告白
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回はアルが冒険者として新たな一歩を踏み出します。
そして、その決断に伴い、これまで誰にも明かせなかった「ある秘密」と向き合うことになります。
少し物語の転換点となるお話です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
冒険者ギルドを後にした帰り道。
アルはアズール・イージスの面々と並んで街を歩いていた。
手には、つい先ほど受け取ったばかりの黒鉄色のギルドカード。
フェラム級。
今日から自分は正式な冒険者だ。
嬉しい。
胸が高鳴る。
それなのに、その喜びの裏で別の感情が大きくなっていた。
(このままでいいのかな……。)
ガレスたちは笑いながら今日の試験を振り返っている。
「あの最後の一撃は驚いたぜ」
「俺も反応できるか分からん」
ドノヴァンが珍しく感心したように呟く。
「まさかローガンの木剣を割るとはねぇ」
レオンが肩を竦める。
「坊ちゃんはやっぱり普通じゃねえ」
ガレスが豪快に笑った。
アルも笑い返した。
だが心は晴れなかった。
(もし本当に一緒に戦うことになったら)
(皆には本当の実力を隠したままになる)
(それじゃ危険だ)
冒険者は命を預け合う仕事だ。
仲間が自分の力を知らないまま戦場に立てば、判断を誤る可能性がある。
それだけは避けたかった。
そしてもう一つ。
(父上や母上にも隠したままなのは……)
研究を始めて十年。
秘密はどんどん大きくなっていた。
魔法陣なし。
無詠唱。
五属性。
これだけの秘密を抱えたまま冒険者になる。
それは家族に対して誠実とは言えない。
アルはゆっくり息を吐いた。
(……決めた)
覚悟はできた。
家族とアズールだけには話そう。
この人たちだけは信じられる。
そう思えた。
屋敷へ戻ると、執事のセバスがすぐに出迎えた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。セバス」
「試験はいかがでしたか?」
「受かったよ」
アルがギルドカードを見せると、セバスは目を細めた。
「それは何よりでございます」
すぐに応接室へ案内される。
間もなく父エルディオン、母セレナ、兄レオナルトも姿を見せた。
「帰ったか」
「試験はどうだった?」
父の問いにガレスが笑った。
「領主様」
「坊ちゃん、見事合格です」
「しかもギルマス相手に一本取りました」
その一言で室内の空気が変わる。
「ローガン殿から?」
レオナルトが驚く。
「ええ」
「最後は木剣まで叩き割りました」
「ははは!」
父が珍しく声を上げて笑った。
「それは見事だった」
母も胸に手を当てる。
「怪我が無くて良かった……」
リリアも嬉しそうに微笑んでいた。
皆がアルの合格を心から喜んでくれている。
その光景を見て、アルは決心を固めた。
「父上」
「皆に聞いていただきたいことがあります」
声色が変わった。
全員がアルを見る。
笑顔も消える。
「少し長くなるかもしれません」
「どうした?」
父はアルの真剣な表情を目にして、静かに頷いた。
「話してみなさい」
アルはゆっくりと言葉を選んだ。
「五歳の頃」
「初めて魔法を見てから、ずっと疑問でした」
「どうして火が出るのか」
「どうして風が吹くのか」
「どうして雷が落ちるのか」
イザベラが小さく目を見開く。
アルは続けた。
「知りたかったんです」
「だから毎晩、研究を続けていました」
「十年間ずっと」
部屋が静まり返る。
「研究……?」
母が小さく呟く。
「はい」
「魔法を、現象として考えていました」
アルは一つ一つ説明した。
燃焼。
圧力差。
空気中の水分。
放電。
鉱物の構造。
前世の知識には触れず、自分なりの理論として話す。
そして最後に。
「その結果……」
「魔法陣がなくても」
「詠唱がなくても」
「魔法が使えるようになりました」
その瞬間。
部屋中が凍り付いた。
「……」
誰も言葉を発しない。
アルは右手を軽く前へ出した。
パチッ。
小さな雷が掌で弾ける。
続いて。
指先をパチンと鳴らして小さな炎を灯す。
そのつぎは風。
水滴。
小さな土塊。
五つの属性が次々と姿を現し、静かに消えていった。
誰一人として動けない。
「…………」
長い沈黙。
最初に口を開いたのはイザベラだった。
「……やはり」
小さくため息をつく。
「そういうことだったのね」
皆が彼女を見る。
「以前から違和感は感じてたわ」
「アルの魔法は魔力の流れがあまりにも自然だったし」
彼女は苦笑した。
「まさかここまでとは思わなかったけどね」
「あなたは本当に、とんでもない子ね」
その言葉にアルは照れ臭そうに笑う。
ガレスは頭を抱えた。
「坊ちゃん……」
「そりゃ反則だろ」
フィオナも肩を落とす。
「神童どころじゃないわ」
ドノヴァンは腕を組み、深く頷いた。
「納得した」
短い一言だった。
レオナルトも苦笑していた。
「だから普通じゃないと思っていたんだ」
「ようやく全部繋がった」
母は驚きを隠せないままアルを見つめる。
「ずっと……」
「一人で研究していたの?」
「うん」
「夜だけ」
「誰にも迷惑を掛けたくなかったし」
その言葉に母は思わずアルを抱き締めた。
「危ないことを……」
アルも静かに母の背中へ手を回した。
やがて父エルディオンが立ち上がる。
辺境伯としてではなく、一人の父として。
ゆっくり皆を見渡した。
「聞いてほしい」
その一言だけで全員が姿勢を正す。
「アルの能力は異常だ」
「間違いなく、この国でも前例がない」
誰も否定しない。
「だからこそ危険でもある」
父は続けた。
「この力を利用しようとする者が現れるかもしれない」
「異端として恐れる者もいるだろう」
「あるいは排除しようと考える者もでてくるだろう」
部屋の空気が重くなる。
「この能力は秘匿する」
静かな声だった。
しかし強い意志が込められている。
「ここにいる者以外には決して漏らさない」
「いいな」
「はい」
全員が迷いなく頷いた。
父は最後にアルを見る。
「そしてアル」
「アズール・イージス以外の前で、魔法陣なし・無詠唱の魔法は決して使うな」
「約束できるか」
アルは真っ直ぐ父を見返した。
「約束します」
その返事に父は深く頷く。
この日、アル最大の秘密は、最も信頼する者たちとの秘密となった。
アズール・イージスは、その秘密がどれほど規格外なのかを、このあと身をもって知ることになる。
数日後。
ヴァルクレイン辺境伯領北東部。
人の立ち入ることがほとんどない魔物大森林の一角。
周囲には魔物の気配もなく、木々に囲まれた開けた空間でアズール・イージスの面々は立ち止まった。
「ここならいいだろう」
ガレスが周囲を見回して頷く。
レオンが周囲の索敵、人の気配を探索して言った。
「周囲に問題なし」
「好きにやってみろ、坊ちゃん」
アルは静かに前へ歩み出た。
皆へ向き直る。
「今日は僕の本当の力を見てもらいます」
その言葉に全員が真剣な表情になる。
父との約束。
この場にいる者だけが知る秘密。
アルは深く息を吸った。
「まずは火属性」
掌へ魔力を集める。
魔法陣は描かない。
詠唱もしない。
右手の前方に圧縮した空気を生み出し、そこへ細かな砂粒を巻き込む。
圧力をさらに高める。
「――ボム」
アルが指を鳴らした瞬間。
轟音が森へ響いた。
標的として置かれていた大岩が激しい爆炎とともに粉々に吹き飛ぶ。
爆風が木々を揺らし、葉が舞った。
「……っ!」
フィオナが思わず目を見開く。
「これが火属性……?」
炎を飛ばしたわけではない。
爆発そのものを起こした。
イザベラも驚きを隠せない。
「爆発魔法……」
「こんなの見たことないわ」
アルは小さく笑う。
「燃焼現象を応用しました」
ガレスは頭を掻く。
「応用ってレベルじゃねぇぞ……」
周囲から苦笑が漏れた。
アルは続ける。
「次は風属性」
掌を前へ向ける。
空気を圧縮。
周囲との圧力差を極限まで高める。
「――カマイタチ」
鋭い風が一直線に走る。
数十メートル先に立つ太い木が、何の抵抗もなく真っ二つになった。
静かな音を立てて倒れていく巨木。
「切れた……」
ドノヴァンが短く呟く。
普段ほとんど感情を表に出さない彼ですら驚きを隠せない。
続いてアルは左手を前へ出した。
「水属性」
空気中の水分を一点へ集中させる。
極限まで圧縮。
そして。
「――ショット」
水滴が放たれる。
乾いた音。
数十メートル先の木へ小さな穴が開いた。
そのまま後ろの岩まで貫通する。
「水滴だけで……」
リリアは思わず口元を押さえた。
「まるで矢じゃない」
アルは首を横に振る。
「矢よりずっと小さい」
「だから貫通力が高いんだ」
「なるほど……」
イザベラは真剣な表情で聞いている。
「土属性」
今度は地面へ掌を向ける。
魔力を流す。
「――ウォール」
ゴゴゴゴ……。
地面が盛り上がり、高さ三メートル近い土壁が出現した。
厚みも十分ある。
ガレスが近寄って拳で叩く。
「硬ぇ」
「普通の土壁じゃねぇ」
アルは頷く。
「圧縮して密度を上げてるんだ」
「だから硬さとしてはある程度の攻撃は防げると思う」
「理屈まで説明できるのか……」
レオンは呆れたように笑った。
「最後はこれ」
アルは空を見上げた。
雷属性。
最も得意な属性。
魔力を右腕へ集中させる。
パチパチと青白い火花が散る。
「――イナズマ」
一筋の雷光。
標的へ正確に落雷する。
轟音。
木が真っ二つに裂けた。
さらに。
「――イカズチ」
今度は魔力量を増やす。
数本。
十数本。
無数の雷撃が一定範囲へ降り注いだ。
木々が焼け焦げる。
地面には無数の黒い跡。
森全体が静まり返った。
「…………。」
誰も言葉が出ない。
五属性。
しかも全て無詠唱。
魔法陣なし。
常識を覆す光景だった。
やがてガレスが大きく息を吐いた。
「……坊ちゃん」
「正直に言う」
「想像以上だ」
ドノヴァンも静かに頷く。
「強い」
短い一言だった。
だが、それだけで十分だった。
フィオナは肩をすくめる。
「こんなの十五歳の魔法じゃないわ」
イザベラだけは違った。
腕を組み、難しい顔をしている。
「アル」
「はい」
「一つだけ約束して」
アルは真剣に頷く。
「何?」
「この先、一人で魔法研究をしちゃダメ」
皆がイザベラを見る。
「今は問題ないけど」
「今後、さらに威力を求めればどうなるか分かってるわね?」
「……やっぱりわかる人にはわかっちゃうんだね」
苦笑いして答える。
「制御がどんどん難しくなってるんだ……」
「やっぱり……」
イザベラは続けた。
「暴発すれば」
「あなた自身も危険なの」
アルは黙って聞いている。
「人は出来る事が多くなればなるほど、自分を過信するの」
「私もそうだったわ」
「だからね」
イザベラは優しく笑った。
「これからの研究は、一人でしないこと」
「必ず私も立ち会うから」
「二人で研究しましょう」
アルは目を丸くした。
そして嬉しそうに笑う。
「うん!ありがとう!」
「ぜひお願いします」
「ふふ」
「こちらこそ」
その日から。
夜の研究にはイザベラも加わるようになった。
魔法理論を語り合い。
仮説を立て。
検証し。
失敗し。
また考える。
アルにとって、それは何より楽しい時間だった。
冒険者として登録を終え、数日が過ぎた頃だった。
ヴァルクレイン辺境伯家の応接室には、珍しく重い空気が漂っていた。
父エルディオンの正面には、冒険者ギルド・ヴァルクレイン支部のギルドマスター、ローガン・アイゼンハルト。
そしてアズール・イージスの五人が顔を揃えている。
アルも末席に座り、その様子を静かに見守っていた。
「ローガン殿、報告を頼む」
父の声に、ローガンは真剣な表情で頷いた。
「ここ一か月、北東大森林で魔物の出現数が急増しています」
机の上へ地図が広げられる。
赤い印が点々と記されていた。
「被害は出ているのか?」
「まだ村への直接被害はありません。しかし森へ入った薬草採取者や狩人が何組も襲われています。」
父は腕を組み、静かに考え込む。
「季節による縄張り争いではないのか?」
「それも考えました」
ローガンは首を横へ振る。
「ですが目撃証言が妙です」
「妙?」
「本来なら縄張りの違う魔物同士が同じ群れで行動していたという報告があります」
部屋が静まり返った。
魔物は縄張り意識が強い。
異種が群れを組むなど聞いたことがない。
「原因は不明か」
「はい」
ローガンは深く頷く。
「ですので正式に調査依頼を出したいと思います」
父はアズールへ視線を向けた。
「頼めるか」
ガレスが即座に頷いた。
「もちろんです」
「森を調べて原因を突き止めてきます」
その時だった。
アルも一歩前へ出る。
「父上」
「僕も同行させてください」
応接室が静まり返る。
父はアルを見つめる。
そしてアズールの面々へ視線を移した。
ガレスは笑う。
「坊ちゃんはもう冒険者です」
「俺たちが責任を持って連れていく」
イザベラも頷く。
「今のアル様なら問題ありません」
しばらく考えた父は静かに口を開いた。
「……分かった」
「ただし。」
「決して一人で先走るな。いいな」
「はい!」
アルは力強く返事をした。
胸が高鳴る。
冒険者として初めて挑む、本格的な依頼。
しかし、その時のアルはまだ知らない。
この調査が、自身の運命だけでなく、王国全体を揺るがす大きな事件へと繋がる、その第一歩になることを。
北東大森林は静かに揺れ、まるで侵入者を待ち構えるように、不気味な静寂を湛えていた。
第十二話をお読みいただき、ありがとうございました。
ついにアルは正式な冒険者となり、家族やアズール・イージスへ長年隠してきた秘密を打ち明けました。
これまで一人で続けてきた研究も、イザベラという理解者を得て、新たな段階へ進みます。
そして次回からは、冒険者として初めての正式依頼。
北東大森林で起こる異変の調査が始まります。
物語も少しずつスケールが大きくなっていきますので、今後もアルたちの活躍を見守っていただけると嬉しいです。
感想やブックマーク、評価なども励みになります。
これからも『転生研究者の異世界魔法論』をよろしくお願いいたします。




