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転生研究者の異世界魔法論 ――魔法を科学したら最強になった件――  作者: 夜透


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精霊の拒絶

第61話「精霊の拒絶」をお届けします。

森の奥で見つかった、残された魔法陣の痕跡。

そして、アルたちの前に示される精霊たちの強い拒絶。

少しずつ、この森で何が起きたのか、その輪郭が見え始めます。

今回も楽しんでいただけましたら幸いです。


 アルは、掌に落ちた葉をじっと見つめていた。

 淡い緑色の葉。

 それ自体は、森にいくらでもある普通の葉に見える。

 けれど。

 先ほど感じたものだけは、普通ではなかった。

 恐怖。

 苦しさ。

 そして、強い拒絶。

「……今の感覚は、精霊が感じたものなのですか?」

 セレフィアが慎重に尋ねる。

「分からない」

 アルは首を横に振った。

「でも、俺自身の感情じゃない」

「どうしてそう思うのですか?」

「俺は、何も怖がってなかったから」

 アルは葉を見つめた。

「突然、頭の中に感情だけが入ってきた」

「声もない」

「ただ……怖い、苦しい、嫌だっていう感じだけ」

 セレフィアはしばらく黙っていた。

 やがて、ゆっくりと頷く。

「精霊の記憶に触れた可能性があります」

「記憶?」

「正確には、人が考える記憶とは少し違います」

 セレフィアは周囲の森を見渡した。

「精霊は、森で起きた出来事を言葉や映像として残すとは限りません」

「その時に生まれた感情や、自然の変化そのものが残ることがあります」

「つまり……」

 アルは考える。

「この葉に、あの時の感情が残ってた?」

「可能性は高いと思います」

 アルは葉を傷つけないよう、そっと指先で触れた。

「じゃあ、もう一度触れば……」

「待ってください」

 セレフィアが止める。

「無理に読み取ろうとしない方がいいでしょう」

「どうして?」

「精霊が強い恐怖を感じた出来事なら、残された感情も強いものです」

「何度も触れれば、アル様自身がその影響を受けるかもしれません」

 アルは手を止めた。

「……分かった」

 研究者としては、すぐにでも調べたい。

 だが。

 未知の現象を調べるなら、安全性の確認も必要だ。

 それを無視してしまえば、研究ではなく無謀な行動になる。

「じゃあ、別の方法を考えよう」

 アルは葉から手を離した。

「この森に残っているものを、一つずつ調べればいい」

 イザベラが苦笑する。

「アルらしい答えね」

「だって、分からないなら調べるしかないよ」

 その言葉に、セレフィアも微笑んだ。

「ええ」

「ですが、その前に一つ確認したいことがあります」

「何?」

 セレフィアは黒い欠片へ視線を向けた。

「その欠片を、持ち帰ることはできますか?」

「持ち帰る?」

「はい」

「精霊石ではないようですが、ここに残しておくより調べた方がいいでしょう」

 アルは鑑定眼で欠片を確認する。

 相変わらず表示は変わらない。

『名称:不明な魔力残留物』

『状態:微弱な魔力反応』

『属性:判定不能』

(危険な反応は……今のところない)

(魔法陣そのものの魔力は、ほとんど残っていない)

(でも、周囲には強い干渉の痕跡が残っている)

「うん。採取してみよう」

 アルは周囲の土に触れないよう、慎重に欠片を掘り出した。

 その瞬間。

「……!」

 セレフィアが息を呑む。

「どうしたの?」

「精霊たちが、強く反応しています」

「嫌がってる?」

「……違います」

 セレフィアは目を閉じる。

「警戒しているようです」

「警戒?」

「その欠片そのものを恐れているのか」

「それとも、別の何かを警戒しているのか……」

 セレフィアは言葉を止めた。

 その時。

 森の奥から、風が吹いた。

 木々の葉が揺れる。

 一枚。

 二枚。

 三枚。

 葉がアルたちの前へ舞い落ちてくる。

 アルはそれを見つめた。

「……こっち?」

 セレフィアが顔を上げる。

「はい」

「精霊たちが、何かを示しているようです」

 アルは森の奥を見る。

 そこには、細い獣道のようなものが続いていた。

 だが。

 昨日までの道とは違う。

 植物が密集している。

 まるで、人を拒むように。

「この先に何かある?」

「分かりません」

 セレフィアは静かに答える。

「ですが……」

 彼女は目を閉じた。

「精霊たちが、先ほどより強く反応しています」

 アルは少しだけ考えた。

「行ってみよう」

「アル様」

「分かってる。無茶はしない」

「それに、今度は目的がある」

「この森で何が起きたのか、その痕跡を探す」

 セレフィアは頷いた。

「分かりました」

 一行は慎重に森の奥へ進んだ。

 数十歩ほど進むと。

 木々の間に、奇妙な空間が現れた。

 そこだけ植物が少ない。

 地面が露出している。

 そして。

「……ここだ」

 アルが呟いた。

 地面には、薄く残った円形の線。

 魔法陣の跡だった。

 完全な形ではない。

 だが、先ほどの魔法陣の跡よりも、はっきりと残っている。

「これは……」

 イザベラがしゃがみ込む。

「魔法陣ね」

「うん」

 アルは鑑定眼を向ける。

 表示が浮かぶ。

『名称:魔法陣残留痕』

『状態:劣化』

『魔力反応:微弱』

『構造:解析不能』

(構造は分からない)

(でも、魔法陣だったことは間違いない)

 ガレスが周囲を見渡す。

「ここで黒ローブたちが何かをした可能性があるな」

「たぶん」

 アルは魔法陣の中心を見る。

 そこには、小さな窪みがあった。

 何かを置いていたような形。

「……精霊石」

 アルが呟く。

「それと、黒魔石」

 セレフィアの表情が強張る。

「やはり……」

 だが。

 アルは首を横に振った。

「まだ決めつけちゃいけない」

「ここで何が使われたのかは、まだ分からない」

「でも、何かが置かれていた」

「そして、その後に森へ異常が起きた」

 アルは魔法陣を見つめる。

「だったら、ここで起きたことをもっと調べればいい」

 その時。

 小さな風が、魔法陣の中心で小さな渦を巻いた。

 そして。

 地面に触れた瞬間。

 渦も消え、森全体が静まり返った。

 鳥の声も。

 水の音も。

 葉のざわめきさえも。

 消えた。

「……?」

 アルは顔を上げる。

 静寂の中。

 どこからともなく、一つの感情が伝わってきた。

 恐怖ではない。

 怒りでもない。

 悲しみでもない。

 それは。

 ――拒絶。

 強く。

 明確な拒絶だった。

「……ここで、何かをされた」

 アルが呟く。

 セレフィアが頷く。

「はい」

「精霊たちは、それを覚えている」

「そして、二度と同じことをさせたくないのでしょう」

 アルは魔法陣の跡を見つめた。

 黒魔石。

 汚染された精霊石。

 黒ローブ。

 そして、この場所に残された魔法陣。

 点が、少しずつ増えていく。

 だが。

 まだ線にはならない。

「……もっと調べよう」

 アルは立ち上がった。

 その瞬間。

 森の奥から、かすかな風が吹いた。

 今度は。

 言葉ではない。

 ただ一つの感情だけが、はっきりと伝わってきた。

 ――来てはいけない。

 アルは足を止めた。

「……」

 セレフィアも森の奥を見る。

「今のは……」

「うん」

 アルは静かに答えた。

「精霊が、警告してる」

 森の奥。

 魔法陣のさらに先。

 そこには、まだ誰も知らない何かがある。

 そして。

 精霊たちは、それを恐れている。

 アルはしばらく森の奥を見つめていた。

 やがて。

「……なら、もっと慎重に調べないと」

 未知だからこそ。

 急いではいけない。

 観察し。

 記録し。

 確かめる。

 アルは研究者としての目を、再び森の奥へ向けた。

 その視線の先で。

 一瞬だけ。

 木々の隙間に、淡い光が揺れた。

 まるで。

 精霊王が、何かを見守っているかのように。


第61話を読んでいただき、ありがとうございました。

森の奥へ進むにつれ、アルたちは少しずつ過去に残された痕跡へ近づいていきます。

精霊たちが感じている恐怖と拒絶。

そして、アルが感じた「来てはいけない」という警告。

この先に何があるのか、引き続き見届けていただければ嬉しいです。

次回もよろしくお願いいたします。


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