エルシア
前話では、アルが自身の秘密をフェンリルへ打ち明け、異界から来た者が自分だけではなかったことを知りました。
今回は、新たな出会いの回です。
アルにとって大きな転機となる人物が登場しますので、楽しんでいただければ幸いです。
静かな空気が流れる。
アルは改めてエルシアへ向き直った。
「改めて、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。
エルシアは少し困ったように笑った。
「そんなに堅くならなくていいよ」
「え?」
「敬語もいらない」
アルは目を瞬かせる。
「で、でも……」
「さっきも言ったけど一緒に鍛錬する仲間でしょ?」
「先生っていうより、一緒に考える仲間でいたいかな」
穏やかな笑みを浮かべながら言う。
「一緒に考えて、一緒に成長する」
「そのくらいの気持ちでいてくれた方が嬉しいな」
アルは思わず苦笑した。
「そう言われても、獣王様の娘さんですし……」
エルシアは肩をすくめる。
「それは母上でしょ?」
「私は私」
「君は君」
「それだけよ」
その自然な言葉に、アルの肩から少し力が抜ける。
「……分かった」
「よろしく、エルシア」
名前を呼ばれたエルシアは嬉しそうに微笑んだ。
「うん」
「こちらこそ」
その様子を見ていたフェンリルも静かに口元を緩める。
二人の空気が少しだけ和らいだことを感じ取っていた。
そしてフェンリルはアルの事をエルシアに話す。
「アルは魔法を現象として理解している」
「でも、その先で悩んでいる」
アルは頷く。
「そうなのね」
「魔法は使える」
「でも、何かが足りない」
「その"何か"が分からない」
エルシアは少しだけ考え込むように顎へ指を添えた。
「うーん……」
「たぶん、話だけじゃ分からないかな」
アルは首を傾げる。
「え?」
「実際に見てみたい」
「君の魔法」
アルは少し驚く。
「全部?」
「うん」
エルシアは迷いなく頷いた。
「5属性を使えるんでしょ?」
「それって凄いことだよ?」
「それも独学なんだよね?」
「だからこそ、この目で見てみたい」
フェンリルも静かに頷く。
「我も同じ考えだ」
「魔法とは言葉だけでは伝わらぬ」
「実際に見て、感じることもまた学びぞ」
アルは小さく息を吐いた。
「……分かった」
「でも、この部屋で?」
するとエルシアは小さく笑う。
「さすがにここじゃ狭いよ」
「母上の館、壊したら怒られちゃう」
フェンリルが苦笑する。
「当然だ」
「我が館は鍛錬場ではない」
三人の間に、少しだけ笑いが生まれた。
張り詰めていた空気が和らぐ。
エルシアは立ち上がると、窓の外へ視線を向けた。
「この里には訓練場がある」
「普段、私もそこで魔法を鍛えてる」
アルは興味深そうに耳を傾ける。
「そこなら、君も思い切り魔法を使える」
「全部見せて」
「良いところも」
「悪いところも」
そう言って、柔らかく笑う。
「私も一緒に考える」
「何が足りないのか、一緒に探そう」
その笑顔には、不思議な説得力があった。
アルは自然と笑みを浮かべる。
「……うん」
「わかった。よろしく」
「母上、よろしいですね?」
「もちろんだ」
エルシアは満足そうに頷き、扉へ向かって歩き出した。
「じゃあ行こう」
「君の魔法を見せてもらう」
アルも立ち上がり、その背中を追う。
こうして始まるのは、ただ魔法を教わるだけの鍛錬ではない。
研究者アルフレッド・フォン・ヴァルクレインが、新たな"魔法の在り方"を知るための第一歩だった。
館を出ると、涼やかな風が頬を撫でた。
獣王の館の裏手には、広々とした訓練場が広がっている。
地面は踏み固められ、周囲には大木が等間隔に立ち並ぶ。
魔法の鍛錬を行うには十分すぎるほどの広さだった。
エルシアは訓練場の中央まで歩くと、くるりと振り返る。
「ここなら思う存分使えるよ」
アルも辺りを見回しながら頷いた。
「すごい……」
辺境伯家にも訓練場はある。
だが、ここは規模がまるで違った。
エルシアは微笑みながら数歩下がる。
「じゃあ始めようか」
「遠慮はいらないわ」
「君が今できることを全部見せてみて」
アルは静かに頷いた。
「分かった」
深く息を吸う。
そして右手を前へ突き出した。
「まずは火属性」
魔力が掌へ集まる。
次の瞬間。
轟、と炎が渦を巻き、大きな火球となって空中へ浮かび上がった。
その熱量だけで周囲の空気が揺らぐ。
続いて風。
火球を囲むように旋風が生まれ、その勢いをさらに高めていく。
アルは止まらない。
「水」
幾筋もの水流が空中を駆け巡り、螺旋を描く。
「雷」
青白い閃光が火球の周囲を走る。
最後に。
「土」
地面が小さく震え、岩壁がせり上がった。
五属性。
それぞれを滑らかに切り替えながら操る。
普通の魔導士なら、一つ扱うだけでも難しい魔法を、アルはまるで呼吸をするように発現させていた。
やがて魔法を解く。
静寂が戻った。
「……こんな感じ」
額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
だが、まだ余力はある。
エルシアは何も言わなかった。
ただ静かにアルを見つめている。
魔法ではなく。
アル自身を観察するように。
やがて小さく口を開いた。
「やっぱり」
アルは首を傾げる。
「何か分かった?」
エルシアはゆっくり頷く。
「母上の言う通り」
「本当に凄い」
素直な賞賛だった。
「魔力操作も丁寧」
「無駄も少ない」
「属性の切り替えも速い」
アルは少し照れくさそうに笑う。
「ありがとう」
しかし。
エルシアはそこで言葉を切った。
「でも」
その一言で空気が変わる。
「母上が言った意味も分かった」
アルの表情が引き締まる。
「君の魔法」
「すごく綺麗なんだ。」
「だけど」
エルシアは炎が消えた空を見上げる。
「君の魔法、本当にすごく綺麗」
「魔力操作も正確」
「無駄もない」
「だから完成度は高い」
「でも」
「綺麗すぎる」
「……綺麗過ぎる?」
「うん」
エルシアはアルを見る。
「まるで教科書のお手本」
「失敗しない魔法」
「正確な魔法」
「でも」
一歩、アルへ近付く。
「君の魔法には」
「君自身が、まだ居ない」
その言葉に、アルの瞳が揺れた。
フェンリルが静かに頷く。
「その通り」
「其方は知識を形にしておる」
「だが」
「魔法は、術者の心を映す」
エルシアは優しく微笑む。
「だから次は」
「君だけの魔法を、一緒に探そう」
アルはその言葉を胸の奥で反芻していた。
(俺だけの……魔法。)
研究者として積み重ねてきた知識。
そして、創造主が託した『想像力』。
二つをどう結びつけるのか。
その答えは、まだ見えていない。
だが――。
その答えを、一緒に探してくれる人がいる。
アルは自然と笑みを浮かべていた。
この出会いが、後にアルの魔法を大きく変えていくことを、まだ誰も知らない。
第34話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、獣王フェンリルの娘・エルシアとアルとの話です。
強さだけではなく、穏やかさや包容力を持つ彼女は、アルにとって初めて「導いてくれる存在」になります。
次回からはいよいよ修行編が本格的に始まります。
研究者として積み重ねてきた知識と、フェンリルが語った「想像力」。
その二つがどのように結び付いていくのか、アルの成長を楽しんでいただければ嬉しいです。
少しでも面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。
次回もよろしくお願いいたします。




