太刀
第80話「太刀」です。
龍王の血によって生まれ変わりつつあるアルの身体。
その回復の先で、アルは龍王から聞かされていた「異界の鍛冶師」の最後の作品と向き合うことになります。
そして、ここからアルの新たな研究が始まります。
今回も楽しんでいただけましたら幸いです。
それから、さらに数日が過ぎた。
アルの身体は、日に日に回復していた。
龍王の血によって大きく変化した身体も、少しずつ新しい状態へ馴染み始めている。
今では、短い時間なら自分の足で歩くこともできる。
「……もう、歩いても大丈夫そう」
アルは祠の中で立ち上がり、ゆっくりと身体を動かした。
胸に手を当てる。
以前なら、少し動いただけでも息が上がり動悸も激しくめまいもした。
今は違う。
多少の違和感は残っているものの、呼吸も問題ない。
身体の内側に流れる魔力も、以前とは明らかに違っていた。
「本当に、身体が変わってる……」
アルは自分の手を眺める。
筋肉。
骨。
血。
そして魔力。
どれも以前の自分とは違う。
研究者としては興味が尽きない。
だが。
「そろそろ、行ってみるか」
アルは祠の奥へ視線を向けた。
そこには、龍王が言っていたものがある。
異界の鍛冶師が残した、最後の作品。
「……どんな刀なんだろ……」
想像するだけで、不思議と胸が高鳴った。
「楽しみなんだろうけど、無理はしないでね」
隣にいたエルシアが心配そうに言う。
「分かってる」
アルは笑って答えた。
「まだ完全に元通りってわけじゃない。でも、今なら少しくらいなら大丈夫だと思う」
「龍王様がいるとはいえ、何かあったらすぐ言ってね」
「うん」
二人は並んで祠の奥へ進んだ。
ゆっくりと並んで歩くと空気感が変わっていく。
壁には自然にできた岩肌が続いている。
人工的に造られた場所には見えない。
それでも。
奥へ進むほど、何かの存在を感じるようになっていった。
魔力。
それだけではない。
アルには、それとは別の何かが感じ取れた。
「……これ」
「どうしたの?」
「何か……分からないけど、何かが違う……」
アルは立ち止まる。
周囲の空気。
岩。
地面。
そこに漂う魔力。
そして、精霊たちの気配。
すべてが、奥にある何かへ向かっているように感じられた。
「……あれかな」
二人がさらに進む。
やがて、少し開けた空間へ出た。
その中央に。
一振りの刀が鎮座していた。
「……刀」
アルは思わず呟いた。
それは、鞘に収められていた。
華美な装飾はない。
むしろ、驚くほど簡素だった。
だが。
ただそこにあるだけなのに、圧倒的な存在感がある。
アルは近づいていく。
エルシアも隣から刀を見つめていた。
「これが……龍王様の言っていたもの?」
「そうだと思う……」
アルは刀の前に膝をついた。
鞘へ手を伸ばす。
その瞬間。
身体の中を流れていた魔力が、わずかに反応した。
「……!」
アルは手を止めた。
「今、何か感じた?」
「うん」
刀の鞘から、かすかな魔力の流れを感じる。
まるで、こちらの魔力を確かめているようだった。
「面白い……」
アルの目が輝く。
「アル、今は研究じゃないよ」
「分かってる」
エルシアが苦笑する。
「本当に分かってる?」
「……たぶん」
「もう」
二人の会話を聞いていたのか、奥から龍王の声が響いた。
「何か感じるものがあるようだな」
「龍王様」
アルが振り返る。
龍王は静かに二人を見つめていた。
「身体はもうよいのか?」
「はい。かなり動けるようになりました」
「ならば、あれを見てみるがよい」
龍王が視線を刀へ向ける。
「それが、奴の遺した最後の一振りだ」
アルは再び刀へ向き直った。
「……触っても?」
「構わぬ」
アルは柄へ手をかけた。
ゆっくりと力を込める。
鞘から抜こうとする。
しかし。
「……あれ?」
動かない。
もう一度、力を込める。
それでも刀は抜けなかった。
「アル?」
「ちょっと待って」
アルは姿勢を変え、もう一度試す。
だが、やはり動かない。
「……抜けない」
アルは首を傾げた。
「なら、私がやってみる」
エルシアが近づく。
「無理しないで」
「大丈夫」
エルシアが柄を握る。
そして、力を込めた。
銀色の髪が揺れる。
しかし。
刀は、まったく動かなかった。
「……抜けない」
エルシアが困ったように呟く。
アルは刀を見つめた。
「なんでだろう」
「力の問題ではない」
龍王が言った。
「その刀は、誰にでも応えるものではない」
「……どういうこと?」
「奴は言っておった」
龍王の声が、静かに響く。
「この刀のことを理解できる者が来たならば、その者へ渡してほしい、と」
アルは目を見開いた。
「理解できる者……」
その言葉を、頭の中で繰り返す。
選ばれた者。
強い者。
勇者。
そういう意味ではない。
ならば。
何を理解すればいい?
アルは刀を見つめた。
鞘。
柄。
鍔。
刀身。
そこへ流れる魔力。
素材。
構造。
そして、この刀を作った人物。
異界の鍛冶師。
「……この刀は」
アルは小さく呟いた。
「ただ強いだけの武器じゃない」
柄を握る。
「何を考えて、この刀を打ったのか。その意図を汲めば……」
その瞬間だった。
刀から、わずかな魔力が流れ込んできた。
「……!」
今度は、はっきり分かった。
魔力が拒絶しているわけではない。
むしろ。
アルの魔力へ反応している。
「……そういうことか」
アルは静かに息を吐いた。
力を込めるのではなく。
刀へ魔力を流す。
自分の魔力を、刀へ触れさせるように。
すると。
すっ。
先ほどまでまったく動かなかった刀が、驚くほど自然に鞘から抜けた。
「……!」
エルシアが目を見開く。
龍王は何も言わない。
ただ、静かに見つめていた。
抜き放たれた刀身が、祠の薄暗い光を受けて淡く輝く。
緩やかな反りを描く刀身は、張りつめた弓のような優美さを宿していた。
磨き抜かれた刀身には淡い光が流れ、白波のような刃文が静かに浮かび上がる。
鋭さと気高さをたたえるその姿は、静かな威厳を湛えていた。
「……これが」
アルは刀を見つめた。
「奴の最後の作品だ」
龍王が言う。
「アダマンタイトを芯とし、我の鱗を用いて鍛え上げた」
「アダマンタイト……」
アルの目がさらに輝く。
「龍王様の鱗まで……」
龍王は静かに続ける。
「そして、この世に一振りしかない」
アルは刀を握る。
不思議だった。
重量はある。だが、不思議なほど手に馴染む。
まるで、ずっと昔から使っていたかのように。
「これ……確か……太刀……」
アルが呟く。
「ほう。その名を知っておるか」
龍王が頷く。
「奴は、この刀をそう呼んでおった」
アルは刀身を見つめた。
そこには、異界の鍛冶師が残した想いが込められている。
そして今。
その刀は、自分の手にある。
「龍王様。本当にこの太刀をオレが使っても?」
アルが言った。
龍王はしばらく黙っていた。
やがて。
「そうしてやってくれ」
静かな声で答えた。
「……大切に使います」
アルはもう一度、太刀を見る。
そして。
刀身へ、ほんの少しだけ魔力を流してみた。
すると。
「……え?」
魔力が、驚くほど滑らかに刀身へ流れていく。
アルの目が大きく開かれた。
「これ……」
刀を握る手に、確かな感触が返ってくる。
魔力が通る。
しかも。
自分の身体だけではない。
まるで刀そのものが、魔力の流れの一部になったようだった。
「……面白い」
アルの研究者としての目が輝く。
「この刀なら……魔法と一緒に使えるかもしれない」
エルシアが苦笑する。
「やっぱり、そうなるんだね」
アルは太刀を見つめた。
まだ分からないことばかりだ。
どの程度の魔力を流せるのか。
属性魔法との相性はどうなのか。
刀を振る動作と魔法の発動を同時に行えるのか。
魔力の流れはどう変化するのか。
「……研究したい」
アルは小さく笑った。
龍王もまた、静かに笑う。
「ならば、まずは身体を完全に戻すことだ」
「……はい」
アルは素直に頷いた。
だが。
その時。
ふと、別のことが頭をよぎった。
「……これがあれば皆のこと守れたのかな……」
アルの表情から笑みが消える。
「ガレスたちは……」
エルシアも黙り込む。
あの戦い。
魔物の群れ。
散り散りになった仲間たち……。
ガレスたちは。
「……無事なのかな」
アルは太刀を握ったまま、遠くを見るように呟いた。
まだ、答えはない。
けれど。
アルには、一つだけ思い当たるものがあった。
「……メッセンジャーホーク」
以前、ガレスたちとの連絡に使った伝令の鳥。
もし生きているのなら。
そして、まだ近くにいるのなら。
「呼べるかもしれない」
アルは顔を上げた。
「ガレスたちのところへ、手紙を届けてもらえるかもしれない」
エルシアが頷く。
「やってみよう」
「うん」
アルは太刀を鞘へ収める。
そして、祠の外へ続く入口を見つめた。
仲間が生きているのか。
誰が無事なのか。
まだ何も分からない。
だからこそ。
「……確かめよう」
アルはそう呟いた。
第80話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、アルが異界の鍛冶師が遺した「太刀」を手にするお話でした。
これまでとは少し違う形で魔力を扱える可能性を見つけたアルですが、やはり研究者として気になることが増えてしまったようです。
そして、太刀を手にしたことで思い出したのは、離れ離れになった仲間たちのこと。
次回は、まず仲間たちの安否を確かめるために動き始めます。
次回もよろしくお願いいたします。




