報告
今回は、森での出来事をギルドへ報告する回となります。
戦いは終わりましたが、事件の全容はまだ見えません。
少しずつ明らかになる謎と、それぞれの思惑を楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、本編をお楽しみください。
ギルド二階の会議室、一階の喧騒は嘘のように遠ざかった。
部屋にはギルドマスター・ローガンを中心に、アズール・イージスの面々、そして異種族調査隊のグラン、リシェル、カイン、セレスが並んでいる。
ローガンは全員の表情を一人ずつ見回した。
普段なら冗談の一つでも飛ばす男だったが、今は違う。
誰一人として笑っていなかった。
「人為的とはどういうことだ?」
低く呟き、腕を組む。
「魔物を人が操ってるとでもいうのか?」
「そんなこと聞いたこともないぞ」
「詳しく聞かせろ」
ガレスは静かに頷いた。
「最初は縄張り争いか、繁殖期による暴走かとも考えたが……」
「現地へ着いてすぐ、その考えは間違いだと分かった」
ローガンは黙って耳を傾ける。
「通常じゃあり得ねぇが、種の違う魔物が一緒になって暴れていた」
「しかも連携まで取ってやがった」
ローガンの眉がわずかに動く。
「連携?」
「ああ」
「偶然とは思えねぇ」
「誰かが意図的に誘導してるとしか考えられねぇ」
その言葉に、部屋の空気が重くなる。
ローガンは静かに顎へ手を当てた。
「それで?」
「森の奥で、こいつらと遭遇した」
ガレスがグランたちへ視線を向ける。
「彼らも各種族から派遣された調査隊だった」
ローガンは驚いたように目を細める。
「あんたたちも動いていたのか」
今度はグランが口を開いた。
「俺たちドワーフの領域でも異常は起きていた」
「魔物が突然凶暴化し、縄張りを無視して暴れ始めた」
続いてリシェルが静かに言葉を継ぐ。
「エルフの森でも同じです」
「精霊たちが怯え、森全体が落ち着きを失っていました」
カインも腕を組んだまま短く言う。
「獣人族領でも似た報告が上がっている」
ローガンは息を吐いた。
「つまり……」
「人族だけの問題じゃねぇってことか」
「ああ」
ガレスは頷く。
「だから共闘することになった」
「原因を探るためにな」
ローガンはゆっくりと椅子へ深く腰掛ける。
予想以上に話が大きい。
領地一つでは済まない。
そんな予感が胸をよぎる。
「……それで、原因は見つかったのか」
部屋が静まり返った。
ガレスは僅かに視線を伏せる。
「見つけた」
「だが、それは魔物じゃなかった」
ローガンの表情が険しくなる。
ガレスは静かに続けた。
「黒いローブを纏った三人組だ」
人じゃなく魔物が原因だと思っていたローガンは、思わず目を見開いた。
その一言で、会議室の空気がさらに張り詰める。
ローガンは腕を組んだまま静かに言った。
「黒いローブ?」
ガレスは頷く。
「あいつらは森の奥で魔法陣を展開していた」
「周囲には干からびた魔物の死骸が大量に転がっていた」
ローガンの眉間に皺が寄る。
「干からびた……?」
「ああ」
「血も魔力も根こそぎ抜き取られたような有様だった」
グランも静かに続ける。
「俺たちも最初は魔物同士の争いかと思った」
「だが違った」
「明らかに何者かが儀式のようなものを行っていた」
ローガンの表情が険しくなる。
「儀式だと……」
ガレスは頷いた。
「こちらに気付いた途端、奴らは魔物をけしかけてきた」
その言葉に、ローガンは小さく舌打ちする。
「そいつらは魔物を思い通りに動かせるのか」
「ああ」
「だから、俺たちも応戦するしかなかった」
ガレスは一度だけアルへ視線を向ける。
アルは黙って俯いていた。
「敵は三人」
「連携も見事だった」
「正直、俺たちだけなら苦戦していたと思う」
ローガンは少し意外そうな顔をする。
「お前がそこまで言う相手か」
「それだけ強かった」
ガレスは迷いなく答えた。
「統率も動きも、まるで訓練された兵士みてぇだった」
リシェルも静かに補足する。
「撤退の判断も早く、互いを守る動きにも無駄がありませんでした」
「一朝一夕で身につくものではありません」
「組織……か」
ローガンが低く呟く。
部屋の空気はさらに重くなる。
やがてガレスは静かに息を吐いた。
「結果として戦いには勝った」
「三人のうち二人は戦死」
「一人だけ生き残った」
ローガンが身を乗り出す。
「捕らえたのか」
「ああ」
「フィオナが治癒して、尋問できる状態までは戻した」
フィオナが苦い表情で頷く。
「命だけは繋ぎ止められたと思ったんです」
言葉を詰まらせる。
ローガンは察したように静かに促す。
「続けろ」
「突然笑ったんです」
応接室が静まり返る。
「そして懐から小瓶を取り出して……」
「迷うことなく飲み干しました」
「毒か」
「はい」
「すぐに解毒も治癒も重ねました」
「でも……」
フィオナは悔しそうに拳を握る。
「効きませんでした」
ローガンの目が鋭くなる。
「普通の毒じゃねぇな」
「私も初めて見ました」
「命そのものを削り取るような感じでした」
部屋の誰も言葉を発しない。
静寂の中、ガレスが低く口を開いた。
「死ぬ直前」
「あいつはこう言った」
ガレスは当時を思い返すように目を閉じる。
「――神の御心のままに」
その一言が応接室へ重く落ちた。
ローガンは何も言わない。
腕を組んだまま、長い沈黙を続ける。
やがて静かに呟いた。
「宗教……か?」
するとセレスがゆっくり首を横へ振った。
「おそらくは……」
「命令を絶対視している者の目でした」
カインも短く頷く。
「捕まるくらいなら死を選ぶ」
「普通の盗賊連中にできる事じゃない」
ローガンはゆっくり息を吐く。
「何者なんだ……」
「かなり根が深そうだな」
ガレスは静かに頷いた。
「そして」
「もっと厄介な物も見つかった」
そう言うと、机の上へ一つの革袋を置く。
部屋にいる全員の視線が、その袋へ集まった。
ガレスは机の上へ置いた革袋を静かに開いた。
中から現れたのは、拳ほどの大きさを持つ黒く濁った魔石。
部屋の灯りを受けても鈍く光るだけで、美しい輝きは一切ない。
むしろ見つめているだけで胸の奥がざわつくような、不気味な存在感を放っていた。
ローガンはゆっくりと手を伸ばす。
「これが……」
慎重に持ち上げる。
ずしりとした重み。
普通の魔石と変わらないはずなのに、どこか嫌な感触が手へ伝わってきた。
「妙だな……」
魔力を流し込んでみる。
しかし反応はない。
魔道具へ使われる通常の魔石とは明らかに違っていた。
「こんな魔石は見たことがねぇ」
静かな一言だった。
だが、その場にいた誰もが同じ気持ちだった。
「俺たちも初めて見た」
グランが腕を組む。
「ドワーフの里にもこんな物は存在しない」
リシェルも続く。
「エルフ族にも記録はありません」
「精霊石とも全く違います」
カインは短く言った。
「獣人族でも見たことはない」
ただ一人。
セレスだけは魔石を見つめ続けていた。
ローガンが視線を向ける。
「何か知っているのか」
セレスは少しだけ迷うように唇を噛む。
「知っている……というより」
「昔、文献で読んだことがある」
一同の視線が集まる。
「命を材料にして造る魔石がある、と」
部屋の空気が一瞬で凍り付いた。
「……何だと?」
ローガンが低く問い返す。
セレスは小さく頷く。
「子どもの頃に読んだ、古い禁書で」
「実在しない伝承の類だと思ってた」
「でも……」
目の前の魔石を見つめる。
「この禍々しい気配だけは、記述とよく似ているの」
誰も口を開けなかった。
命を材料にする。
そんな魔石が本当に存在するのなら。
黒ローブたちの儀式。
干からびた魔物。
そして森に転がっていた死骸。
すべてが一本の線で繋がってしまう。
ローガンは深く息を吐いた。
「……笑えねぇ話だ」
そう呟くと魔石を革袋へ戻した。
「この件はギルドだけで抱え込める話じゃない」
ガレスも頷く。
「ああ」
「俺もそう思う」
ローガンは静かに立ち上がった。
「今すぐ辺境伯へ報告する」
「このまま放置すれば、領地だけの問題じゃ済まなくなる」
誰も異論はなかった。
ガレスたちも立ち上がる。
「全員で行こう」
一行は会議室を後にした。
ギルドを出ると、夕暮れの城下町は少しずつ夜の気配へ染まり始めていた。
ローガンを先頭に歩き出す。
その後ろをガレスたちが続く。
さらに異種族調査隊も歩き出した。
やがて領主邸が見えてくる。
白い石造りの屋敷。
辺境伯領の中心として威厳を放つ建物だった。
門前で衛兵が敬礼する。
「アル様、お帰りなさいませ」
「アズールの皆さま、ローガン殿ご苦労様です」
そして異種族調査隊の面々に目をやり、
そちらの方々はお客人でいらっしゃいますか?」
アルが答える。
「父上に至急の報告があるんだ」
「僕がみんなを案内するから先に取り次いでもらえるかな」
ローガンが続いて言う。
「緊急の案件だとお伝えいただきたい」
衛兵は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに姿勢を正す。
「承知しました」
「ただちにお取次ぎいたします」
そう言って屋敷の中へ駆け込んでいった。
その様子を見つめていたグランが、小さくアルへ視線を向ける。
「おまえ……領主の息子なのか?」
アルは少し困ったように笑った。
「えっと……。」
言い淀むアルに代わって、ガレスが肩を竦める。
「言ってなかったか」
「こいつはアルフレッド・フォン・ヴァルクレイン」
「辺境伯閣下の次男坊だ」
一瞬。
空気が止まった。
「……は?」
グランが固まる。
リシェルも目を見開いた。
「え……?」
セレスはアルと屋敷を何度も見比べる。
カインですら珍しく驚きを隠せなかった。
「領主の……息子?」
アルは照れ臭そうに頭を掻く。
「黙っていて、ごめんなさい」
グランは思わず頭を抱えた。
「いやいやいや!」
「普通言うだろ!」
「領主の息子が最前線で魔物と戦うなんて聞いたことねぇぞ!」
その言葉に場の空気が少しだけ和らぐ。
だが、その空気も屋敷の扉がゆっくりと開くと同時に再び引き締まった。
執事セバスティアンが一礼する。
「皆様、お待ちしておりました」
「旦那様がお会いになります」
ローガンは静かに頷いた。
「行こう」
領地の未来を左右する報告が、今まさに始まろうとしていた。
第18話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は戦闘後の報告が中心となりましたが、黒ローブたちの目的や特殊魔石など、新たな謎がさらに深まる回でもありました。
そして最後には、アルの正体を知ったグランたちの反応も描いています。
次回はいよいよエルディオンも交え、この異変への本格的な対応が動き始めます。
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次回もよろしくお願いいたします。




