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転生研究者の異世界魔法論 ――魔法を科学したら最強になった件――  作者: 夜透


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託された片刃の剣

ドワーフ領での調査も、いよいよ一区切りとなります。

今回は黒ローブや特殊魔石の調査結果に加え、アルが気になっている「異界の民」と片刃の剣にまつわる物語も少しだけ前へ進みます。

ぜひ最後までお楽しみください。

 ドルガンの工房を後にしたアルは、一人、ゆっくりと石畳の道を歩いていた。

 いつものように賑わう鍛冶区画。

 赤く燃える炉。

 響き渡る槌音。

 忙しそうに行き交う職人たち。

 昨日までは、その全てが新鮮で、見るものすべてが興味の対象だった。

 だが今日は違う。

 頭の中を占めているのは、昨日見た片刃の剣と「異界の民」のことだった。

 三百年以上前。

 ドワーフへ片刃の剣を伝えたという謎の人物。

 伝承では「異界の民」と呼ばれている。

(もし、本当に日本刀だったなら……)

 胸の奥がざわつく。

 しかし、そのたびに自分で否定する。

(いや、決めつけるな)

 刀身は確かによく似ていた。

 片刃。

 反り。

 刃に浮かぶ波紋。

 だが、それだけで日本刀とは断言できない。

 アル自身、日本刀については専門家ではない。

 前世で博物館や書籍を通じて知識を得ただけだ。

 本物を手に取り、詳しく学んだ経験はない。

(似ているだけかもしれない)

(この世界で独自に生まれた剣という可能性もある)

 そう考えるほど、確信は遠ざかっていく。

 結局、答えは出なかった。

「……他にも聞いてみよう」

 アルは小さく呟く。

 ドルガンだけではない。

 他の職人なら、何か違う話を知っているかもしれない。

 そう思い、再び鍛冶区画を歩き始めた。

     

「異界の民?」

 一人目の鍛冶師は首を傾げた。

「あぁ、聞いたことはあるな」

「昔話だろ?」

「俺ぁ詳しくは知らん」

 それだけだった。

 二人目。

「片刃の剣?」

「ドルガンの変な剣か」

「何百年も作っとるらしいが、まだ完成しとらんそうだ」

 三人目。

「異界の民なら親父から聞いた」

「昔、すげぇ鍛冶師が来たって話だ」

「本当かどうかは知らん」

 四人目。

「三百年? もっと前じゃねぇか?」

「いや、二百年だったか?」

「そんな昔のこと、俺にはわからん」

 皆、似たような反応だった。

 知っている。

 だが詳しくは知らない。

 伝承として耳にしただけ。

 誰一人として確かな記録を持ってはいなかった。

 共通しているのは、ほんのわずか。

 三百年以上前。

 異界の民。

 片刃の剣。

 そして――。

「その剣は、とんでもなく切れたらしい」

 年配の鍛冶師が懐かしそうに笑った。

「まぁ、伝説みてぇな話だ」

「誰も見たことはねぇ」

 アルは静かに頭を下げる。

「ありがとうございました」

 工房を出る。

 やはり、結果は同じだった。

 伝承は残っている。

 しかし、その中身は霧の向こうだ。

 誰も真実を知らない。

(……やっぱり分からないか)

 アルは空を見上げた。

 山の上には澄み切った青空が広がっている。

 異界の民。

 日本刀によく似た片刃の剣。

 そして、自分と同じように、この世界へやって来たかもしれない誰か。

 全ては繋がっているようで、何一つ確証がない。

 その時だった。

「アル殿!」

 背後から声が飛ぶ。

 振り返ると、一人のドワーフ兵が駆け寄ってきた。

「探しました」

「族長がお呼びです」

 アルは小さく息を吐く。

 どうやら、文献調査の結果がまとまったらしい。

 異界の民の答えは得られなかった。

 だが、今度は北方の異変について、新しい情報が聞けるかもしれない。

 アルは兵士へ頷いた。

「分かりました」

 そう答え、一歩を踏み出した。


 一行は再び族長の館へ集められていた。

 重厚な石造りの室内には、族長と数名の長老たちの姿がある。

 机の上には何冊もの古い書物が積まれていた。

 族長は一同を見回すと、静かに口を開く。

「待たせたな」

「役人総出で文献庫を調べさせた」

 アルも自然と姿勢を正す。

 黒ローブ。

 特殊魔石。

 何か手掛かりが見つかったのだろうか。

 族長はゆっくり首を横へ振った。

「結論から言う」

「決定的な情報は見つからなかった」

 部屋が静まり返る。

 族長は積み上げられた書物へ視線を向けた。

「似たような魔物の異常発生は、数百年の歴史の中で何度か記録されている」

「だが、今回のような特殊な魔石について触れた文献は存在しなかった」

 長老の一人が続ける。

「黒ローブについても同様じゃ」

「魔物を操る術を使ったという記録は残っておらん」

 ガレスが腕を組む。

「つまり、前例がない……ということですね」

「ああ」

 族長は重々しく頷いた。

「少なくとも我らの知る限りではな」

 セレスは少し俯いた。

「やはり禁書の記述だけでは……」

「断定はできぬ」

 族長は穏やかに答えた。

「だが、警戒を解く理由にもならん」

「調査は今後も続ける」

 その言葉には力があった。

「北方全体に関わる問題である以上、我らも傍観はせん」

 そして視線をガレスへ向ける。

「何か分かった時は、すぐ辺境伯へ知らせる」

「もちろん、そなたらにもだ」

 グランが口を開いた。

「メッセンジャー・ホークを使えば数日で届く」

「急ぎの知らせなら十分間に合う」

 ガレスは深く頷いた。

「助かります」

「こちらも新しい情報が入り次第、お伝えします」

 ローガンやエルディオンとの約束に続き、これでドワーフ族とも情報網が繋がった。

 北方諸族が少しずつ協力体制を築き始めている。

 アルはその変化を実感していた。

 族長はゆっくりと立ち上がる。

「では、話は以上だ」

「そなたらは予定通り旅を続けよ」

「次は獣人族の国だったな」

 ガレスが答える。

「はい」

「現状を共有し、協力を仰ぐ予定です」

「うむ」

 族長は満足そうに頷いた。

「我らからも後ほど文を送っておこう」

「話が早く済むはずだ」

 リシェルが小さく微笑む。

「ありがとうございます」

 族長は最後にアルへも視線を向けた。

「坊主」

「はい」

「気になることがあれば、また来るといい」

「文献庫も必要なら貸してやる」

 アルは驚きながらも嬉しそうに頭を下げた。

「ありがとうございます」

「ぜひ、また伺います」

 族長は静かに笑う。

「学ぶ者は歓迎する」

「それがドワーフの流儀だ」

 こうして会談は終わった。

 明朝、一行は獣人族の国へ向けて出発する。

 黒ローブ。

 特殊魔石。

 そして北方に広がる不穏な気配。

 真実はまだ霧の中だった。

 それでも、一歩ずつ前へ進むしかない。

 そう胸に刻みながら、一行は館を後にした。


 翌朝。

 朝霧の残るドワーフ領の門前には、一行の姿があった。

 荷物をまとめ、出発の準備を整える。

 グランが大きく背伸びをする。

「忘れ物はねぇな?」

「おう」

 ガレスが周囲を見回しながら頷く。

「出るぞ」

 兵士たちも門を開く準備を進めていた。

 そんな時だった。

「おーい!」

 低く太い声が朝の空気を震わせる。

 一同が振り向く。

 鍛冶区画の方から、一人の老ドワーフが大股で歩いてきた。

 ドルガンだった。

 肩には長い布で包まれた細長い荷を担いでいる。

「ドルガンさん!」

 アルが思わず声を上げる。

「間に合ったか」

 ドルガンは息を整えると、その布包みをゆっくりと降ろした。

「坊主」

「これを持っていけ」

 そう言って布を解く。

 姿を現したのは、あの片刃の剣だった。

 静かな朝日に照らされ、刀身が淡く光を返す。

 アルは目を見開いた。

「え……?」

「い、いえ!」

「そんな大事な物、受け取れません!」

 慌てて首を横に振る。

 しかしドルガンは豪快に笑った。

「はっはっは!」

「大事だから渡すんだ」

 その一言に、アルは言葉を失う。

 ドルガンはゆっくりと剣へ視線を落とした。

「儂が打った中じゃ、一番出来がいい」

「伝承に残る剣には、到底届いとらんがな」

 そう言って苦笑する。

「それでも」

「百年以上打ち続けた中じゃ、最高の一本だ」

 アルは静かに刀身を見つめた。

 やはり、美しい。

 だがドルガンは満足していない。

 もっと先を見ている。

「坊主」

 ドルガンはアルを真っ直ぐ見つめる。

「お前は、この剣を見た時、目の色が変わった」

「興味本位とは違った」

「何か惹かれるもんがあったんだろう」

 アルは思わず息を呑む。

 本当の理由は言えない。

 それでも、その言葉は胸へ深く響いた。

「だったら」

「この剣は、お前が持つべきだ」

「……」

 アルはしばらく黙っていた。

 やがて静かに頭を下げる。

「ありがとうございます」

「大切にします」

 両手で剣を受け取る。

 思っていた以上に重みを感じた。

 金属の重さだけではない。

 百年以上積み重ねられた、一人の職人の執念。

 その想いまで託されたような気がした。

 ドルガンは満足そうに頷く。

「ただし」

「勘違いするなよ」

 アルが顔を上げる。

「儂は、もっといい一本を必ず打つ」

 職人らしい、不敵な笑みを浮かべた。

「だから、また来い」

「その時は今よりもっといい剣を見せてやる」

 アルも自然と笑みを浮かべる。

「はい」

「必ずまた来ます」

 その約束を聞き、ドルガンは満足そうに笑った。

「よし」

「それでいい」

 グランが横で豪快に笑う。

「気に入られたな、アル!」

「ドルガンが自分から剣を渡すなんざ初めて見たぞ!」

「そうなんですか?」

 イザベラがくすりと笑う。

「それだけアルが気に入られたってことね」

 ドルガンは照れ隠しのように鼻を鳴らした。

「うるせぇ」

「さっさと行け」

「次に会う頃には、その坊主も少しは強くなってるだろう」

 アルは剣を大切に抱えながら、もう一度深く頭を下げた。

「ありがとうございました」

「また来ます」

 ドルガンは背を向けたまま、片手を軽く振る。

「楽しみにしとる」

 その姿を見送りながら、一行はゆっくりと門へ向かう。

 アルの腰には、新たな一本の剣。

 異界の民が遺したと伝わる片刃の剣。

 それを百年以上追い求めた、一人のドワーフの想いが宿る一振りだった。

 その重みを感じながら、アルは静かに歩き出した。

 次なる目的地――獣人族の国へ向かって。



第26話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回はドワーフ領での調査を終え、いよいよ次の目的地である獣人族の国へ向かう節目の回となりました。

また、ドルガンからアルへ託された片刃の剣には、百年以上積み重ねられてきた一人の職人の想いを込めています。

この剣が今後どのような意味を持っていくのかも、少しずつ描いていければと思っています。

次回からは新たな舞台となる獣人族の国へ。

北方で続く異変の謎も、少しずつ動き始めます。

面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

次回もよろしくお願いいたします。

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