束の間の逗留
こまでお読みいただきありがとうございます。
今回は、黒ローブの情報を待つため、アズール・イージスが獣人族の里にしばらく滞在することになりました。
そしてアルは、いよいよエルシアとの魔法鍛錬へ。
次回から、アルの魔法が少しずつ変わっていきます。
ぜひお楽しみください。
ルシア達と別れたアルは、館の案内役に宿舎まで案内された。
「フェンリル様よりご案内するように仰せつかっております」
「アズール・イージスの皆さまも宿舎にご案内しておりますので、どうぞ」
狼耳や狐耳を持つ獣人たちが行き交い、アルを見ると遠巻きに視線を向ける。
最初にこの里へ来た時に感じた緊張は、ほんの少しだけ緩んだような気がした。
案内役の兵士と歩いていると立派な木造の建物が見えてくる。
アズール一行へ用意された宿舎だった。
宿舎の扉が静かに叩かれる。
コンコン。
全員が視線を向ける。
「どうぞ」
ガレスが声を掛けると、扉がゆっくりと開いた。
一人の獣人族の兵士が姿を現す。
胸に手を当て、一礼した。
「アズール・イージスの皆様でお間違いありませんか」
「そうだ」
「アルフレッド様をご案内しました」
ガレスが立ち上がる。
兵士は頷き、静かに言葉を続けた。
「それと」
「獣王様より、お伝えするよう仰せつかっております」
部屋の空気が自然と引き締まる。
「北方の斥候より、新たな情報が届くまで」
「皆様には、この里へご滞在いただきたいとのことです」
ガレスは黙って耳を傾ける。
「周辺の警戒は、現在も継続しております」
「黒衣の集団の行方も追っておりますが、まだ確かな情報は得られておりません」
「そのため、事態が動き次第、直ちに皆様へお知らせいたします」
一拍置き、兵士はアルへ視線を向けた。
「なお」
「アルフレッド様は、明日よりエルシア様との魔法鍛錬を始められます」
「その間も、皆様には自由に里をご利用いただいて構いません」
「必要なものがございましたら、遠慮なくお申し付けください」
伝令を終えた兵士は、深々と頭を下げる。
「以上です」
ガレスも丁寧に礼を返した。
「承知した」
「獣王様へ、感謝をお伝えいただきたい」
「かしこまりました」
兵士は再び一礼すると、静かに宿舎を後にした。
扉が閉まると、部屋には穏やかな静けさが戻る。
ガレスが丁寧な対応を済ませるとテーブルの皆に目をやった。
テーブルにはドノヴァン、イザベラ、フィオナ、レオンが座っている。
そこにはグラン、リシェル、セレスの姿もあった。
皆が一斉に目を丸くした。
皆が一斉にアルへ視線を向ける。
「鍛錬……?」
最初に声を上げたのはイザベラだった。
「獣王様直々に?」
「うん」
アルは少し照れくさそうに笑う。
「俺も驚いたよ」
「魔法について話をしていたら、『まだ伸びる』って言われて」
「それで、しばらくこの里で鍛錬を受けてみないかって」
イザベラは優しく微笑んだ。
「それは素晴らしいお話ね。」
「獣王様ほどのお方から直接教えを受けられるなんて、普通なら一生ない機会よ」
アルは頷く。
「しかも……」
「教えてくれるのは、フェンリル様だけじゃないんだ」
「え?」
ガレスが問い返す。
「獣王様の娘さん」
「エルシアさんっていう人」
「その人と一緒に鍛錬することになった」
「娘……?」
フィオナが少し驚いたように呟く。
「獣王様に、お子様がいらしたのね」
「すごく綺麗な人だったよ」
アルは思い返すように言う。
「でも、それ以上に落ち着いていて、不思議と安心する人だった」
「魔法もかなり凄いみたい」
ガレスは腕を組みながら静かに頷いた。
「獣王様の娘ならば、それも当然か」
「その方が教えてくださるなら、遠慮なく学んでこい」
その声には、どこか誇らしさが滲んでいた。
自分が見出した少年が、さらに高みへ進もうとしている。
その姿を見られることが、師として何より嬉しかった。
「うん!」
アルも力強く頷いた。
「必ず何かを掴んでくるよ」
アズールの皆は、アルの姿を見ると自然と表情を和らげた。
アルが少し申し訳なさそうに笑うと、ガレスは肩をすくめる。
「ちょうど今、お前の話をしていたんだ」
アルは首を傾げた。
「俺の?」
イザベラが微笑む。
「獣王様と何をお話しされたのかなって」
「みんな気になっていたのよ」
アルは少し照れくさそうに頭をかいた。
ガレスは腕を組みながら、小さく息を吐いた。
「これで今後の方針が決まったな」
イザベラも頷く。
「黒ローブの情報待ちなら、焦って動くより賢明ね」
フィオナは少し笑いながらアルを見た。
「アルだけ修行なんて、ちょっと羨ましいかも」
その言葉に部屋の空気が少し和らぎ、アルも思わず笑みを浮かべた。
こうしてアズール・イージスは、北方の新たな報せを待ちながら、獣人族の里で束の間の時間を過ごすこととなった。
第36話を読んでいただき、ありがとうございました。
黒ローブの行方を追う一方で、アルは獣王フェンリルとエルシアから魔法を学ぶことになりました。
ここからは、アルがこれまで積み重ねてきた「知識」だけではなく、「感覚」や「想像力」と向き合っていくことになります。
そして、獣人族の里で待つことになったアズール・イージスと異種族調査隊にも、まだ大きな動きが待っています。
次の舞台へ向かうための、束の間の時間。
その中でアルが何を掴むのか。
次回もよろしくお願いいたします。




