異界の鍛冶師
第79話をお届けします。
龍王の血による変化を、少しずつ確かめ始めるアル。
そんな中、龍王から語られたのは、この世界にまつわる一つの過去でした。
そして、その話はアル自身にも思わぬ形でつながっていきます。
今回も楽しんでいただけましたら幸いです。
七日目。
アルは、短い時間なら身体を起こせるようになった。
食事も少しずつ取れるようになっている。
ただ。
完全に元通りというわけではない。
身体の奥に、以前にはなかった感覚がある。
魔力を動かすと、それがよく分かった。
「……魔力の流れが違う」
アルは目を閉じる。
以前よりもスムーズに、効率よく魔力を練ることができる。
そして、身体の奥へ自然に沈み込むような感覚。
まるで魔力を通す器そのものが変わっている。
「……面白い」
アルは小さく呟いた。
「なにが?」
エルシアが尋ねる。
「この身体」
「以前の身体とはまるで違う」
「どこが?」
「魔力が身体の中を流れる時の抵抗が……少ない」
「それだけ?」
「それだけじゃない」
アルは少し考える。
「なんていうか……身体の内側から力が湧いてくるような感じがする」
龍王が静かに目を開けた。
「……それは、我の血の影響だろう」
「龍の血……」
アルは考え込む。
「龍の力そのものが影響している?」
「そうだろうな」
「なるほど……」
アルの目に、研究者らしい光が戻ってくる。
「なら、もっと調べないと」
「だから、まず休んで」
エルシアの声に、アルは苦笑した。
「……分かった」
それからさらに数日。
アルの身体は、少しずつ回復していった。
エルシアは毎日、アルのそばにいた。
水を運び。
食事を用意し。
傷の状態を確認する。
眠っているアルの呼吸を確かめる。
その合間に、龍王と話をした。
「龍王様は、この山にずっといたの?」
「ああ」
「どれくらい?」
「長い」
「……何年?」
「数えることをやめた」
エルシアは思わず苦笑する。
「龍って……みんなそうなの?」
「我らにとって、人の一生など短い」
「そうなんだ……」
それだけで、エルシアにはこの存在が生きてきた時間の長さが少しだけ理解できた。
そして。
龍王は、時折この世界の話をした。
大陸の北に連なる巨大な山脈。
そのさらに北に広がる海。
遠い昔には今とは違う種族が暮らしていた土地。
そして、人族が知らない場所にも精霊が存在すること。
「精霊は、この世界そのものに近い存在だ」
龍王はそう語った。
「風にも、水にも、大地にも、火にも、長い年月の中で積み重なった意思が宿ることがある」
アルは黙って聞いていた。
「……じゃあ、俺が感じていた精霊も?」
「そなたに寄り添っているのであろう」
「やっぱり……」
アルは目を閉じる。
すると。
祠の外から、かすかな風が入り込んできた。
頬を撫でる。
「……いる」
アルが呟く。
風だけではない。
遠くの水の音。
岩の温度。
大地の奥を流れる魔力。
そのすべての中に、かすかな何かを感じる。
「前より、分かる」
アルは自分の手を見る。
「精霊とのつながりが……強くなってる」
龍王は静かにアルを見つめた。
「龍の血だけではあるまい」
「……え?」
「そなた自身が、すでに精霊とつながっていた」
「そこへ我の血が加わった」
「精霊との繋がりがより自然になったのであろう」
アルはしばらく考えた。
「……なるほど」
「それと……おぬしの出自にも関係しているだろうな」
「え?」
「アル。おぬし……この世界の者ではないであろう」
「異界の民……そう言ったか」
龍王は突如としてアルの秘密を口にした。
「どうして分かるんですか……?」
「ここに来た時に懐かしさを感じた」
「昔、おぬしと同じ異界の民に友人がおってな」
「え?……友人?」
「異界から来た鍛冶師でな」
「究極の一振りを作りたいと言って、この世界を旅しておった。そして最後に我の元にたどり着いたのだ」
突然の話にアルは驚いた。
「だから最初の時アルのことが懐かしいって言ったんだ」
エルシアが聞いた。
「うむ。その時は、ただ懐かしさだけを感じておった。だが、今ははっきりわかる」
「そうだったんですね……」
アルは呟くように言った。
「その方は……もう?」
「うむ。もういない」
「最後の一振りを作り上げて満足そうに逝ったわ」
アルは少し考えて言った。
「もしかして……そのひと振りっていうのは、刀……ですか?」
龍王は驚いたように目を見開き言った。
「ほう?分かるのか?」
「はい。実は……」
アルはドワーフたちから聞いた話と、元の世界の刀――日本刀について話した。
すると龍王は驚きと嬉しさを含んだ声で笑った。
「そうか!おぬしあの者と同郷なのだな!」
「ならば、奴との約束を果たさねばな!」
アルとエルシアは、不思議そうに顔を見合わせた。
「どういうことですか?」
「ふっ。もう少し身体が動くようになったらこの祠のさらに奥に行くと良い」
「そこに奴の遺作がある」
「おそらく、おぬしならそれを手にすることができるであろう」
龍王はとても楽しそうに言って笑った。
それは友人との約束がとうとう果たせるという満足感からくるものだった。
第79話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、龍王がかつて出会った人物についてのお話でした。
アルと同じ「異界の民」でありながら、この世界で生き、そして一つの作品を残した鍛冶師。
その遺作が、これからアルにどのようなものをもたらすのか。
次回もよろしくお願いいたします。




