帰還
黒ローブとの戦いを終えたアルたち。
しかし、残されたのは勝利ではなく、多くの謎でした。
今回は、それぞれが戦いの意味を受け止め、新たな事件の幕開けとなる一話です。
どうぞお楽しみください。
森は静まり返っていた。
先ほどまで轟いていた雷鳴も、剣戟の音も、今は風に揺れる枝葉の音へと変わっている。
焦げた木々からは細く白煙が立ち昇り、鼻を刺す焦臭さだけが戦いの激しさを物語っていた。
誰も口を開かない。
それぞれが倒れた黒ローブたちを見つめていた。
ガレスはゆっくりと大剣を鞘へ収める。
「……終わったな」
低く漏れたその一言で、ようやく張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
レオンは最後まで森の奥へ視線を向けていたが、小さく息を吐く。
「周囲にも魔物の気配は感じない」
「ひとまず安全だ」
ドノヴァンも盾を背へ戻した。
グランは倒れた黒ローブを見下ろしながら腕を組む。
「後味の悪い戦いだったな」
「ああ」
ガレスも短く頷いた。
敵を倒したという達成感は誰の表情にもない。
残ったのは不可解さだけだった。
魔物の異常行動。
黒い魔法陣。
命を絶ってまで秘密を守ろうとした黒ローブ。
そして――あの禍々しい特殊魔石。
何一つ説明がつかない。
フィオナは亡くなった黒ローブたちへ静かに目を伏せた。
「結局……何も聞けなかったわね」
「情報を持ち帰るしかねぇ」
ガレスは革袋へ収めた特殊魔石へ視線を落とした。
「この魔石だけが唯一の手掛かりだ」
アルも無言で頷いた。
しかし、その視線は黒ローブではなく、自分の右手へ向けられていた。
(……)
まだ僅かに震えている。
戦いの興奮ではない。
別の感覚だった。
(俺は……)
ゆっくりと拳を握る。
二人。
自分の雷魔法で命を落とした。
守るためだった。
仲間を助けるには、あれしか方法はなかった。
頭では理解している。
それでも胸の奥には、重たい何かが残っていた。
前世では研究者だった。
実験器具は扱っても、人の命を奪うことなど一度もなかった。
(これが……)
(命を奪うということか)
胸の奥が静かに痛む。
イザベラがそんなアルへ気付く。
「アル」
優しく肩へ手を置いた。
「……大丈夫?」
アルは少しだけ笑顔を作る。
「うん」
「少し疲れただけ」
本当は違う。
だが、この場で話すことではない。
イザベラも深くは聞かなかった。
ただ優しく微笑み、小さく頷く。
ガレスは全員を見渡した。
「ここで考えていても仕方ねぇ」
「帰るぞ」
その一言で皆が頷いた。
しかし、そこでガレスはグランたち異種族の一団へ身体を向ける。
「お前たちはどうする?」
グランたちも顔を上げた。
「俺たちはギルドへ報告しなきゃならん」
「魔物の異常も、黒ローブどもも、全部だ」
そう言って革袋を軽く叩く。
「もちろん、この魔石もな」
少し間を置いて続ける。
「良ければ一緒に来ないか?」
「証言も欲しい」
「それに、お前たちも今回の当事者だ」
グランは腕を組み、リシェルへ視線を送る。
「私は構わない」
リシェルも静かに頷く。
「私も異論はありません」
二人は同時に後ろを振り返った。
「どうする?」
その視線の先にはカインとセレス。
カインは露骨に眉をしかめた。
「人族の街か……」
その声音には警戒が滲んでいる。
これまで幾度となく経験してきた差別。
人族への不信感は簡単には消えない。
沈黙が流れる。
その時だった。
「行く」
静かな、それでいて力強い声が響く。
セレスだった。
彼女は真っ直ぐガレスを見る。
「そのおかしな魔石」
「私たち魔人族にも見せてほしい」
全員の視線が集まる。
セレスは続けた。
「こんな魔石は見たことがない」
「でも……」
「どこか胸騒ぎがする」
「一族なら、何か知っているかもしれない」
その言葉にリシェルも小さく頷いた。
「私も賛成です」
「エルフにも古い文献が残っているかもしれません」
グランも笑う。
「ドワーフも鉱石や魔石の研究は得意だからな」
「族長にも見せてみたい」
全員の視線が最後にカインへ向く。
カインは面倒そうに頭を掻いた。
「……ったく」
「そこまで言うなら仕方ねぇ」
「俺も行ってやる」
そしてガレスを睨む。
「その代わり条件がある」
「その魔石は俺たち獣人族の族長にも見せろ」
ガレスは力強く頷いた。
「わかった」
「ギルマスターにもその旨を伝える」
「善処してもらえるよう俺から進言しよう」
その言葉に、ようやく全員の意見が一致した。
二つの冒険者パーティーは顔を見合わせ、小さく頷く。
事件は終わっていない。
むしろ、ここから始まる。
そう誰もが感じていた。
ガレスは森の出口へ歩き出す。
「行くぞ」
夕暮れの光が木々の隙間から差し込み、二つのパーティーは静かに辺境伯領への帰路についた。
森を抜ける獣道を、一行は静かに歩いていた。
しばらく無言が続いたあと、不意にグランが口を開いた。
「……なあ、坊主」
アルは顔を上げる。
「はい?」
「一つ聞いていいか?」
「はい」
グランは頭を掻きながら苦笑した。
「さっきの魔法だ」
「あれは何だった?」
その一言で、一行の足がわずかに緩む。
リシェルもセレスも、そしてカインまでアルへ視線を向けていた。
「俺たちは長年冒険者をやってきた」
「魔法使いとも何人も組んできた」
「だが……」
グランは首を振る。
「あんな魔法は見たことがねぇ」
リシェルも静かに続ける。
「詠唱がありませんでした」
「魔法陣も見えませんでした」
「それなのに、あれほど強力な魔法を連続で発動した」
「しかも」
一度言葉を切る。
「四属性を自在に使っていました」
エルフである彼女だからこそ、その異常さが理解できる。
通常、人が扱える属性は一つ。
多くても二つ。
それが世界の常識だった。
セレスも真剣な表情で尋ねる。
「あなた……何者なの?」
アルは困ったように笑うしかなかった。
「いや……」
「あれは夢中だったというか……」
「仲間を助けようと思ったら身体が勝手に」
その答えに、全員が揃って苦笑した。
「そんな説明で納得できるか」
グランが肩を竦める。
「普通は夢中になっても四属性なんて使えねぇ」
「それも、あの威力でな」
アルは返す言葉を失う。
どう説明すればいいのか、自分でも分からなかった。
前世の科学知識。
創造主から授かった膨大な魔力。
鑑定眼。
そのどれを話しても理解されるとは思えない。
困っていると、不意にイザベラが前へ出た。
「皆さん」
穏やかな声だった。
「お願いがあります」
一同の視線がイザベラへ集まる。
彼女はゆっくり頭を下げた。
「今日見たことは、どうか他言しないでください」
グランが眉を上げる。
「秘密ってことか?」
「はい」
イザベラは真剣な表情で頷いた。
「アルには事情があります」
「ですが、それを詳しく話すことはできません」
セレスが首を傾げる。
「信用しろ、と?」
「ええ」
イザベラは迷わなかった。
「私はアルの魔法教師です」
「この子が危険な存在ではないことだけは、私が保証します」
フィオナも静かに口を開いた。
「私も保証するわ」
「アルは誰かを傷付けるために力を使う子じゃない」
「今日だって、私たちを守るためだった」
ドノヴァンが大きく頷く。
「命を救われたのは事実だ」
「俺たちは文句なんかねぇ」
レオンも珍しく柔らかな表情を見せた。
「むしろ借りができた」
「感謝こそすれ、疑う理由はない」
ガレスも振り返る。
「俺からも頼む」
「アルのことは伏せておいてくれ」
「ギルドへは必要最低限しか報告しねぇ」
「余計な騒ぎは避けたい」
しばらく沈黙が流れる。
やがて、最初に口を開いたのはリシェルだった。
「……分かりました」
「命を救われた恩があります」
「私から話すことはありません」
グランも豪快に笑う。
「俺も口は堅いぞ」
「酒の席でも喋らねぇ」
「安心しろ」
カインは腕を組んだまま鼻を鳴らす。
「別に人族の秘密なんざ興味ねぇ」
最後にセレスがアルを見る。
「でも、一つだけ」
「あなたは、自分の力をちゃんと理解して」
「今日の雷……」
「あれは、一歩間違えれば森ごと消えていたかもしれない」
その言葉にアルは息を呑んだ。
否定できなかった。
あの瞬間、自分でも制御できるか分からなかったのだから。
「……はい」
小さく頷く。
「もっと勉強します」
その返答にイザベラは思わず笑ってしまう。
「あなたらしい答えね」
アルも少しだけ笑った。
「研究者ですから」
その言葉に一同から小さな笑いが漏れる。
重苦しかった空気が、少しだけ和らいだ。
だが、その笑顔の裏で。
アルは心の中で静かに誓っていた。
(もっと知らなければ)
(もっと理解しなければ)
(この力を)
(そして――)
黒ローブたちが残した、あの謎を。
森を抜ける風が、静かに一行の背を押していた。
木々の切れ間から、高くそびえる石造りの城壁が姿を現した。
辺境伯領――ヴァルクレインの城塞都市。
夕日に照らされた城壁を見上げると、一行の誰もが小さく安堵の息を漏らした。
「帰ってきたな。」
ガレスが呟く。
門番の兵士たちは近付いてくる二つのパーティーを認めると、すぐに表情を引き締めた。
「ガレスさん!」
「ずいぶん遅かったですね。」
いつもなら軽口の一つでも返すガレスだったが、今日は違った。
「門を開けてくれ」
「緊急の案件がある」
その一言だけで、兵士の顔色が変わる。
「は、はい!」
重々しい音を立てながら門が開かれ、一行はそのまま街へ入った。
普段なら賑わう夕暮れの市場も、アルの目にはどこか遠く感じられる。
子どもたちの笑い声。
店主たちの呼び込み。
焼き立てのパンの香り。
どれも先ほどまで命を懸けていた森とは、まるで別世界だった。
グランが辺りを見回す。
「思ったより大きな街だな」
「辺境って聞いてたから、もっと小さいかと思ってた」
ドノヴァンが笑う。
「辺境伯領だからな」
「王都ほどじゃねぇが、この辺りじゃ一番栄えてる」
リシェルは興味深そうに建物を眺めている。
「人族の街へ来るのは久しぶりです」
一方、カインだけは周囲を警戒するように歩いていた。
通行人たちも、珍しい獣人やエルフ、魔人族の姿に視線を向ける。
しかし露骨な敵意はない。
辺境伯領では交易も多く、異種族を見掛けること自体は珍しくなかった。
それでもカインは居心地が悪そうだった。
「……落ち着かねぇな」
セレスも身構えて言葉を発しない。
一行は冒険者ギルドへと到着した。
重厚な木製の扉を押し開ける。
ガチャリ。
扉の音に、多くの冒険者が一斉に振り返った。
「お、アズールだ」
「帰ってきたぞ」
「調査依頼じゃなかったか?」
酒場にはいつものように冒険者たちが集まっていた。
しかし。
ガレスの険しい表情を見るなり、その空気が一変する。
受付にいた女性職員も慌てて立ち上がった。
「アズール・イージスの皆様、お帰りなさいませ」
「依頼の報告でしょうか?」
ガレスは黙って首を横に振る。
「ギルマスを呼んでくれ」
「今すぐだ」
受付嬢は思わず目を見開いた。
「ギルドマスター……ですか?」
「ああ」
「緊急案件だ」
短い返答だった。
しかし、その声には普段にはない重みがあった。
受付嬢はすぐに頭を下げる。
「かしこまりました!」
そのまま二階へ駆け上がっていく。
酒場全体が静まり返った。
冒険者たちは互いに顔を見合わせ、小声で囁き始める。
「何があった?」
「魔物の大発生か?」
「なにかやばそうだな……」
数分後。
二階から重い足音が響いてきた。
ローガンが姿を現した。
鋭い眼光は、一行の表情を見ただけで異変を察していた。
階段を降りるなり、真っ直ぐガレスへ視線を向ける。
「帰ったか」
「……その顔……深刻そうだな」
ガレスは静かに頷いた。
「ああ。」
「奥で話す」
ローガンは酒場を見渡す。
多くの冒険者たちが不安そうにこちらを見つめていた。
「そうだな」
そして、グランたち種族の面々へ視線を向ける。
「……そちらの方々は?」
ガレスが答える。
「今回の件の当事者だ」
「証言も必要になる」
ローガンは一人ひとりの顔を確認すると、小さく頷いた。
「分かった」
「全員、会議室へ来てくれ」
一行はギルド奥の重い扉を開き、会議室へ入る。
室内には大きな円卓が置かれ、壁には辺境伯領周辺の地図が掛けられていた。
扉が閉まると、外の喧騒は完全に遮断される。
ローガンは全員が席に着くのを確認すると、腕を組んだ。
「さて、聞こうか」
「何があった」
ガレスは革袋を机の上へ置く。
深く息を吸い、静かに口を開いた。
「結論から言う」
「今回の魔物異常は、人為的に引き起こされた可能性が高い」
その一言で、ローガンの表情が険しく変わる。
会議室の空気が、一気に張り詰めた。
第17話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は戦闘の後日談として、事件の整理と新たな謎、そして各種族との協力へ繋がる転機を描きました。
アル自身も初めて人の命を奪った現実と向き合い、研究者としてだけではなく、一人の人間としても大きな一歩を踏み出します。
次回はいよいよギルドマスターへの詳細な報告と、この事件の裏に潜む脅威が少しずつ明らかになっていきます。
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次回もよろしくお願いいたします。




