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転生研究者の異世界魔法論 ――魔法を科学したら最強になった件――  作者: 夜透


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74/116

銀狼

第74話「銀狼」です。

前回に続き、アルたちは魔物の群れからの逃走を続けます。

仲間たちと離れ、傷ついたアルを連れて逃げるエルシア。

二人の前に、ひとつの静かな場所が見えてきます。

今回は、エルシアにとっても大きな変化のある回です。

ぜひお楽しみください。


 どれだけ走ったのか。

 アルには、もう分からなかった。

 木々の間を抜ける。

 枝が身体を引っ掻く。

 足元の斜面を何度も踏み外しそうになる。

 それでも。

 エルシアは走り続けていた。

「……アル、大丈夫?」

「……うん」

 アルは答えた。

 だが。

 その声には、ほとんど力がなかった。

 胸が痛い。

 呼吸をするたびに、鋭い痛みが走る。

 それでも。

 意識だけは失わないようにしていた。

「……みんなは」

 アルが呟く。

「……分からない……」

 エルシアが答える。

 その先の言葉が続かない。

 アルも何も言わなかった。

 今は。

 仲間たちを探しに戻ることなどできない。

 戻れば。

 二人とも魔物に囲まれる。

「……ごめん」

 アルが呟いた。

「何が?」

「みんなを……置いてきた」

 エルシアは足を止めた。

「アル」

 エルシアが振り返る。

「置いてきたんじゃないよ」

「みんなが、逃がしてくれたんだよ」

 アルは黙った。

「だから」

 エルシアがアルの手を握る。

「今は生きなきゃ!」

「……うん」

 アルは小さく頷いた。

 その時。

 遠くから。

 魔物の咆哮が響いた。

「……まだ追ってきてる」

 エルシアが振り返る。

 アルも耳を澄ます。

 確かに。

 遠くから音が聞こえる。

 だが。

 先ほどまでとは違う。

 少しずつ。

 遠ざかっている。

「……こっち」

 エルシアが呟いた。

「え?」

「山へ行く」

 エルシアは前を見る。

「危険かもしれないけど、魔物の群れが向かっている方向を逆進する!」

「その方が意表をつけるし隠れられるかもしれない」

 エルシアはアルを見る。

「このまま追われ続けるよりはいい」

 再び走り出す。

 だが。

 アルの足が止まった。

「……ごめん……動けそうもない……」

 身体に力が入らない。

 膝が崩れる。

「アル!」

 エルシアが慌てて支える。

「もう……」

 アルは息を切らしながら呟いた。

 エルシアはアルを見る。

 胸から流れる血。

 浅い呼吸。

 青ざめた顔。

「……分かった」

 エルシアは静かに言った。

「私が運ぶ」

「え?」

「乗って」

「でも……」

「いいから」

 エルシアはアルの前に背を向けてしゃがみ込んだ。

「早く」

 アルは一瞬迷った。

 だが。

 もう自分の足で歩くことはできない。

「……うん……」

 アルはエルシアの背中に身体を預けた。

 エルシアは立ち上がる。

 そして。

 再び山へ向かって走り出した。

 だが。

 その身体が、少しずつ変化していった。

 銀色の光がエルシアの身体を包む。

「……エルシア……?」

 アルが呟く。

 次の瞬間。

 アルの身体を支えていた背中が大きくなる。

 腕が。

 脚が。

 身体そのものが。

 獣の形へ変わっていく。

 銀白色の毛並み。

 鋭い爪。

 大きな四肢。

 そして。

 美しい銀色の狼。

「……!」

 アルは驚いた。

 目の前にいたのは。

 これまで見たことのない姿だった。

 普通の狼よりも、明らかに大きい。

 銀色の美しい毛をなびかせながら、アルを背に乗せて駆けていく。

 アルを背に乗せても、十分に山道を駆けられるほどの大きさ。

「……銀狼……」

 アルが呟く。

 銀狼となったエルシアが振り返る。

 その瞳は。

 人の姿の時と変わらない。

 アルは少しだけ笑った。

「……ありがとう……」

 エルシアは答えた。

「大丈夫。アルは私が守るから……」

 そして。

 山を駆け上がった。

 速い。

 人の姿とは比べものにならない。

 木々の間を縫うように走る。

 岩を飛び越える。

 急な斜面を駆け上がる。

 アルの身体が揺れる。

 それでも。

 不思議と痛みは少なかった。

 背後から聞こえていた魔物の咆哮も。

 いつの間にか聞こえなくなっていた。

 どれほど走ったのか。

 山はさらに深くなっていく。

 木々が密集し。

 道らしい道もなくなる。

 やがて。

 エルシアは細い岩場を抜けた。

 その先に。

 一つの谷があった。

 周囲を高い岩壁に囲まれた、深い谷。

 外からはほとんど見えない。

 慎重に周囲を確かめた。

 魔物の気配。

 人の気配。

 どちらもない。

 鳥の声すら聞こえない。

 それでもエルシアはしばらく周囲を警戒した。

 やがて。

 谷の奥へと進んでいく。

 少し開けた場所に出たところで、足を止めた。

 アルを背から降ろす。

 アルはそのまま地面へ横になった。

「……静かだ……」

 アルがか細い声で呟いた。

 魔物の咆哮。

 剣戟。

 爆発音。

 仲間たちの叫び声。

 すべてが響いていた。

 それが今は何もない。

 風の音だけが。

 木々の間を静かに通り抜けていく。

「……ここなら、追ってこないかな」

 エルシアが呟いて周囲を見渡した。

 だが。

 その身体は、まだ警戒を解いていない。

 谷の奥。

 岩壁の向こう。

 そこには、まだ何かがあるような気がした。

 アルの呼吸が、少しずつ弱くなる。

「……エルシア」

「……ありがとう」

 アルは小さく笑った。

 そして。

 その瞼がゆっくりと閉じていく。

 意識が遠のいていく。

 銀狼はアルの身体へ鼻先を近づけた。

「アル……?」

 まだ、生きている。

 だが。

 このままでは危ない。

 エルシアは顔を上げた。

 谷の奥を見る。

 そして。

 もう一度、アルを見る。

 ここではない。

 もっと安全な場所へ。

 エルシアはアルの服を咥えて再び背に乗せた。

 そして。

 谷の奥へ向かって歩き始めた。


第74話「銀狼」を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、73話から続く逃走の中で、アルとエルシアが二人きりになる回でした。

仲間たちの安否が分からない中、それでも生きることを選ぶアル。

そして、アルを守るためにエルシアが見せた新たな姿。

ここから物語は、これまでとは少し違った展開へ進んでいきます。

次回からも、ぜひ二人の行く先を見届けていただければ嬉しいです。

今後ともよろしくお願いいたします。


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