岩峰の国を望む
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は、北方遠征の旅が本格的に進み、ドワーフ領へ向かう道中のお話です。
山岳地帯ならではの景色や文化、そして異種族との交流を通して、アルがこの世界を少しずつ知っていく様子を描いています。
物語の舞台が広がっていく雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。
旅は六日目を迎えていた。
朝靄の中、一行は野営地を後にする。
昨夜焚き火を囲んだ場所には、もう誰もいない。
燃え尽きた灰だけが、この場所に人がいた痕跡を静かに残していた。
「今日も天気は良さそうだな」
ガレスが空を見上げる。
雲ひとつない青空が広がっていた。
これほどの晴天なら旅も順調に進むだろう。
荷馬車がゆっくりと動き出す。
車輪が乾いた土を踏みしめ、静かな街道へ音を響かせた。
アルはいつものように周囲を見渡していた。
数日前まで続いていた深い森。
しかし今日は違う。
「……景色が変わってきましたね」
その言葉にグランが笑う。
「ああ」
「もう山の麓だからな」
アルは前方へ視線を向ける。
遠く。
空を突き刺すような巨大な岩山が幾重にも連なっていた。
朝日に照らされた灰色の岩肌が白く輝いている。
「すごい……」
思わず息を呑む。
辺境伯領でも山は見た。
しかし目の前の山々は比較にならない。
まるで大地そのものが壁になったかのような迫力だった。
「この急峻な壁……」
アルの呟きにイザベラが微笑む。
「ここまでの岩山は、人族の領内じゃあまり見られないものね」
「うん」
「まるで違う世界に来たみたいだ」
グランは得意げに胸を張った。
「実際、文化はまるで違うぞ」
「山は俺たちの家だからな」
「家?」
アルが首を傾げる。
「ええ」
今度はリシェルが口を開いた。
「エルフは深い森で暮らします」
「ドワーフは山で暮らします」
「獣人族は広い草原や森林を好みます」
「魔人族は人族に近い平地に暮らしますね」
「それぞれ、自然と共に生きているのです」
アルは手帳を取り出した。
さらさらと文字を書き込む。
「住む環境によって文化も発展も違う……」
「面白い……」
グランが苦笑する。
「また始まったな」
アルは少し照れ笑いを浮かべた。
「せっかく知らない土地へ来たので……」
「全部覚えて帰りたいんです」
「本当に勤勉だな」
グランは笑う。
「普通なら景色を眺めて終わりだ」
「いや」
アルは首を横へ振る。
「どうしてこの地形になったのか」
「どんな岩石なのか」
「どうやって街を造ったのか」
「考え始めると止まらなくて……とても興味が沸きます」
その言葉にガレスたちは顔を見合わせる。
イザベラが肩をすくめた。
「これがアルなのよ」
一同から笑いが漏れた。
歩みを進めるにつれ、森は徐々に姿を変えていく。
背の高い針葉樹は少なくなり、代わりに低木や岩肌が目立ち始めた。
地面には大小様々な石が転がっている。
街道も平坦ではなくなり、緩やかな上り坂が続く。
荷馬車を引く馬たちも、少しずつ歩幅を落としていた。
ドノヴァンが荷馬車の様子を確認する。
「少し休ませるか?」
ガレスは首を横へ振った。
「もう少し進もう」
「この先に湧き水があるはずだ」
「ガレスはこの辺の地形も知ってるの?」
アルが尋ねる。
「ああ」
「護衛依頼で何度か通ったことがある」
「山道は水場の場所を覚えてねぇと苦労する」
アルは感心したように頷く。
魔法だけではない。
冒険者として培われた経験もまた、生きる知恵なのだ。
やがて坂を登り切る。
その瞬間だった。
「おぉ……」
アルの口から思わず声が漏れた。
眼下には壮大な山岳地帯が広がっていた。
幾重にも重なる山々。
深い谷。
岩壁を流れ落ちる白い滝。
その景色は、人族領で見てきた森とはまるで違う。
自然の雄大さが、圧倒的な存在感を放っていた。
誰もすぐには言葉を発しない。
その静寂を破ったのはグランだった。
「歓迎するぜ」
誇らしげに笑う。
「ここからが俺たちドワーフの故郷だ」
アルはその景色から目を離せなかった。
未知の土地。
未知の文化。
そして未知の技術。
研究者としての胸が高鳴る。
(楽しみだ。)
(この世界には、まだ俺の知らないものがこんなにもある)
その思いを胸に、一行は山岳の国へ向けて再び歩き始めた。
一行は山道をさらに北へ進んでいた。
街道は次第に険しさを増し、左右を切り立った岩壁に挟まれる場所も増えていく。
土だった道はいつしか岩が敷き詰められた道へと変わり、荷馬車の車輪が石を踏むたび、ガタガタと乾いた音を響かせた。
「ここから先は本格的な山岳地帯だ」
先頭を歩くグランが振り返る。
「足元には気を付けろよ」
「思っていた以上に険しいですね」
アルは周囲を見回した。
見上げれば、空を覆うような岩壁。
谷底から吹き上げる冷たい風が頬を撫でる。
森の中とは空気そのものが違っていた。
湿った匂いは薄れ、代わりに岩肌と鉱物が混じったような乾いた香りが鼻をくすぐる。
「山そのものが生きているみたいだ……」
思わず漏れた独り言に、グランが笑った。
「その感覚は間違っちゃいねぇ」
「俺たちドワーフは、山に生かされてきた民族だからな」
「山に生かされる……」
「水も鉱石も住む場所も、全部山がくれる」
「だから俺たちは山へ感謝して暮らしてる」
グランの言葉には、誇りが滲んでいた。
しばらく歩くと、前方から金属を叩くような音が微かに聞こえてきた。
カン──。
カン、カン。
一定のリズムで響く音。
「この音は?」
アルが尋ねると、グランは口元を緩めた。
「もう近くに採掘場がある」
山道を曲がる。
その先には、岩山を削って造られた広場が広がっていた。
数十人ものドワーフたちが忙しそうに働いている。
巨大な荷車へ鉱石を積み込む者。
岩壁へツルハシを振るう者。
岩壁から切り出した岩を適当な大きさに切り出す者。
どこを見ても活気に満ちていた。
「すごい……」
アルは思わず立ち止まる。
前世での記憶にある採石場を思い出した。
規模は違う。
機械もない。
それでも、人の手だけでここまで整然と作業が行われていることに驚かされた。
「どうしたの?」
イザベラが笑う。
「いや……」
「作業分担が見事だなって」
「採掘、切り出し、運搬、それぞれ役割が決まってて」
「無駄が全然ない」
その視点にグランが目を丸くする。
「普通、そこを見るか?」
「え?」
「景色じゃなくて仕事の流れを見てる奴なんて初めてだぞ」
一同から笑いが漏れる。
アルは照れ笑いを浮かべた。
「つい気になって」
グランは腕を組んで頷く。
「本当に好奇心の塊だな」
その時だった。
ガレスが前方を指差す。
「あれを見ろ」
一行は視線を向ける。
岩山の斜面へ沿うように造られた巨大な石橋。
深い谷を跨ぎ、山と山を繋いでいる。
橋脚まですべて一枚岩から削り出したかのような造りだった。
「……すごい」
アルは思わず息を呑む。
「あれも全部、ドワーフのみんなで?」
「当たり前だ」
グランが胸を張る。
「ドワーフは岩を削るのも得意だからな」
「橋も坑道も家も基本、石造りだ」
アルは橋を食い入るように見つめた。
(継ぎ目がほとんど見えない)
(荷重計算も相当正確じゃないと構造を維持できないはず)
(どうやって施工したんだ……)
完全に研究者の顔になっている。
その様子を見たリシェルがくすりと笑った。
「アルさん」
「はい?」
「頭の中で橋を分解していませんか?」
図星だった。
「……少しだけ」
イザベラが苦笑する。
「目が輝いてるものね」
アルは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「だって、こんな建築技術、見たことがないからさ……」
「職人に会ったら質問攻めにしそうだな」
ガレスが笑う。
「それは……」
一瞬考え、
「多分します」
その素直すぎる返事に、一同は声を上げて笑った。
笑い声が山々へ反響していく。
険しい山道を歩いているはずなのに、不思議と疲れは感じなかった。
それほどまでに、この山岳の国には人を惹きつける魅力があった。
そしてアルの胸には、ドワーフという種族への興味がますます膨らんでいくのだった。
第21話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は山岳地帯へ入り、ドワーフの暮らしや文化の一端をご紹介しました。
戦闘よりも旅や世界観を中心にした回となりましたが、アルらしい「知りたい」という好奇心を感じていただけていたら嬉しく思います。
次回はいよいよドワーフ領へ到着し、族長との面会が始まります。
特殊魔石の謎や北方で起きている異変について、新たな情報も少しずつ明らかになっていく予定です。
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次回もよろしくお願いいたします。




