「異界の民」
ドワーフ領での滞在が本格的に始まります。
今回は職人の国ならではの文化や鍛冶の世界に触れながら、アルの研究者としての好奇心がさらに刺激されていきます。
どうぞ最後までお楽しみください。
鍛冶区画のさらに奥へ進むにつれ、人の数は少しずつ減っていった。
先ほどまで聞こえていた無数の槌音も、いつしか一つ、また一つと間隔が空いていく。
「この辺りは?」
アルが尋ねる。
「腕のいい職人ほど奥に工房を構えるんだ」
グランが答えた。
「見学客も少ねぇし、静かだから仕事に集中できる」
やがて一軒の工房の前で足を止める。
他の工房と比べても決して大きくはない。
しかし入口の柱には、何十年も使い込まれた跡が刻まれていた。
中からは一定のリズムで槌音が響いている。
カン──。
カン。
カン──。
一打一打が驚くほど正確だった。
「まだ打ってるな」
グランが苦笑する。
「昼も夜も関係ねぇ」
「この人、本当に鍛冶しか頭にねぇんだ」
工房へ入ると、熱気が一気に押し寄せてきた。
炉は真っ赤に燃え上がり、白い蒸気が立ち上っている。
一人の老ドワーフが、黙々と槌を振るっていた。
白く伸びた髭を無造作に束ね、汗を額から流しながら、一心不乱に鉄を打ち続けている。
周囲へ人が入ってきたことにも気付いていない。
「おい、ドルガン」
グランが声を掛ける。
返事はない。
カン。
カン。
槌音だけが工房へ響く。
「……また始まったか」
グランは肩を竦めた。
「こうなると終わるまで聞こえねぇ」
イザベラが苦笑する。
「アルみたいね」
「え?」
「研究に夢中になると話しかけても返事しないでしょう?」
「ははは」
一同から笑いが漏れた。
その時だった。
老ドワーフが最後の一打を打ち終え、大きく息を吐く。
真っ赤だった鉄を水へ沈める。
ジュワァァァッ――。
白い湯気が一気に立ち昇った。
そこでようやくこちらへ気付く。
「……おう、グランか」
「久しぶりだな」
「戻ってたのか」
「今戻った」
グランは笑いながらアルたちを紹介した。
「辺境伯領から来た客人だ」
「異変の調査で一緒になった」
ドルガンは無言で一同を見回す。
その視線は職人らしく鋭い。
だが敵意は感じられなかった。
「……そうか」
短く頷く。
「好きに見ていけ」
それだけ言うと、再び作業台へ向かった。
アルは工房を見渡す。
壁には様々な武器が掛けられていた。
大剣。
斧。
槍。
短剣。
どれも美しく仕上げられている。
しかし。
「……?」
部屋の隅。
一振りだけ、形の違う剣が立て掛けられていた。
細身。
片刃。
ゆるやかに反った刀身。
長い柄。
見慣れた西洋剣とは明らかに異なる。
アルは思わず足を止める。
(あれは……)
胸が高鳴る。
(まさか……)
無意識のうちに、その剣へ近付いていた。
ドルガンがその様子に気付く。
「ほう」
初めて少しだけ表情を変えた。
「坊主」
「そこへ目が行くか」
グランも驚いたように笑う。
「普通は完成した斧とか見るんだがな」
「やっぱりお前は変わってる」
アルは目を離せなかった。
刀身の反り。
片刃の造り。
柄の長さ。
細かな違いはある。
だが。
(日本刀に……似ている……)
思わず息を呑む。
この世界へ来て初めて目にする形だった。
ドルガンは腕を組み、小さく笑った。
「その剣が気になるか」
アルは静かに頷いた。
「はい」
「今まで見た剣と、まったく違います」
ドルガンはしばらくその剣を見つめる。
そして懐かしむように口を開いた。
「……昔々」
「この国へ、一人の"異界の民"が流れ着いたそうだ」
工房の空気が、少しだけ変わった。
アルの鼓動が一つ、大きく鳴った。
工房の空気が静まり返る。
ドルガンは壁へ立て掛けられた片刃の剣を静かに手に取った。
両手で包むように持つその姿からは、この剣に対する特別な思い入れが伝わってくる。
「今から三百年以上前の伝説みたいな話だ」
ゆっくりと口を開く。
「ドワーフには代々語り継がれてきた話がある」
「遠い異国から一人の旅人が現れたとな」
「異界の民?」
アルは思わず聞き返した。
ドルガンは小さく頷く。
「そう伝わっとる」
「その異界がどこの国なのか」
「どうやって来たのか」
「それは誰にも分からん」
「残っているのは、そいつを『異界の民』と呼んでいたという記録だけだ」
工房にいた職人たちも手を止め、静かに耳を傾けていた。
どうやらこの話は、ドワーフの間でもよく知られた伝承らしい。
「その異界の民は鍛冶師だった」
ドルガンは刀身へ視線を落とす。
「今まで誰も見たことのない形の剣を持ち込み、ドワーフへその技を教えたそうだ」
アルは静かにその剣を見つめる。
「その剣の切れ味としなやかさは、この世界のどの剣よりも優れていたという」
「今となっちゃぁ分からんがな」
細身の刀身。
片刃。
わずかな反り。
胸の鼓動が少しずつ速くなる。
(これはおそらく日本刀……)
(もし間違っていなければオレ以外の日本人が転生したのか?)
(創造主は何も言ってなかった……)
(どういうことだ……?)
(異界の民……)
(想像通りなら、ほかにも転生者がいたことになる……)
アルは動揺していた。
それを察したイザベラがアルに声をかけた。
「アル?大丈夫?」
アルはハッとして答えた。
「うん。大丈夫」
「とても珍しいから興奮しちゃって……」
笑いながら頭を掻いて誤魔化すのに必死だった。
「だが」
ドルガンは苦笑した。
「肝心な作り方までは残らなかった」
「残らなかった?」
「ああ」
「異界の民は長くは生きられなかったらしい」
「教えられたのはほんの一部だけ」
「残されたのは数本の剣と、断片的な記録だけだった」
ドルガンは作業台の上に置かれた古びた羊皮紙を手に取った。
そこには何枚もの図が描かれている。
鍛錬の順序らしき走り書き。
熱の入れ方を示すような記述。
しかし途中で途切れているものばかりだった。
「これが、その頃から伝わる資料だ」
「ほとんど読めん」
「何代もの鍛冶師が研究してきたが、完成形には辿り着けなかった」
ドルガンは静かに笑う。
「だから儂は挑み続けとる」
工房の隅には、何本もの片刃の剣が立て掛けられていた。
反りが浅かったり、逆に反り過ぎたもの。
どれも完成品とは呼べない。
失敗作。
いや、挑戦の積み重ねだった。
「全部……」
アルが思わず呟く。
「ああ」
「百年以上な」
ドルガンは何でもないことのように答えた。
その言葉に、アルは目を見開いた。
百年……。
伝わったのが三百年以上前……。
それ以来、転生者はいないのだろうか……。
もしかしたら今もどこかにオレ以外の転生者がいるかもしれない……。
アルの頭の中は「日本刀」らしきものと「異界の民」の事で頭がいっぱいだった。
第23話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回はドワーフ領の鍛冶文化と、一人の老鍛冶師・ドルガンとの出会いを描きました。
一つの技を何十年、何百年とかけて磨き続ける職人たちの姿は、アルにとっても強く心を惹かれるものだったと思います。
そして物語の最後には、「異界の民」という新たな言葉が登場しました。
この伝承が何を意味するのか。そして片刃の剣に秘められた歴史とは何なのか。
この先、北方遠征編の重要な要素として少しずつ明かされていきます。
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次回もよろしくお願いいたします。




