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転生研究者の異世界魔法論 ――魔法を科学したら最強になった件――  作者: 夜透


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片刃の刀身

北方遠征はドワーフ領で一息つきます。

今回は鍛冶師ドルガンとの再会、そしてドワーフに語り継がれる「異界の民」の伝承に迫ります。

世界の歴史へ繋がる、小さな謎の始まりを楽しんでいただければ幸いです。

 翌朝。

 ドワーフ領の朝は早かった。

 まだ太陽が山肌から顔を覗かせたばかりだというのに、街にはすでに槌音が響いている。

 カン――。

 カン、カン。

 規則正しい音が谷へ反響し、山全体を震わせていた。

 宿の窓からその音を聞きながら、アルは昨夜のことを思い返していた。

(異界の民……)

(あの片刃の剣……)

 眠れなかったわけではない。

 しかし、一度考え始めると頭から離れなかった。

 片刃。

 わずかに反った刀身。

 両手で握るための長い柄。

 そして、刃に浮かぶ波打つような模様。

(あれは本当に日本刀なんだろうか)

 アルは首を横に振る。

(いや、断言はできない)

 前世で日本刀を実際に手にしたことはない。

 博物館で見た記憶と、本や映像で得た知識しかない。

 真相を確かめたくて気が付けばまた、鍛冶区画に足を運んでいた。


 朝の鍛冶区画は、昨日以上に活気づいていた。

 炉へ火を入れる職人。

 鉱石を運び込む若いドワーフ。

 真っ赤に熱した鉄を運ぶ者。

 皆が忙しく動き回っている。

 その中を歩きながら、アルは昨日訪れた工房を目指した。

 やがて見覚えのある木製の看板が目に入る。

 ドルガンの工房だった。

 中からは、昨日と変わらぬ槌音が響いている。

 カン。

 カン。

 一定の間隔。

 アルは工房の入口で軽く頭を下げた。

「おはようございます」

 槌音が止まる。

 ドルガンはゆっくり顔を上げると、アルの姿を見て少し目を細めた。

「……昨日の坊主か」

「はい」

「朝早くからどうした」

 アルは少しだけ言葉を選んだ。

「昨日見せていただいた、あの片刃の剣のことがどうしても気になってしまって……」

「もう一度、見せていただけませんか」

 ドルガンはアルの顔をじっと見つめる。

 その視線は職人が素材を見極めるような鋭さだった。

「ただ珍しいから見たいって顔じゃねぇな」

 アルは苦笑する。

「そう……かもしれません」

「どうしても気になってしまって……」

「自分でも理由はうまく説明できないんですが」

 ドルガンはしばらく黙っていた。

 やがて小さく鼻を鳴らす。

「……いいだろう」

「こっちへ来い」

 工房の奥へ歩いていく。

 昨日と同じ場所。

 壁へ立て掛けられた一本の片刃の剣。

 ドルガンはそれを丁寧に持ち上げると、静かにアルへ差し出した。

「落とすなよ」

「はい」

 アルは両手で慎重に受け取る。

 思っていたより少し重い。

 だが重心は不思議なほど手元へ寄っていた。

 ゆっくりと鞘から抜く。

 スッ――。

 静かな音とともに刀身が姿を現した。

 朝日を受けた刃が白く輝く。

 緩やかな反り。

 片刃。

 細身の刀身。

 そして刃文のように揺らめく模様。

 アルは思わず息を呑んだ。

(やっぱり……)

(よく似ている)

 だが、すぐに違和感も覚える。

 反りは少し浅い。

 刀身もどこか厚みがある。

 握りの形も記憶の中のものとは微妙に違っていた。

(似ている)

(でも……)

(これを日本刀と言い切れるのか?)

 自問する。

 答えは出ない。

 前世でも日本刀の専門家ではなかった。

 知識だけで判断できるほど甘くはない。

 それでも、この剣にはどこか懐かしさを感じてしまう。

 アルが食い入るように刀身を見つめていると、ドルガンが静かに口を開いた。

「どうだ」

「とても美しい剣ですよね……」

「なんというか……引き込まれます」

 その返事に、ドルガンは小さく笑った。

「ほう」

「ますます面白ぇ坊主だな」

 そんなアルを見てドルガンは言った。

「俺たちドワーフ以外でこの剣にそんなに興味を持った奴は初めてだ」

「そうなんですか?」

「ああ。皆、片刃の剣なんて使い勝手悪いと思ってるんだ」

「刀身も細いし、人気無いんだけどな」

「俺はその認識も変えたい」

「この剣は……伝承の通りのものが出来たら、どんな剣よりも凄いはずなんだ」

 言葉を選びながら話して、ドルガンは静かに笑った。

 そしてドルガンはゆっくりと作業台へ歩み寄り、一冊の古びた帳面を取り出した。

 革表紙は色褪せ、角は擦り切れている。

 何代もの職人が受け継いできたことが、一目で分かる品だった。

「儂が若い頃、親方から渡された」

「そのまた親方も、さらに先代から受け継いだらしい」

 帳面を開く。

 そこには簡単な図と、短い文章が並んでいた。

 しかし、その多くは途中で途切れている。

「これが、異界の民から伝わったと言われる記録だ」

 アルは身を乗り出した。

 描かれているのは熱する炎の色。

 鉄の鍛え方。

 浮き出る波文の出し方。

 刀身を熱するときの温度。

 どれも断片的で、全体像はまったく見えない。

「……断片的にしか記されてないんですね」

「ああ」

 ドルガンは苦笑した。

「肝心なところが残っとらん」

「鍛え方も」

「焼きの入れ方も」

「何もかも中途半端だ」

 そう言うと、壁際へ立て掛けられた数本の片刃の剣へ視線を向けた。

 反りの浅いもの。

 逆に大きく反ったもの。

 幅の広いもの。

 細身のもの。

 どれも少しずつ形が違う。

「全部、儂が打った」

「これほど……」

 アルは思わず呟く。

「全部試作品だ」

「記録を頼りに、何百本、何千本と打ってきた」

「だが」

 一本を手に取り、静かに眺める。

「どれも違う」

「違う、ですか?」

「切れ味も」

「粘りも」

「しなりも」

「何かが足りん」

 ドルガンは刀身を指先で軽く弾いた。

 キィン――。

 澄んだ音が工房へ響く。

「異界の民が残した剣は、もっと美しかったと伝わっとる」

 その口調には悔しさが滲んでいた。

「だから儂は、まだ完成したとは思っとらん」

「百年以上打ち続けても、まだ届かん」

 アルは改めて手元の剣を見る。

 細身の刀身。

 滑らかな反り。

 刃には波打つような模様。

(やっぱり似ている)

(でも……)

(ドルガンさんが言うように、本来はもっと違うものなのかもしれない)

 前世の知識だけでは判断できない。

 むしろ、日本刀という言葉に引っ張られているのは、自分の方かもしれない。

 そう思うと、確信はますます遠ざかっていく。

 ドルガンはそんなアルの様子を見ながら、不意に問い掛けた。

「坊主」

「そこまで気になる理由は何だ?」

 アルの心臓が一瞬だけ跳ねた。

 もちろん、本当の理由は言えない。

 自分が転生者であることも。

 前世の記憶を持っていることも。

 創造主と出会ったことも。

 誰にも話していない。

 アルは一拍置いてから、小さく笑った。

「見たことのない形の剣だったので」

「完成したら、どんな武器になるのか気になってしまって」

 嘘ではない。

 ただ、本当の理由を隠しただけだった。

 ドルガンはじっとアルを見つめていたが、やがて豪快に笑った。

「はっはっは!」

「まあいい!」

 その言葉に、アルも苦笑するしかなかった。

 しかし心の中では、疑問はますます膨らんでいた。

(異界の民……)

(三百年以上前……)

(ただの伝説なのか……)

 答えは、まだどこにも見つからなかった。

 だからこそ確信が持てなかった。

(似ている)

(でも、本当にそれだけなのかもしれない)

 異世界で独自に生まれた武器が、偶然似た形になった可能性だってある。

 そう考えるたび、もう一度自分の目で確かめたくなった。

 (もっと知りたい)

(異界の民とは何者だったのか)

(そして、この剣は本当に――)

 アルの胸に芽生えた疑問は、むしろ深まるばかりだった。

 

第25話を読んでいただき、ありがとうございました。

今回は物語の本筋とは少し離れながらも、この世界の歴史へ繋がる新たな謎を描きました。

アルが感じた違和感は、今後の物語にも少しずつ影響していきます。

次回は各地で集められた情報が持ち寄られ、黒ローブや特殊魔石について新たな動きが始まります。

少しでも面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

次回もよろしくお願いいたします。

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