獣王への告白
前話より、獣王フェンリルとの二人きりの対話が始まります。
アルがこれまで誰にも明かすことのなかった秘密に触れる、大きな転機となる回です。
どうぞ最後までお楽しみください。
先ほどまで大勢がいた部屋とは思えないほど静かだった。
薪のはぜる音だけが、微かに耳へ届く。
フェンリルは席へ腰掛けたまま、静かにアルを見つめている。
その紺碧の瞳は穏やかだった。
敵意も警戒もない。
ただ、何かを確かめようとしているような眼差し。
アルは自然と背筋を伸ばした。
何を聞かれるのか。
まったく予想がつかない。
しばらく沈黙が続く。
やがてフェンリルが、小さく息を吐いた。
「さて」
その一言だけで、部屋の空気が僅かに変わる。
アルは思わず息を呑んだ。
フェンリルはゆっくりと口を開く。
「先ほど」
「其方は刀という名を聞いた瞬間、驚きを隠せなかった」
アルの肩が僅かに揺れる。
「その様子を見て、我の考えは、ほぼ確信へ変わった」
紺碧の瞳が真っ直ぐアルを見据える。
「では、聞こう」
一拍。
静寂が流れる。
そして。
「其方――」
「異界より来た者であろう?」
その瞬間。
アルの思考は真っ白になった。
(……なっ。)
鼓動が一気に速くなる。
呼吸が浅い。
どうして。
なぜ。
誰にも話していない。
この世界で知る者は存在しないはずだった。
創造主と、自分だけ。
それなのに。
フェンリルはまるで、確かめるような口調で問い掛けてきた。
アルは思わず一歩後ずさる。
「……何を、おっしゃっているのか」
乾いた声だった。
「私には……何のことか分かりません」
否定しようとする。
だが。
「安心せよ」
フェンリルは穏やかに微笑んだ。
「誰かへ話すつもりもない」
アルは言葉を失う。
フェンリルは静かに続ける。
「秘匿している事情があることくらい、我にも分かる」
「だから確認したかっただけだ」
その声音には、探るような鋭さはなかった。
まるで長年の知人へ語り掛けるような穏やかさだけがあった。
アルはゆっくりと息を吐く。
胸の鼓動はまだ速い。
だが、不思議と先ほどまでの恐怖は薄れていた。
(この人は……)
(最初から知っていて問い詰めているわけじゃない)
(確認しているだけなんだ)
沈黙が流れる。
認めれば、もう戻れない。
この秘密は、自分だけのものではなくなる。
だが。
目の前にいるのは獣王フェンリル。
魔力を一目で見抜き、自分が異界の者である可能性にまで辿り着いた存在。
今さら誤魔化せる相手ではない。
アルは静かに目を閉じた。
そして覚悟を決める。
ゆっくりと顔を上げた。
「……はい」
短い返事だった。
しかし、その一言には全てが込められていた。
フェンリルは驚きもしない。
ただ、小さく頷く。
「やはり、そうであったか」
その表情には、納得だけが浮かんでいた。
アルは静かに息を吐いた。
もう隠す必要はない。
ここから先は――。
自分のすべてを話そうと、そう決めた。
しばらく沈黙が続いた。
フェンリルは何も急かさない。
ただ静かに、アルが言葉を選ぶのを待っていた。
その姿勢が、かえってアルの緊張を和らげていく。
やがてアルは、小さく息を吸った。
「……お話しします」
フェンリルは静かに頷く。
アルは椅子へ腰掛け直し、ゆっくりと語り始めた。
「私には……前世の記憶があります」
「この世界へ来る前、私は全く別の世界で生きていました」
「そこで研究者をしていました」
「研究者?」
「はい」
アルは懐かしむように目を細める。
「自然の法則を調べ、世界の仕組みを解き明かそうとする仕事です」
「そしてそこは魔法の存在しない世界でした」
「ですが、火や雷、水や風……それらの現象の理屈は理解していました」
フェンリルは静かに耳を傾ける。
表情は変わらない。
ただ、一言一句を聞き漏らすまいとしていることだけは伝わってきた。
「私は研究だけが生きがいでした」
「昼も夜も関係なく研究を続けて……」
アルは苦く笑う。
「生まれつき身体が弱く、それしか生きる術を知らなかったのです」
静かに目を伏せる。
「ですがその研究すらもままならないほど弱ってしまって……」
「なにかを成し遂げることも出来ず、そのまま命を落としました」
フェンリルは何も言わない。
アルは続けた。
「そう、死んだ……はずでした」
「ですが、目を覚ますと、私は真っ白な空間にいました」
「そこで、一人の存在と出会ったのです」
フェンリルの瞳がわずかに細められる。
「その者は、自らを創造主と名乗りました」
「世界を創った存在だと」
「……」
「そして私に、この世界でもう一度生きてみないか、と」
アルは自嘲気味に笑う。
「正直、夢だと思いました」
「ですが、気付けば私はアルフレッド・フォン・ヴァルクレインとして、この世界へ生まれていました」
部屋は静まり返っている。
アルの声だけが、ゆっくりと響く。
「創造主は私へ二つの力を授けました」
「一つは《鑑定眼》」
「物の本質や魔力の流れを見ることのできる力です」
「そしてもう一つが……」
自分の胸へそっと手を当てる。
「膨大な魔力でした。」
「普通では考えられないほどの魔力量を授かりました」
「そして何故か私は、五属性すべての魔法を扱えています」
フェンリルは静かに頷くだけだった。
アルは少しだけ力なく笑う。
「最初は戸惑いました」
「ですが……」
「私は結局、研究をやめられなかった」
その言葉には、どこか諦めにも似た響きがあった。
「知らない世界」
「知らない法則」
「知らない魔法」
「目の前に未知がある」
「それを知りたい」
「理解したい」
「その気持ちは、前世と何も変わりませんでした」
アルは真っ直ぐフェンリルを見る。
「だから私は、今も研究を続けています」
「魔法を」
「この世界を」
話し終えると、部屋は再び静寂に包まれた。
フェンリルは腕を組むこともなく、ただ静かにアルを見つめている。
その表情からは、何も読み取れない。
アルは少しだけ不安そうに笑った。
「……荒唐無稽な話ですよね」
「普通なら信じられません」
一拍置く。
「それでも……」
「信じていただけますか?」
フェンリルは間を置かず答えた。
「疑う理由がない」
短い一言だった。
しかし、その声音には一切の迷いがなかった。
アルは思わず目を見開く。
「……え?」
「其方の魔力量」
「そして、その異質な魔力を大昔感じたことがある」
「その者もまた異界から来たと言っておった」
「其方と同じようにな」
フェンリルは穏やかに微笑む。
「本当ですか!」
「やはり俺だけではないんですね」
フェンリルは微笑と共に小さく頷いた。
アルは胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
(俺以外にも転生者、転移者が居たんだ)
その事実を知ってなぜか少しホッとする自分を感じていた。
自分だけというある種の孤独感から少し解放されたからなのか。
アルには分からなかったが……。
それでも確かなことが一つだけあった。
自分はもう、一人ではなかった。
第31話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、アルが初めて自らの過去と、この世界へ転生した経緯を誰かへ打ち明ける回となりました。
研究者として積み重ねてきた人生、そして異世界でも変わることのない「知りたい」という想い。その根幹にある部分を描いています。
また、フェンリルという存在が、この世界の歴史を長く見守ってきた理由も少しずつ見え始めました。
次回は、異界の民や刀にまつわる話へと踏み込んでいきます。
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次回もよろしくお願いいたします。




