいるのか。
皆、無事なのか。
アルには何も分からない。
ただ、何もしないまま待つことだけはできなかった。
「……頼む」
アルは空を見つめる。
その時だった。
遠くから、かすかな羽音が聞こえた。
「……!」
アルが顔を上げる。
山の向こうから、一羽の鳥が飛んでくる。
大きな翼を広げ、山肌に沿って旋回しながら、こちらへ近づいてくる。
「来た……!」
エルシアが声を上げた。
メッセンジャーホークだった。
鳥はアルたちの姿を確認すると、そのまま祠の前へ降り立った。
「よく来てくれた」
アルはそっと近づく。
メッセンジャーホークは警戒する様子もなく、アルを見つめていた。
「ガレスたちのところへ、手紙を届けてほしい」
アルは小さな紙を取り出した。
そして、簡潔に現在の状況を書き始める。
自分とエルシアは生きていること。
現在、北の山中にある祠にいること。
龍王に助けられ、身体は回復していること。
そして。
ガレスたちが無事なら、連絡がほしいこと。
詳しい話は、合流してからする。
余計なことは書かなかった。
今の自分たちがどこにいるのか。
それを正確に伝えることだけを優先した。
「……これでいい」
アルは手紙を折りたたむ。
メッセンジャーホークの脚へ、慎重に取り付ける。
「頼んだ」
鳥は一度、アルを見上げた。
そして。
大きく翼を広げる。
風を巻き起こしながら、空へ舞い上がった。
アルはその姿を見送る。
どんどん小さくなっていく。
やがて、山の向こうへ消えていった。
「……届けばいいな」
「きっと届くよ」
エルシアが隣で微笑む。
「うん」
アルも頷いた。
今、自分にできることはやった。
あとは、仲間たちの無事を祈るしかない。
「……さて」
アルは小さく息を吐いた。
そして、腰へ視線を落とす。
そこには、先ほど手に入れた太刀がある。
「今度は、こっちを調べよう」
「やっぱり……」
エルシアが苦笑した。
「研究するんだね」
「うん」
アルは嬉しそうに頷いた。
祠の前の開けた場所へ移動する。
太刀を抜く。
刀身が淡い光を受けて輝いた。
「まずは魔力伝導性から」
アルは刀を握り、ゆっくりと魔力を流す。
すると。
魔力が柄から刀身へ滑らかに流れていった。
「……やっぱり綺麗だ」
以前の武器とは明らかに違う。
魔力が途中で滞ることがない。
まるで刀身そのものが、魔力の通り道になっているようだった。
「アダマンタイトの性質なのかな……」
アルは刀身を観察する。
「それだけではないだろう」
龍王の声が後ろから響いた。
「奴は素材を選ぶだけではなく、鍛え方にもこだわっておった」
「なるほど……」
アルは頷く。
「じゃあ、この魔力の流れも鍛冶師が意図して作ったんだね」
「そうであろうな」
「……面白い」
アルの目が輝いた。
「じゃあ、実際に魔法を使ってみよう」
アルは魔力を太刀へ流したまま、風を意識する。
風属性の魔力が刀身を流れる。
そして。
太刀を振る。
まだ力があまり入らない腕で振るってもその手に馴染んだ太刀は、ヒュッと風を切る音が響かせた。
同時に。
前方の空気が大きく動いた。
砂誇りが舞い上がる。
「……!」
アルは目を見開いた。
「今、風魔法が発動した」
エルシアも驚いている。
「刀を振るだけで、魔法が発動したの?」
「いや」
アルは首を横に振る。
「太刀に魔力を流して、風を起こすイメージをしながら太刀を振ったんだ」
もう一度試す。
魔力を太刀へ流す。
今度はもっと強く風を意識する。
そして、振る。
今度は明確な風圧が前方へ走った。
「できた……」
アルは刀を見つめる。
「魔法と刀を、同時に使える」
「それって……すごいことなんじゃない?」
「うん。でもどこまでできるのか確認しないとね」
アルは慎重に答えた。
「一回できただけだから」
研究者として考える。
条件を揃えなければならない。
魔力の量。
発動速度。
刀を振る速さ。
魔法の種類。
距離。
そして発現させる魔法のイメージ。
「比較してみよう」
アルは近くに落ちていた小枝を拾った。
「まずは普通に風魔法」
手をかざして魔法を発動する。
風が小枝へ当たり、地面を転がしていく。
「次」
今度は太刀へ魔力を流す。
風を意識する。
太刀を振る。
先ほどと同じように、風が走った。
小枝が大きく吹き飛ばされる。
「……違う」
アルは呟いた。
「同じくらいの魔力を使ったはずなのに、太刀を使った方が効率がいいみたいだ」
もう一度確認する。
結果は、ほぼ同じだった。
「刀身が魔力の通り道になってる」
アルは刀を見つめる。
「魔力が途中で散りにくい」
「つまり、魔法そのものを強くしているわけじゃない」
アルは考える。
「魔力を、より効率よく目的の場所へ運んでいる」
そこまで考えたところで、アルの表情が変わった。
「……なら」
今度は炎。
太刀へ魔力を流す。
炎属性を意識する。
刀身に赤い光が走った。
次の瞬間。
刃の周囲を薄い炎が包み込む。
「……!」
エルシアが息を呑む。
アルはゆっくりと太刀を振った。
炎が一瞬だけ大きく広がる。
周囲の空気が熱を帯びた。
アルはすぐに魔術を止める。
「火も使える」
「水は?」
エルシアが尋ねる。
「試してみよう」
水。
土。
そして雷。
一つずつ試していく。
五つの属性すべてで、太刀は魔力を受け入れた。
ただし、反応には違いがある。
風は流れが軽い。
火は刀身の周囲へまとわせやすい。
水は刀身に沿って形を作りやすい。
土は重さが増すような感覚がある。
雷は特に反応が強く、刀身を走る魔力が一瞬で変化した。
「……属性によって、相性が違う」
アルは興奮を抑えながら呟く。
「これは全部調べないと」
「アル」
エルシアが声をかける。
「なに?」
「身体」
「……」
「まだ完全に治ったわけじゃないよね?」
「……そうだった」
アルは太刀を鞘へ収めた。
「今日はここまでにする」
「本当に?」
「本当に」
エルシアが安心したように笑う。
アルは太刀を見つめた。
異界の鍛冶師が残した、たった一振りの太刀。
どうして自分がこの刀を抜けたのか。
なぜ魔力をこれほど自然に受け入れるのか。
刀を振ることと魔法を使うことを、どう組み合わせられるのか。
分からないことは、まだ多い。
「……研究することが、また増えたな」
アルは小さく笑った。
未知のものがある。
だから知りたい。
そして。
それを知るための時間が、これから始まる。
ただ、その前に。
「……ガレスたちから、返事が来るといいな」
アルは遠くの空を見上げた。
先ほど飛び立ったメッセンジャーホークの姿は、もう見えない。
あとは。
仲間たちが生きていることを、願うしかなかった。
第81話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、アルが異界の太刀について本格的に調べ始めるお話でした。
魔力を非常に滑らかに通す太刀。
炎、風、水、土、雷――それぞれでどのような違いがあるのか、アルにとっては新しい研究対象が増えてしまいました。
とはいえ、まだ身体は完全には回復していません。
そして、もう一つ気になるのは、離れ離れになった仲間たちのこと。
メッセンジャーホークが届ける手紙が、無事にガレスたちのもとへ届くことを願っています。
次回もよろしくお願いいたします。




