岩峰の国、ドワーフ領
北方遠征はいよいよドワーフ領へ。
今回は、アルたちが初めて山岳国家へ足を踏み入れ、ドワーフならではの文化や職人たちの暮らしに触れるお話です。
少しずつ広がっていく異世界の景色を、一緒に楽しんでいただければ嬉しいです。
採掘場を後にした一行は、再び山道を進み始めた。
日は高く昇り、岩肌を照らす陽光が白く反射している。
風は冷たい。
しかし谷間を吹き抜ける風は澄んでいて、不思議と歩き疲れを感じさせなかった。
アルは歩きながら周囲へ何度も視線を向ける。
切り立った岩壁。
山肌に穿たれた坑道。
露出した鉱脈。
目に映るもの全てが新鮮だった。
「落ち着きがねぇな」
グランが苦笑する。
「す、すみません」
「いや、別に悪かねぇ」
そう言って豪快に笑った。
「そんなに珍しいか?」
「はい」
アルは素直に頷く。
「僕、本で鉱山や鍛冶について読んだことはありました」
「でも実際に見るのは初めてなんです」
「本と実物では、やっぱり全然違います」
「ほぉ」
グランは感心したように頷いた。
「本だけじゃ分からねぇことも多いからな」
「はい」
アルは山肌を見上げながら続けた。
「岩の色も違いますし、地層の重なり方も面白いです」
「採掘する場所もちゃんと考えられているみたいで……」
「ほぉ?」
グランが興味深そうに聞き返す。
「どういうことだ?」
「崩れやすそうな場所は避けているんじゃないですか?」
「逆に岩盤がしっかりした場所を坑道にしているように見えます」
「ちゃんと安全性まで考えて造られているんですね」
グランは思わず目を丸くした。
「見るところが全然違うな」
「普通は山がでけぇとか、鍛冶場がすげぇとか言うもんだぞ」
「え?」
「僕、変ですか?」
「変だ」
即答だった。
そのやり取りに、一同から笑いが漏れる。
イザベラが肩をすくめた。
「アルらしいわ」
「景色を見ても学びにしちゃうんだから」
アルは照れくさそうに頭を掻いた。
「気になってしまうんです」
「どうやって造ったんだろうとか」
「どうしてここなんだろうとか」
「考え始めると止まらなくて」
その言葉にリシェルが優しく微笑む。
「知識を求める姿勢は、とても素敵だと思います」
「エルフにも、学びに一生をかけてる者がおります」
「本当ですか!」
アルの目が輝く。
「ぜひお話を聞いてみたいです」
「ふふ」
「里へ来た時に紹介できるかもしれません」
「ありがとうございます!」
その様子を見たグランが豪快に笑った。
「お前、本当に研究馬鹿だな!」
「誉め言葉として受け取ります。」
アルが真顔で返すと、一同から再び笑い声が上がる。
その笑いが落ち着いた頃、グランはどこか誇らしげに口を開いた。
「俺たちドワーフも似たようなもんだ」
「武器一筋」
「鎧一筋」
「百年以上、同じ物だけ作り続ける職人なんて珍しくねぇ」
「百年も……」
アルは感嘆の息を漏らす。
「長命種だからこそ積み重ねられる技術ですね」
「ああ」
「だから俺たちは腕一本で飯を食う。」
「技術だけは誰にも負けねぇ」
その言葉には、ドワーフとしての揺るぎない誇りが込められていた。
アルも自然と笑みを浮かべる。
「その積み重ねが、今のドワーフの国を造ってきたんですね」
「そういう歴史を、この目で見るのが楽しみです」
グランは満足そうに頷いた。
「だったら期待しとけ」
その時だった。
レオンが足を止める。
「見えてきた」
一行が顔を上げる。
山々の向こう。
巨大な岩壁の中腹に、人工物らしき影が見え始めていた。
遠目にも分かるほど巨大な石造りの建造物。
そこから立ち昇る白い煙。
風に乗って響く、かすかな金槌の音。
グランは誇らしげに笑う。
「さあ、驚け!」
「俺たちドワーフの国だ」
アルは思わず息を呑んだ。
これまで見てきたどの町とも違う。
山そのものと一体化した巨大な都市が、ゆっくりとその姿を現し始めていた。
「……すごい。」
アルの口から自然と言葉が漏れる。
巨大な山肌そのものを削り出して築かれた都市。
切り立つ岩壁には幾重もの通路が張り巡らされ、石造りの建物が階段状に並んでいる。
谷底から山腹へ。
さらに山頂近くまで。
都市そのものが山と一体化していた。
あちこちの煙突から白い煙が立ち昇り、乾いた風に乗って金属を打つ音が絶え間なく響いてくる。
カン、カン、カン――。
まるで山全体が巨大な鍛冶場だった。
「これが……ドワーフ領」
アルは目を輝かせる。
「アル」
イザベラが苦笑する。
「見るのは後」
「今はちゃんと歩きなさい」
「あ……はい」
慌てて返事をするものの、視線は相変わらず街並みに釘付けだった。
その様子を見てグランが豪快に笑う。
「ははは!」
「気に入ったみてぇだな!」
「想像以上でした」
アルは素直に答える。
「町というより、一つの巨大な建造物みたいです」
「その表現は悪くねぇ」
グランは満足そうに頷く。
「俺たちは山を削り、山と共に暮らす」
「だから家も道も全部山の一部なんだ」
やがて一行は巨大な城門へ辿り着いた。
高さは十メートルを優に超える。
分厚い鉄で補強された石門。
左右には屈強なドワーフ兵が槍を携えて立っていた。
「グラン殿!」
「戻られましたか!」
「ああ」
「族長に会いたい」
「重要な報告がある」
「取り次いでくれんか」
兵士の表情が引き締まる。
「承知しました。」
そして一行へ視線を向けた。
「……こちらの方々は?」
グランが紹介する。
「辺境伯領から来た冒険者たちだ」
「今回の異変を共に調査した」
「それと」
グランはアルへ目を向ける。
「辺境伯閣下の親書を預かって来ている」
兵士は驚いたように目を見開いた。
「辺境伯から……?」
人族の辺境伯から親書が届く。
それだけで尋常ではない案件なのだと、兵士は理解した。
姿勢を正し、深く一礼する。
「失礼いたしました」
「すぐ族長へ取り次ぎます」
そう言って一人の兵士が都市の奥へ駆けていった。
待つ間、もう一人の兵士が笑顔を見せる。
「旅路、お疲れでしょう」
「中へどうぞ」
一行は巨大な門をくぐった。
その瞬間。
「おお……」
アルは思わず声を漏らした。
街中には無数の鍛冶場。
真っ赤な炉。
巨大なふいご。
鉄を打つ職人たち。
武器だけではない。
鍋や農具、歯車のような部品まで並べられている。
どこを見ても職人が働いていた。
「凄い……」
アルは辺りを見回す。
「この町には鍛冶屋しかないんですか?」
その質問にグランが笑う。
「そんなわけねぇ」
「鍛冶屋しか見えねぇだけだ」
「酒場もある」
「市場もある」
「宿もある」
「ただ……」
少し胸を張る。
「ここは職人の国だからな」
その時。
ガンッ!!
ひときわ大きな槌音が響いた。
アルは思わず音のした方を振り向く。
一人の老職人が、赤熱した剣を力強く打っている。
何度も。
何度も。
迷いのない槌さばき。
その姿にアルは目を奪われた。
「見事ですね……」
思わず呟く。
グランも職人へ視線を向けた。
「あいつはこの里でも一、二を争う鍛冶師だ」
「若い頃から百年以上、剣だけを打ち続けてる」
「百年……」
アルは息を呑む。
一つの技術を磨き続ける人生。
それは研究者にも通じるものがある。
だからこそ、心を惹かれた。
「後で時間があれば紹介してやる」
グランが笑う。
「本当ですか!」
「ああ」
「ただし」
「質問攻めにするなよ?」
その忠告に一同が笑う。
アルは苦笑しながら頭を掻いた。
「……努力します」
その返事に再び笑い声が広がる。
ちょうどその頃。
先ほど奥へ向かった兵士が、小走りで戻ってきた。
「グラン殿」
「族長がお待ちです」
「客人の皆様もご案内いたします」
兵士は恭しく頭を下げた。
グランはゆっくりと頷く。
「行こう」
一行は兵士の案内に従い、都市のさらに奥へと歩き始める。
向かう先には、岩山をそのまま削り出して築かれた巨大な館がそびえていた。
いよいよドワーフ族長との会談が始まる。
辺境伯の親書。
黒ローブたち。
そして、あの禁忌の魔石。
北方の異変を巡る新たな手掛かりが、この山岳の国で明らかになろうとしていた。
第22話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回はドワーフ領への到着と、山と共に生きる職人たちの国の雰囲気を描いてみました。
アルにとっては、見るものすべてが新しい研究対象であり、その好奇心がますます膨らんでいきます。
次回はいよいよドワーフ族長との会談です。辺境伯の親書、禁忌の魔石、そして北方で起きている異変について、新たな手掛かりが明らかになります。
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次回もよろしくお願いいたします。




