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転生研究者の異世界魔法論 ――魔法を科学したら最強になった件――  作者: 夜透


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精霊のいる森

第54話「精霊のいる森」をお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、アルがエルフの森で初めて「精霊」という存在を身近に感じるお話です。

これまで魔法を「現象」として捉えてきたアルにとって、精霊はこれまでとはまったく異なる未知の存在。

そして、その先には新たな存在の気配も――。

アルの研究者としての好奇心とともに、この世界の新たな一面を楽しんでいただければ嬉しいです。


 翌朝。

 エルフの里には、朝の静けさが広がっていた。

 木々の隙間から差し込む柔らかな光。

 鳥の声。

 風に揺れる葉の音。

 そして、人の暮らす町とはどこか違う、森そのものが息づいているような感覚。

 アル達はセレフィアに里の案内を受けながら、周囲を見回していた。

「……不思議な場所だな」

「そう?」

 隣を歩くエルシアが首を傾げる。

「うん。静かなのに、何というか……」

 アルは言葉を探す。

「森が生きてる感じがする」

「ふふ」

 前を歩いていたセレフィアが振り返った。

「よく分かりましたね」

「やっぱり?」

「はい」

 セレフィアは微笑んだ。

「ここはエルフにとって、ただ暮らすための場所ではありません」

「森そのものが、私たちの生活と深くつながっています」

「精霊とも?」

「ええ」

 その言葉に、アルの足がわずかに止まった。

「精霊……」

 昨日聞いた言葉。

 そして、これまで何度も話題に上がった精霊石。

 アルの頭の中に、黒く染まった石の欠片が浮かぶ。

「昨日の話なんだけど」

 アルがセレフィアを見る。

「黒く汚染された精霊石」

「はい」

「あれって、そんなに危険なものなの?」

 セレフィアの表情が少しだけ曇った。

「危険、という言葉だけでは足りないかもしれません」

「どういうこと?」

「精霊石は、精霊そのものではありません」

「ですが、精霊と自然とのつながりを支えるものです」

 アルは黙って聞いている。

「精霊石は、精霊の力を受け取り、周囲の自然とのつながりを安定させる役割を持っています」

「だから、エルフにとって精霊石は大切なものなんです」

「それが汚染された」

「はい」

 セレフィアは小さく頷いた。

「しかも、今回のものは一部だけが黒く染まっていました」

「自然にそうなることは?」

「ありません」

 即答だった。

「精霊石が傷つくことはあります」

「長い年月を経れば、魔力が弱まることもあります」

「ですが、あのような黒い汚染は別です」

「誰かが、何らかの方法で精霊石へ干渉した可能性が高い」

 アルの目が細くなる。

「……やっぱり」

 黒魔石。

 黒く染まった精霊石。

 そして、黒ローブ。

 まだ何も分からない。

 だが、無関係とは思えなかった。

「そのために、昨日の襲撃者についても調べています」

 セレフィアが続ける。

「では、あの石を調べれば何か分かる?」

「すぐには難しいでしょう」

「精霊石の汚染については、エルフの中でも詳しく知る者は限られています」

「私も、これから詳しく調べるつもりです」

「そっか」

 アルは頷いた。

 その時だった。

 アルは得体のしれない何かがまとわりついているような感覚を覚えた。

「……?」

 アルは立ち止まる。

「どうしました?」

 セレフィアが尋ねる。

「いや……」

 アルは周囲を見る。

 木々。

 草。

 小さな花。

 どれも普通に見える。

「何か見えましたか?」

「……見えたというか、何かがまとわりついた感じがして」

 セレフィアが少し驚いた顔をした。

「まとわりつく?」

「うん。でも、もう感じない」

 アルは首を傾ける。

「気のせいかな」

 セレフィアは少しの間、アルを見つめた。

 そして、何も言わずに歩き始める。

「セレフィア?」

「……少し、確認したいことがあります」

「何を?」

「アル様」

 セレフィアは足を止めた。

「私の周りに何か見えますか?」

「まわりに?」

「はい」

 アルは頷く。

 セレフィアの周囲に意識を集中する。

 だが。

「……」

 アルは眉を寄せた。

「何も見えない」

「何も?」

「うん」

 アルは周囲を見回す。

「セレフィアの周りには何もない」

「そうですか」

 セレフィアは小さく呟いた。

「何が?」

 アルが尋ねる。

「精霊です」

「え?」

「今、この周囲には精霊がいます」

 アルは目を見開いた。

「いる?」

「はい」

「でも、俺には見えない」

「それが普通です」

 セレフィアは穏やかに答えた。

「精霊は、普段は人の目には見えません」

「エルフにも?」

「私たちにも、姿そのものが見えるわけではありません」

「では、どうやって分かるの?」

 アルが尋ねると、セレフィアは少し考えた。

「感じるのです」

「感じる?」

「風が吹いていないのに葉が揺れる」

「水の流れが、ほんの少しだけ変わる」

「火の揺らめきが、誰も触れていないのに変化する」

「そういった小さな変化から、精霊の存在を感じ取ります」

 アルは周囲を見渡した。

「じゃあ、精霊って……」

「決まった姿を持つ存在ではありません」

 セレフィアは答える。

「もちろん、精霊によっては人の姿に近い形を取ることもあります」

「ですが、それは精霊そのものの姿ではありません」

「精霊は自然そのものに近い存在です」

「火であり、風であり、水であり、大地である」

「でも、ただの火や風ではない」

「そういうこと?」

「はい」

 アルは腕を組んだ。

「面白い」

 その言葉に、エルシアが笑う。

「アルらしいね」

「だって、今まで俺は魔法を現象として見てきたから」

(炎なら、燃焼が起きている)

(風なら、空気が動いている)

(水なら、水分子が集まっている)

(でも精霊は、その現象そのものとは違う)

(……なんて言えないよな)

「そうですね」

「なのに、現象に干渉できる」

「はい」

 アルの目が輝く。

「……研究したい」

 セレフィアが小さく笑った。

「アル様は面白い感性をお持ちですね」

 少し離れたところで聞いていたイザベラも苦笑する。

「アルは未知のものを見ると、すぐ研究対象にするのね」

「だって、気になるから」

「でしょうね」

 エルシアも楽しそうに笑っている。

 その時。

 セレフィアがアルを見る。

「では、一つ試してみませんか?」

「何を?」

「アル様の魔法です」

「魔法?」

「はい」

 セレフィアは周囲を見渡した。

「ここなら問題ありません」

「炎を、小さく出してみてください」

 アルは頷いた。

「分かった」

 右手を前へ伸ばす。

 魔力を集める。

 炎を生み出す。

 赤い光が掌の前に現れた。

 小さな炎。

 安定した揺らめき。

「……」

 アルは集中する。

 その時だった。

 炎が、ほんのわずかに揺れた。

 風はない。

 アルも動いていない。

「……今の」

 アルが呟く。

 炎が再び揺らめく。

「俺、何もしてないよ」

「はい」

 セレフィアの表情が変わった。

 驚いている。

 いや。

 それだけではない。

 何かを感じ取ろうとしている。

「……来ました」

「何が?」

「火の精霊です」

 アルは炎を見る。

「ここに?」

「はい」

「見える?」

「いいえ」

「じゃあ、どうして分かるの?」

 セレフィアは目を閉じた。

 しばらく静かに立っている。

「……喜んでいます」

「喜ぶ?」

「はい」

「アル様の魔力に興味を持っています」

 アルは炎を見る。

 何も見えない。

 ただの炎。

 それなのに。

 なぜか、その炎がいつもより近く感じた。

「……不思議だ」

 アルが呟く。

「何かいる気がする」

 セレフィアが目を開いた。

「感じましたか?」

「うん」

「精霊を?」

「……たぶん」

 アル自身も確信は持てない。

 だが。

 先ほどまでとは違う。

 何かが、この炎の近くにいる。

 そんな感覚があった。

「これは……」

 セレフィアが小さく呟く。

「珍しいですね」

「何が?」

「アル様」

 セレフィアはアルをまっすぐ見つめる。

「あなたの魔力に、精霊が強く反応しています」

「俺の魔力に?」

「はい」

「どうして?」

「それは……まだ分かりません」

 セレフィアは首を横に振る。

「ですが、普通ではありません」

 アルは自分の手を見る。

 自分の中にある魔力。

 今まで何度も使ってきた。

 膨大な魔力。

 鑑定眼でも測定できないほどの量。

 だが。

 量だけではない。

 何か別のものがある。

 そんな気がした。

「もっと調べてみたい」

「そうですね」

 セレフィアは頷いた。

「私も興味があります」

 アルは嬉しそうに笑った。

「一緒に研究しよう」

「はい」

 その時。

 セレフィアの表情が変わった。

 彼女は突然、森の奥へ視線を向けた。

「……?」

 アルもそちらを見る。

「どうしたの?」

「……いえ」

 セレフィアは答えない。

 ただ、森の奥をじっと見つめている。

 風が吹いた。

 木々の葉が揺れる。

 それだけだった。

「何か感じた?」

 アルが尋ねる。

「……はい」

「精霊?」

「それもあります」

「それも?」

 セレフィアは少しだけ迷った。

 そして。

「アル様」

「うん?」

「あなたは、まだ気づいていないと思います」

「何に?」

 セレフィアは森の奥へ視線を向けたまま、静かに言った。

「精霊王が、あなたに興味を持っています」

「……精霊王?」

 アルの目が大きくなる。

「精霊の王様?」

「そう単純なものではありません」

 セレフィアは微笑む。

「ですが……」

「確かに、あの方はあなたを見ています」

 アルは森の奥を見つめる。

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 それでも。

 なぜか。

 遥か遠くから、誰かに見られているような感覚がした。

「……俺を?」

「はい」

 セレフィアは頷いた。

「精霊王が、あなたに興味を持ったようです」

 その言葉を最後に。

 森の奥で、一枚の葉が静かに舞い落ちた。

 まるで。

 何かが、アルを見つめているかのように。


第54話「精霊のいる森」を読んでいただき、ありがとうございました。

今回から、エルフの里での物語が少しずつ動き始めます。

これまでアルが研究してきた「魔法」とは、少し違った存在である精霊。

アルがこの未知をどのように捉えていくのか、そしてエルフたちが精霊とどのように関わっているのか。

この先も少しずつ描いていきたいと思います。

次回もよろしくお願いいたします。



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