北方遠征
今回から新章です。
黒ローブたちとの戦いを経て、アルたちは辺境伯から正式な依頼を受け、北方各地を巡る長期遠征へと出発します。
旅の中で描かれる各種族との交流や、それぞれの文化、そして少しずつ明らかになっていく世界の謎を楽しんでいただけたら嬉しいです。
翌朝。
まだ朝靄の残る辺境伯領の城下町。
冒険者ギルドの前には、アズール・イージスとグラン達異種族調査隊の面々が集まっていた。
ガレスは愛用の大剣を背負い、イザベラは旅用のローブへ着替えている。フィオナは荷物の最終確認をし、ドノヴァンは荷馬車へ荷を積み込んでいた。
グランたちもそれぞれ旅支度を整えていた。
少し遅れてアルも姿を現す。
「おはようございます」
「おう、時間ぴったりだな」
ガレスが笑う。
「長旅になる。忘れ物はねぇか?」
「大丈夫です」
アルは背負った荷袋を軽く叩いた。
そこへローガンが姿を現した。
「全員揃ってるな」
その後ろにはエルディオンとセバスティアンの姿もあった。
一同は姿勢を正す。
エルディオンは静かに全員を見回した。
「本来なら私自身が各族長を訪ねたいところだ」
「だが領地を空けることはできん」
「よって諸君らへ、この役目を託す」
セバスティアンが一歩前へ出る。
銀の盆の上には、四通の封蝋が施された羊皮紙。
それぞれ異なる紋章が刻まれていた。
「こちらが親書でございます」
エルディオンが一本ずつ手に取る。
「これはドワーフ族長へ」
「こちらは獣人族長へ」
「そしてエルフ族長」
「最後に魔人族長へ宛てたものだ」
ガレスは両手で丁重に受け取る。
「必ず届けます」
エルディオンは頷いた。
続いて、小さな革袋が差し出される。
中には黒く濁った特殊魔石。
「これも預ける」
ガレスが慎重に受け取る。
「できるだけ多くの知見を集めてほしい」
「何か分かればすぐお知らせします」
「頼んだ」
短い言葉だった。
しかし、その一言には領主としての信頼が込められていた。
その時だった。
「そうだ」
ローガンが思い出したように声を上げる。
「今回の旅には、もう一つ持っていってもらうもんがある」
彼はギルド職員へ目配せした。
職員が木箱を運んでくる。
「これは?」
アルが首を傾げる。
蓋が開けられた。
中から姿を現したのは、一羽の大きな灰色の鳥だった。
鋭い嘴。
黄金色の瞳。
翼を広げれば、人の腕ほどもある。
しかし、不思議と威圧感はない。
「ホーク……?」
アルが呟く。
ローガンが笑う。
「ただの鳥じゃねぇ」
「メッセンジャーホークっていう魔物だ」
「魔物?」
グランたちも興味深そうに覗き込む。
「人は襲わねぇ」
「昔からギルドや領主、それに商会なんかで使われてる」
ローガンは鳥の首筋を優しく撫でた。
メッセンジャーホークは気持ち良さそうに目を細める。
「魔力登録した相手だけを覚える習性がある」
「一度覚えりゃ、何百キロ離れてても迷わず飛ぶ」
アルは目を輝かせた。
「そんな生き物が……」
思わず前へ出る。
「見ても?」
「ああ」
ローガンが頷く。
アルは恐る恐る羽へ触れた。
ふわりと柔らかい。
普通の鳥よりも温かく感じる。
「賢そうですね」
「賢いどころじゃねぇ」
ローガンが笑う。
「一日一回程度なら往復もできる」
「緊急時にはこれで連絡を寄越せ」
「こちらからも必要なら飛ばす」
ガレスが腕を組む。
「こいつなら各種族領で何か見つかってもすぐ報告できる」
「そのために持たせるんだ」
ローガンは真面目な顔になった。
「今回の件は何が起きるか分からねぇ」
「異変があればすぐ知らせろ」
「分かりました」
イザベラも静かに頷いた。
アルはメッセンジャーホークを見つめたまま考える。
(魔力を感知して目的地を特定しているのか……)
(帰巣本能だけじゃ説明できない)
(あとで鑑定してみたいな)
そんなアルの様子を見てイザベラが苦笑した。
「アル」
「はい?」
「珍しいのは分かるけど……準備しなさい」
「……はい」
全員が思わず笑う。
重苦しかった空気が、少しだけ和らいだ。
エルディオンも穏やかに口元を緩める。
「その好奇心が、お前の強さなのだろう」
アルは少し照れ臭そうに笑った。
「ありがとうございます」
エルディオンは改めて全員を見渡した。
「では頼んだ」
「この北方に何が起きているのか」
「必ず真実を持ち帰ってくれ」
ガレスが力強く頷く。
「行くぞ」
その一声で、一行は歩き始めた。
城門を抜ける。
見慣れた辺境伯領の街並みが、少しずつ遠ざかっていく。
目指すは北。
最初の目的地――ドワーフ領。
約一週間に及ぶ旅路が、今始まった。
辺境伯領を出発して三日。
一行は北へ向かう街道を進んでいた。
石畳はとうに途切れ、踏み固められた土の道が森の中へと続いている。
左右には背の高い針葉樹が立ち並び、木漏れ日が揺れていた。
「いやぁ、平和だな」
グランが大きく背伸びをする。
「三日前まで命懸けだったとは思えねぇ」
「そうですね」
リシェルも柔らかく笑う。
「森も落ち着いています」
イザベラが辺りを見回した。
「魔力の流れも正常ね」
前回調査した森とは違う。
魔物の気配はあるものの、不自然な殺気や禍々しい魔力は感じられなかった。
ガレスも頷く。
「これが本来の森だ」
「このくらいなら依頼としても普通だな」
アルは歩きながら周囲を眺めていた。
鳥のさえずり。
風に揺れる木々。
遠くを流れる小川の音。
(前世じゃ研究室に籠もってばかりだったな)
こんな景色をゆっくり眺める余裕などなかった。
そう思うと、不思議と胸が軽くなる。
「アル」
隣を歩くリシェルが声を掛けた。
「はい?」
「あなたは本当に十五歳なのですか?」
突然の質問だった。
アルは苦笑する。
「よく言われます」
「普通、あの年齢で薬草を見分けたりしません」
「それに」
リシェルは少し笑う。
「植物を見る目が研究者みたですね」
アルは少し照れた。
「興味があるだけですよ」
「知らないことを知るのが好きなんです」
「知識欲、ですか」
「はい。」
リシェルは優しく頷いた。
「エルフにも似た者はいます」
「百年、二百年と植物だけを研究する者もいますから」
「そんなに!」
アルの目が輝く。
「ぜひ話を聞いてみたいです!」
その様子にリシェルは思わず笑った。
「里へ来たら紹介しましょう」
「本当ですか!」
その会話を聞いていたグランが豪快に笑う。
「ははは!お前、本当に研究馬鹿なんだな!」
「研究馬鹿?」
「誉め言葉だ」
「ドワーフにも職人気質の奴は山ほどいる」
「百年同じ武器だけ作り続けるような奴もな」
「百年……」
アルは思わず呟く。
「長命種って凄いですね」
「人族じゃ真似できねぇ」
グランは笑った。
「その代わり頑固だぞ」
「それは楽しみです」
「楽しみなのかよ!」
一同から笑いが漏れた。
旅の空気は穏やかだった。
その時。
レオンが合図した。
「止まれ」
全員が足を止めた。
「二時の方向」
「おそらく……数、三」
ガレスがゆっくり大剣を抜く。
茂みが揺れる。
ガサッ。
飛び出してきたのは灰色の毛並みを持つ三頭のウルフだった。
「問題ない。普通のウルフだ」
レオンが冷静に告げる。
「腹を空かせてるだけだな」
「俺が行く」
ドノヴァンが前へ出る。
盾を構える。
一頭が飛び掛かった。
「はっ!」
ガンッ!
盾で受け止める。
体勢を崩したところへ、
ガレスの大剣が閃いた。
ズバッ。
一頭が倒れる。
残る二頭は左右へ散る。
「リシェル!」
「はい」
リシェルが短く詠唱する。
「《ウィンドカッター》」
風刃が一頭を切り裂く。
最後の一頭は逃げようとした。
「逃がさねぇ。」
グランの戦斧が豪快に振り下ろされる。
ドンッ。
ウルフはその場へ倒れた。
戦闘は一分も掛からなかった。
ガレスが剣を納める。
「これが普通の戦闘だよな」
「やっぱり前回は異常だったんだよな」
アルも頷く。
魔物は魔物らしく行動していた。
仲間同士で連携することもない。
命令されている様子もない。
(やっぱり……)
(黒ローブ達が特別だったんだ)
そう改めて実感するのだった。
その日の夕刻。
一行は街道から少し外れた開けた場所で野営の準備を始めていた。
近くには小川が流れ、薪にも困らない。
ガレスは周囲を見回しながら頷いた。
「今日はここにしよう。」
「レオン、周囲の警戒を頼む。」
「ああ。」
レオンは弓を肩に掛けたまま森の中へと姿を消した。
ドノヴァンは荷馬車から鍋や調理道具を降ろし、フィオナとイザベラが夕食の支度を始める。
その一方で、グランは近くに転がる丸太を軽々と持ち上げると、焚き火の周りへ豪快に並べ始めた。
「これで椅子代わりになるだろ」
「ありがとうございます」
アルが礼を言う。
「こんなの朝飯前だ」
グランは笑いながら太い薪を真っ二つに割った。
その腕力にアルは思わず感心する。
「やっぱりドワーフ族は力が強いんですね」
「まあな」
グランは胸を張る。
「鍛冶師は毎日鎚を振るうからな」
「自然とこうなる」
「鍛冶……」
アルの目が輝いた。
「ドワーフ領では色々見学できますか?」
「ははは!」
グランが豪快に笑う。
「まず最初にそこか!」
「アルらしいな!」
「ははは……」
アルは照れ笑いを浮かべた。
その素直な返事に、一同から笑いが漏れる。
焚き火へ火が入る。
ぱちぱちと薪が爆ぜる音が静かな森へ響いた。
やがて鍋から香ばしい匂いが漂い始める。
「できましたよ」
フィオナが優しく声を掛ける。
今日の夕食は、道中で仕留めたウルフの肉を使ったスープと、焼きたての黒パンだった。
「いただきます」
全員が手を合わせる。
アルがスープを一口飲む。
温かい。
疲れた身体へじんわりと染み渡る。
「美味しい……」
「そうでしょう?」
フィオナが微笑む。
「旅の料理は温かさが一番ですから」
その時だった。
グランが荷袋から一本の瓶を取り出した。
「さて」
「飯にはこれだ」
琥珀色の液体が入った酒瓶だった。
「ドワーフ酒だ」
ドノヴァンの目が輝く。
「おっ!」
「いいのか?」
「もちろん」
グランは豪快に笑う。
「うちじゃ酒は挨拶みてぇなもんだ」
するとリシェルが呆れたように肩を竦める。
「また始まりました」
「ドワーフ族は本当にお酒がお好きですね。」
「当たり前だ!」
「鍛冶仕事の後の一杯以上に旨いもんはねぇ!」
カインも苦笑する。
「獣人族も酒は飲むが、お前たちほどじゃない」
アルは興味深そうに瓶を眺めた。
「どんな味なんですか?」
グランが瓶を差し出そうとする。
「飲んでみるか?」
その瞬間。
「駄目です」
イザベラが即答した。
「アルはまだ子どもです」
「ですよね……」
アルは苦笑した。
グランは肩を震わせながら笑う。
「悪ぃ悪ぃ」
「あと三年待て!」
焚き火の周りは笑い声に包まれた。
戦いの緊張は、少しだけ遠ざかっていた。
食事を終え、それぞれが思い思いの時間を過ごす。
アルは少し離れた岩へ腰掛け、夜空を見上げた。
無数の星々。
街では見えないほど鮮明だった。
「眠れませんか?」
静かな声が掛かる。
振り向くと、そこにはセレスが立っていた。
「いえ」
「星が綺麗だったので」
セレスも隣へ腰を下ろす。
しばらく二人は無言で空を眺めた。
やがてセレスが小さく口を開く。
「……あの魔石のことを考えていました」
アルは静かに頷く。
「僕もです」
「文献には、どんなことが書かれていたんですか?」
セレスは少し考える。
「詳しい作り方までは残っていません」
「ただ」
「禁忌と……そう書かれていました」
短い言葉だった。
だが、その響きは重い。
「誰も作ってはいけないもの」
「存在してはいけないもの」
焚き火の明かりが、セレスの横顔を淡く照らす。
「だから伝承だと思っていました」
「実在するなんて……」
その表情には、不安が滲んでいた。
アルも拳を握る。
(禁忌……)
(やっぱり普通の魔石じゃない)
鑑定結果は誰にも話していない。
だが、セレスの話を聞けば聞くほど、自分が見た情報と一致していく。
胸の奥に、言いようのない嫌な予感が広がっていった。
その時。
「二人とも」
ガレスが声を掛ける。
「明日も早ぇ」
「交代で見張りに立つ」
「今日はしっかり休め」
「はい」
二人は立ち上がった。
焚き火の火は静かに揺れている。
その温もりとは裏腹に、アルの胸には特殊魔石という新たな謎が、静かに燻り続けていた。
第20話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は新章の導入として、遠征の始まりと旅の雰囲気を中心に描きました。
戦闘だけでなく、異種族との何気ない会話や野営など、アルたちが旅を通して少しずつ世界を知っていく様子も、この章の見どころです。
次回からはいよいよ最初の目的地、ドワーフ領へ向かいます。
そこで待つ新たな出会いや、特殊魔石に関する手がかりにもご期待ください。
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次回もよろしくお願いいたします。




