撤退
第72話「撤退」です。
押し寄せ続ける魔物の群れ。
アルたちは必死に戦い続けますが、圧倒的な数を前に、少しずつ戦線を後退させられていきます。
そしてついに、アルたちは撤退を決断することに。
しかし――。
魔物の群れから逃れることさえ、容易ではありませんでした。
それでは、どうぞお楽しみください。
魔物の群れが押し寄せる。
アルたちは、それを必死に食い止めていた。
「右から来るぞ!」
ガレスが叫ぶ。
アルはすぐに反応した。
「アースバインド!」
地面が魔物の足を掴み動きを止める。
そこへ。
「任せろ!」
ガレスが踏み込んだ。
剣が閃く。
身動きの取れない魔物を一気に切り伏せる。
「左!」
今度はエルシアの声。
アルは振り向く。
「フレイムジャベリン!」
炎の槍を放つ。
炎は途中で軌道を変え、横から迫っていた魔物の進路を塞いだ。
その隙に、イザベラの雷が走る。
轟音。
数体の魔物がその場に倒れた。
「……よし!」
フィオナが声を上げる。
だが。
倒れた魔物の後ろから、さらに別の群れが姿を現した。
「……まだ来る」
セレスが呟く。
アルは息を整えながら前を見る。
魔物の数は減っていない。
むしろ。
増えている。
「アル!」
エルシアが叫んだ。
「分かってる!」
アルは右手を前へ出す。
「エアサイクロン!」
竜巻を繰り出し魔物を吹き飛ばす。
風の精霊たちが周囲を漂って力を貸してくれている。
魔力の流れが滑らかになる。
以前よりも、明らかに魔法を扱いやすい。
それでも。
足りない。
「……多すぎる」
アルが呟く。
一体を倒せば、十体が現れる。
十体を倒せば、その後ろからさらに群れが押し寄せる。
これは。
戦闘というより、波だった。
押し寄せる魔物の波を、ただひたすら押し返している。
「このままじゃ、持たない!」
ガレスが叫んだ。
アルも分かっていた。
戦線が。
少しずつ後退している。
北へ。
魔人族たちと同じ方向へ。
「セレス!」
アルが叫ぶ。
「北へ逃げている人たちは?」
「まだかなり残ってる!」
セレスが答える。
「このまま魔物が進めば、追いつかれる!」
「……分かった」
アルは前を見る。
魔物の群れ。
その後方にいる黒ローブ。
黒魔石を使い、魔物を操っている。
(あいつらを止めれば……)
そう考えた瞬間。
アルの足元を何かが掠めた。
大地が爆ぜる。
「アル!」
エルシアが駆け寄る。
「大丈夫」
アルは立ち上がった。
服が少し破れている。
だが、傷は浅い。
アルは北を見る。
逃げている人々。
追いかける魔物。
その先には海岸線がある。
「ここで止めないと」
アルは拳を握る。
「もっと北へ追い込まれる」
エルシアがアルを見る。
その表情に、僅かな不安が浮かんだ。
「……アル」
「大丈夫」
アルは笑った。
「無茶はしない」
そう言った直後。
大きな影が目の前に現れた。
「――!」
大型の魔物。
アルは咄嗟に魔法を放つ。
「エアカッター」
風の刃が魔物の身体をかすめる。
だが。
その後ろから、別の魔物が迫っていた。
「くっ!」
「アースウォール」
アルは土を隆起させ壁を作る。
魔物の進路を塞ぐ。
しかし。
別の方向から、さらに一体。
さらに一体。
「……キリがない!」
イザベラが雷を放つ。
大きな雷撃が魔物の群れを吹き飛ばす。
その瞬間。
「今だ!」
ガレスが叫ぶ。
「少し下がるぞ!」
アルたちは一斉に後退した。
だが。
魔物たちは止まらない。
むしろ。
こちらが下がった分だけ、前へ出てくる。
「……押されてる」
フィオナが呟いた。
誰も否定できなかった。
戦線は確実に後退している。
北へ。
少しずつ。
確実に。
その時、黒ローブの一人が、遠くで黒魔石を掲げた。
「進め」
声が響く。
魔物たちが一斉に動いた。
「来る!」
ガレスが叫ぶ。
アルは魔力を集める。
「フレイムウォール!」
炎の壁が燃え上がる。
魔物の侵攻を止める炎の壁。
精霊たちがアルの周囲を飛び回る。
魔法は正確だった。
無駄も少ない。
それでも。
操られている魔物たちは炎の壁を突き進む。
波となって押し寄せる魔物たちは、前方の炎に飛び込んだ魔物たちを足場に炎を超えて突き進んでくる。
そしてその数が違いすぎた。
魔法で倒した魔物の数を。
新たに現れる魔物の数が上回っていく。
「……くそっ」
アルが歯を食いしばる。
その時だった。
横からゴブリンジェネラルが槍を構えて突っ込んできた。
「アル!」
エルシアの声。
アルは反応して、刀で薙ぎ払おうとする。
だが。
間に合わない。
長大な槍先がアルをとらえた。
身体が宙へ浮く。
「――っ!」
地面へ叩きつけられる。
「アル!」
エルシアが駆け寄る。
「……大丈夫」
アルは立ち上がろうとした。
だが。
身体に力が入らない。
胸が熱い。
呼吸ができない。
アルは自分の胸を見る。
衣服が大きく裂けていた。
その下から。
赤い血が流れている。
「……アル!」
エルシアの顔が青ざめる。
「胸を……?」
ガレスが駆け寄る。
アルは息を吸おうとした。
だが。
空気がうまく入ってこない。
「……っ」
苦しい。
呼吸するたびに、胸の奥が焼けるように痛む。
「アル、動くな!」
ガレスが叫ぶ。
「治癒魔法を!」
フィオナが駆け寄り治癒魔法をかける。
アルは首を振った。
「……ここに留まるのは……危ない」
「何を言ってるの!」
「まだ……魔物が……」
魔人族たちが逃げている。
魔物が追っている。
黒ローブが、その後ろで魔物を動かしている。
「……止めないと」
アルは動こうとするが。
しかし。
力が入らない。
「アル!」
エルシアが抱き留める。
「もう無理だよ!」
「……でも」
「ここにいたら、本当に死ぬ!」
その言葉に。
アルは初めて黙り込んだ。
周囲では、まだ魔物の咆哮が続いている。
戦線は。
もう維持できない。
ガレスが周囲を見る。
仲間たちも傷を負っている。
そして。
魔人族たちは北へ逃げ続けている。
「……撤退するぞ……」
ガレスが低く言った。
「このままじゃ……全滅だ」
誰も反論できなかった。
アルはエルシアに支えられながら、北を見つめる。
そこには。
まだ黒煙が上がっている。
そして。
その向こうには。
さらに大量の魔物が待ち構えていた。
「……急ぐぞ」
ドノヴァンが悔しそうに呟く。
アルは小さく呟いた。
「くそっ……」
だが。
撤退することすら、至難の業だった。
魔物の波に囲まれどこに撤退すればいいのか。
生き残りをかけた脱出劇の始まりだった。
この後の犠牲がどれ程のものになるか。
アルたちは知る由もなかった。
第72話「撤退」を読んでいただき、ありがとうございました。
魔物の圧倒的な物量を前に、アルたちはついに撤退を選ぶことになりました。
ここまで積み重ねてきた精霊とのつながりによって、アルの魔法は確実に変化しています。
それでも、力だけではどうにもならない状況がある。
今回の戦いを通して、アルたちはその現実に直面することになります。
果たして、彼らは無事にこの窮地を脱することができるのか。
次回もよろしくお願いいたします。




