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転生研究者の異世界魔法論 ――魔法を科学したら最強になった件――  作者: 夜透


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白銀の獣王

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

北方の旅は新たな地、獣人族領へ。

これまでとは異なる文化や価値観を持つ彼らとの出会いが、物語をさらに大きく動かしていきます。

今回は、北方を統べる存在との邂逅をお楽しみいただければ幸いです。

 アルは思わず息を呑んだ。

(……誰か来る。)

 コツ……

 コツ……

 館の中へ静かな足音が響く。

 その瞬間だった。

 部屋の空気そのものが張り詰めた。

 誰かが魔力を放ったわけではない。

 威圧したわけでもない。

 それでも、その場にいた全員が自然と背筋を伸ばす。

 館の中にいた誰一人として口を開かない。

 ガルドは椅子から立ち上がり、胸へ右拳を当てた。

 カインも同じように姿勢を正す。

 その様子を見て、他の長たちは一斉に膝をついた。

 部屋の空気が変わる。

 それは殺気でも威圧でもない。

 ただ、その場にいる全員が「そうするのが当然」と理解しているような、絶対的な空気だった。

 ガレスも静かに片膝をつく。

 アズールのメンバー、異種族調査隊の面々もそれに倣う。

 アルも周囲を見渡し、一歩遅れて膝をついた。

(……誰なんだ)

 ゆっくりと扉が開く。

 そこへ姿を現したのは、一人の女性だった。

 しかし、その姿を"女性"という言葉だけで表すには、あまりにも神々しかった。

 陽光を溶かし込んだような白銀の長髪。

 腰まで届くその髪は歩くたびにさらりと揺れる。

 頭には雪のように白い狼の耳。

 腰の後ろでは、豊かな毛並みを持つ白銀の尾が静かに揺れていた。

 年齢は三十代前半ほどにしか見えない。

 しかし、その紺碧の瞳だけは、永い時を見つめ続けてきた者だけが持つ静かな深みを宿していた。

 アルは隣のイザベラの袖をそっとつまんで聞いた。

「あの人誰?」

 イザベラは小声で答えた。

「フェンリル様よ」

 彼女はゆっくりと部屋を見渡す。

 その一挙手一投足に、不思議な威厳があった。

「楽にせよ」

 透き通るような声だった。

 決して大きくはない。

 だが、その一言だけで部屋全体へ自然と響き渡る。

 ガルドが深く頭を下げる。

「獣王様」

 アルは目を見開いた。

(獣王……?)

 その言葉に驚いたのはアルだけだった。

 この場にいる獣人たちはもちろん、ガレスたちも誰一人として驚いていない。

 まるで当然のように頭を垂れている。

 獣王は静かに歩みを進め、円卓の上座へ腰を下ろした。

 その姿勢には一切の気負いがない。

 それなのに、その場の誰よりも自然に中心へ収まってしまう。

 ガルドが静かに口を開いた。

「辺境伯領より参られた方々と先日派遣した異種族調査隊の面々です」

「北方で起きている異変について報告に来られました」

 獣王は小さく頷く。

「我はフェンリル」

「ようこそ参られた。客人よ」

「話を聞こう。続きを」

 ガレスは改めて姿勢を正し、先ほどまでの説明を簡潔に繰り返した。

 混成の魔物。

 黒ローブ。

 特殊魔石。

 そして、黒ローブが姿を見せなくなったこと。

 獣王は一度も口を挟まない。

 ただ静かに耳を傾けていた。

 その紺碧の瞳には、一言一句も聞き漏らすまいという意志が宿っていた。

 話が終わると、部屋は再び静寂に包まれた。

 獣王はしばらく考えるように目を閉じる。

「……なるほど」

 その一言だけだった。

 しかし、誰も続きを急かさない。

 やがて獣王は静かに目を開く。

 紺碧の瞳が、一人ひとりを順に見ていく。

 ガレス。

 ドノヴァン。

 レオン。

 フィオナ。

 イザベラ。

 グラン。

 セレス。

 リシェル。

 そして――

 アル。

 その瞬間だった。

 獣王の視線が止まる。

 ほんの一瞬。

 それまで何一つ変わらなかった表情が、わずかに興味を示したように緩んだ。

(……?)

 アルは思わず息を呑む。

 紺碧の瞳が、自分だけを真っ直ぐ見つめている。

 何かを見透かされているような感覚。

 いや――

 見透かされているのではない。

 見抜かれている。

 そんな錯覚を覚えた。

 獣王は静かに微笑む。

 その笑みは敵意ではない。

 むしろ、長い年月を生きた者が珍しいものを見つけたような、穏やかな笑みだった。

「……ほう」

「……面白い」

 小さな呟きだった。

 その声は部屋にいた全員の耳へ届いたが、その意味を理解できる者はいない。

 ガルドが恐る恐る口を開く。

「獣王様……?」

 フェンリルは視線をアルから外さない。

「そこの若いの」

 部屋の空気が静まり返る。

 アルは一瞬、自分のことだと気付かなかった。

 ガレスが小さく視線を送る。

 ようやくアルは立ち上がった。

「……はい」

「こちらへ」

 短い一言だった。

 アルはガレスを見る。

 ガレスも戸惑っている。

 獣王が人族を自ら呼ぶなど、聞いたことがない。

 それでも頷き返した。

「行ってこい」

 アルは静かに前へ歩き出した。

 一歩。

 また一歩。

 静かな部屋に、足音だけが響く。

 広い部屋が妙に静かに感じられる。

 獣人たちの視線が一斉に集まっていた。

(なんでオレなんだ……)

 心臓が少しだけ速く打つ。

 フェンリルの前まで来ると、自然と足が止まった。

 紺碧の瞳が真っ直ぐアルを映している。

 その瞳には敵意も警戒もない。

 あるのは純粋な興味だけだった。

「名は」

「アルフレッド・フォン・ヴァルクレインと申します」

「皆からはアルと呼ばれています」

「そうか」

 フェンリルは静かに頷く。

「アル」

 名前を確かめるように一度だけ口にした。

 そして。

 ふっと笑う。

「なるほど」

 その一言だけだった。

 しかしアルには、その言葉の意味がまったく分からない。

 フェンリルは静かに続けた。

「其方……」

 一瞬だけ言葉を止める。

 紺碧の瞳が、まるでアルの内側を見つめるように細められた。

「随分と珍しい魔力を宿しておるな」

 その瞬間。

 アルの鼓動が大きく跳ねた。

(魔力……?)

 フェンリルが見ていたのは、自分の魔力。

 創造主から授かった、測定不能とまで言われた規格外の魔力量。

 それを、この獣王は一目で見抜いたのだ。

 アルは思わず息を呑む。

 一方、ガレスたちは驚いたようにアルを見る。

「珍しい……魔力?」

 イザベラも目を丸くしていた。

 彼女でさえ、アルの魔力は「膨大」だとは感じていても、その本質までは分かっていない。

 だがフェンリルは違う。

 見た瞬間に理解した。

「すまんな」

「戻ってよいぞ」

 そして柔らかな笑みを収めると、

「先ずはこの異常な状況を精査しよう」

「長、黒いローブを纏った者については斥候を放ち周囲を探索させ、警戒を強めよ」

「はっ!」

「そして黒い魔石……少し心当たりがある」

「客人よ、奥で詳しい話を聞かせてくれまいか」

 そう言って、ゆっくりと立ち上がる

 白銀の尾がゆったりと揺れる。

「参られよ」

 獣人たちは驚きの表情を見せつつも一礼してフェンリルを見送る。

 ガルドはガレスに目配せをしてフェンリルについていくよう促す。

 ガレスも戸惑いながらも、小さく頷く。

「はっ」

 こうして。

 誰も予想しなかった、獣王フェンリルとの対話が始まろうとしていた。


第29話を読んでいただき、ありがとうございました。

ついに獣王フェンリルが登場しました。

その圧倒的な存在感と、アルへ向けられた意味深な視線が、この先の物語の大きな転機になっていきます。

次回は、フェンリルが知る古い伝承や「黒い魔石」の正体について語られる予定です。そして、アルだけが呼び止められた理由も少しずつ明らかになります。

面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

次回もよろしくお願いいたします。

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