森に残る痕跡
第59話「森に残る痕跡」をお届けします。
精霊たちに導かれ、森の奥へ進むアルたち。
そこで見つけたのは、森に残された小さな異変と、何者かが残した痕跡でした。
少しずつ、この世界の謎が繋がり始めます。
今回も楽しんでいただけましたら幸いです。
アルは、岩の根元に埋まっているものをじっと見つめていた。
土の中に埋まっているのは、小さな黒い欠片だった。
石のようにも見える。
だが。
鑑定眼には、通常の鉱物とは異なる反応が表示されている。
『名称:不明な魔力残留物』
『状態:微弱な魔力反応』
『属性:判定不能』
「……なんだこれ?」
アルが呟く。
アルは慎重に欠片を観察する。
黒い。
しかし、黒魔石とは少し違う。
以前見た黒魔石には、明らかに異質な魔力が蓄えられていた。
生命力を奪い、その力を蓄える。
鑑定眼にそう表示された石。
だが、目の前の欠片から感じる魔力は微弱だった。
「……黒魔石じゃない」
アルが言う。
セレフィアが少し驚いた顔をした。
「分かるのですか?」
「魔力の感じが違う」
「それに、これ自体に大きな魔力があるわけじゃない」
アルは欠片へ視線を戻す。
「でも、何かの魔力が残ってる」
セレフィアが慎重に近づいた。
「触れても大丈夫でしょうか?」
「待って」
アルが止める。
(先に鑑定してみよう)
アルは鑑定眼の表示を細かく確認する。
状態。
魔力反応。
周囲の魔力。
そして。
「……おかしい」
「何がですか?」
「この欠片そのものより、周りの土の方がおかしい」
アルは地面を見る。
黒い欠片を中心に。
周囲の土が、ごく僅かに変色している。
植物の異常も、この周辺から広がっているようだった。
「つまり……」
アルは考え込む。
「この欠片が原因で森が汚染されたわけじゃなさそう……」
「この欠片を中心に、何かが起きたのかもしれない……」
セレフィアの表情が険しくなる。
「何かが起きた……?」
「うん」
アルは周囲を見渡した。
「例えば……魔法を使った場所とか」
「何かを置いていた場所とか……」
「そういう可能性があるんじゃないかな」
ガレスが腕を組む。
「つまり、ここで何者かが何かをしていた?」
「たぶん」
「だが、何を?」
「それはまだ分からない」
アルは欠片の周囲を調べ始めた。
土。
植物。
岩。
木の根。
どれも注意深く観察する。
そして。
「……ここ」
アルが地面を指差した。
土の上に、ごく薄い線が残っている。
「何かの跡?」
エルシアが尋ねる。
「うん」
アルは指でなぞることはせず、目だけで追った。
「円形……?」
線は途中で途切れている。
だが。
いくつかの線が、同じ中心へ向かって伸びている。
「これ……」
イザベラが目を細めた。
「魔法陣の跡じゃない?」
アルは顔を上げた。
「魔法陣……」
昨日聞いたセレフィアの話が頭をよぎる。
精霊石を盗んだ黒ローブたちは。
魔法陣を展開していた。
その上に。
黒い石と精霊石を置いていた。
「……繋がった」
アルが呟く。
「何が?」
レオンが尋ねる。
「ここでも、何かの魔法陣が発動した可能性がある」
アルは残された線を見る。
「でも、完全な形じゃない」
「時間が経って消えたのか」
「それとも……」
アルは言葉を止めた。
「使った後に消した?」
ガレスの表情が険しくなる。
「証拠を残さないためか」
「たぶん」
アルは頷いた。
その時。
周囲に集まっていた淡い空気感が、一斉に揺れた。
「……!」
セレフィアが息を呑む。
「どうしたの?」
アルが尋ねる。
「精霊たちが……」
セレフィアは周囲を見渡した。
「この場所を嫌がっています」
「でも、さっきより近くにいる」
「はい」
セレフィアの声が震える。
「恐れているのに……」
「離れない?」
「ええ」
アルは考えた。
「……この場所に何かを残したから?」
「可能性はあります」
「じゃあ、精霊たちはその『何か』を知ってる?」
「知っているというより……」
セレフィアは目を閉じた。
「覚えているのかもしれません」
「覚えている?」
「精霊にとって、森で起きたことは消えるわけではありません」
「木々が成長し、水が流れ、土が変化する」
「その中に、起きた出来事の痕跡が残ることがあります」
アルの目が輝いた。
「じゃあ、この場所で何があったのか」
「精霊から読み取れるかもしれない?」
「……可能性はあります」
セレフィアは静かに頷いた。
「ですが、私一人では難しいでしょう」
「どうして?」
「精霊たちが、あまりにも強く怯えているからです」
アルは欠片を見る。
「……なら」
アルはゆっくりと右手を伸ばした。
「俺も手伝う」
「アル様?」
「昨日から少しだけ、精霊を感じられるようになってきた」
「だったら」
アルは目を閉じる。
「この場所で、何を感じているのか試してみる」
「危険ではありませんか?」
「魔力を少しだけ使う」
「それに、精霊を無理に呼ぶんじゃない」
アルは言葉を選んだ。
「ただ、感じるだけ」
セレフィアはしばらく考えて、やがて頷いた。
「……分かりました」
アルは魔力を集めた。
炎も。
風も。
水も。
何も生み出さない。
ただ、自分の魔力をほんの少しだけ周囲へ広げる。
その瞬間。
森の空気が変わった。
温度の違う空気が、アルの周囲へ集まる。
セレフィアが驚いたように目を見開いた。
「……こんなに」
目に見えない存在がアルの手元へ近づく。
そして。
空気の揺らぎが、黒い欠片の前に集まった。
「……?」
アルは目を開ける。
「何かある」
「何か?」
「この欠片じゃない」
アルは欠片の横にある土へ視線を向けた。
「こっち」
アルが指を差す。
セレフィアが近づく。
アルは鑑定眼を使った。
すると。
『魔力残留:強』
『属性:判定不能』
『性質:干渉痕跡』
アルは息を呑んだ。
(……干渉痕跡?)
「何ですか?」
「誰かが、ここで魔力を使った痕跡」
アルは表示を見つめる。
「しかも、この欠片とは別に残ってる」
セレフィアの表情が変わる。
「つまり……」
「ここで、何かを使った」
アルは頷いた。
「そして、その何かが森へ影響を与えた可能性がある」
その時。
森の奥から、再び風が吹いた。
今度の風は弱かった。
だが。
アルには、その風の中に明確な意思を感じた。
――違う。
「……え?」
アルが顔を上げる。
「どうしました?」
セレフィアが尋ねる。
「今……」
アルは森の奥を見る。
「『違う』って……」
セレフィアの顔が強張った。
「何が違うのですか?」
「分からない」
アルは首を振る。
「でも、誰かが何かを教えようとしてる」
セレフィアは目を閉じた。
そして。
しばらく沈黙した後。
「……私にも感じます」
「何を?」
「精霊王です」
アルは森の奥を見つめた。
そこには何もない。
それでも。
確かに感じる。
この森のどこかに。
自分たちを見ている存在がいる。
そして。
その存在は、何かを知っている。
「……精霊王に会えば」
アルが呟く。
「この場所で何があったのか、分かるかもしれない」
セレフィアは頷いた。
「おそらく」
アルは黒い欠片を見つめた。
黒魔石ではない。
しかし。
黒魔石と同じ事件に関係している可能性は高い。
そして。
この森で何者かが魔法を使った。
その痕跡は残っている。
「まだ、分からないことばかりだ」
アルは静かに呟いた。
「だからこそ……」
森の奥を見る。
「調べる価値がある」
その瞬間。
頭上から一枚の葉が落ちてきた。
アルの掌へ、静かに乗る。
淡い緑色の葉。
その葉に触れた瞬間。
アルの中へ、ほんの一瞬だけ何かの感覚が流れ込んだ。
恐怖。
苦しさ。
そして。
強い拒絶。
「……!」
アルは思わず葉を握った。
「アル様?」
「今……」
アルは言葉を失う。
「この森で起きたことを……」
うまく説明できない。
映像ではない。
声でもない。
ただ。
誰かが感じた感情だけが、残っている。
「……精霊が」
アルは静かに呟いた。
「何かを見たんだ」
森の奥。
そのさらに先。
まだ誰も知らない場所で。
精霊たちは、あの日の出来事を覚えていた。
第59話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、森の奥で見つかった黒い欠片と、そこに残された魔力の痕跡についてのお話でした。
アルたちは、まだこの場所で何が起きたのかを知りません。
ですが、精霊たちは何かを知っているようです。
そして、その「何か」が少しずつ姿を見せ始めます。
次回もよろしくお願いいたします。




